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傷だらけのラブソング
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嗚呼、駄目だ頭が痛い。
「天使さんすみません。やっぱり僕、帰ります」
「あ、おい! 外雨降ってるぞ……って、なんだあいつ。大丈夫か……?」
気づけば天使さんの声に返事をする余裕も無く駆け出していた。とにかくひとりになりたい。誰もいない場所に行きたい。ただその一心で走り続けていた。
「はぁッ、……ッ、はっ、はぁ」
雨の降る外へ逃げ出すと少しばかり気分が楽になる。それでも頭の痛みは酷くて、見上げれば雨は地面を叩きつけるかのように降り注いでいるのに雲の奥に微かに月の光が透けていて……
その影を見た刹那、繰り返される残影。
『ゆあ……結葵、ごめんね、ごめんなさい許して──』
記憶の奥で断片的に姿を現す女の人の酷く悲しそうな顔。
泣かないで欲しい。泣かないで大丈夫。きっと大人になったら僕が守る、必ず守るから……。
そう伝えたかったのに言葉が出なかったんだ。
冷たい夜の海に奪われる体温、見上げる先には降り注ぎ体を濡らす雨と怖いほどに照らす明るい月。
月の光がこれ程優しくないと思ったのは初めてだった。暗闇を照らす月の光が怖かった。見たくないものを見せてしまうから怖かった。
ギリギリと首に巻き付く細くて今すぐにでも消えてなくなってしまいそうな手。震えていて、命を感じないほどに冷たい体温。
──殺されるのだろうか。
子供ながらに思った。
でも何故かホッとした。
もうこれで見なくて済むと思ったからだ。
彼女が泣いて苦しむ姿を、逃げる事も出来ず虐げられる姿を、何も出来ずにその細い腕に抱かれる事しか出来ない無力な自分の幼すぎる姿を。
見なくて済むならそれこそ救われると思ったから。
だけど最後にせめて止まらない涙を拭ってやりたかった。せめて僕が居ることを伝えたかった。小さな手でもしっかりと貴女を愛してる命がある事を知って欲しかったのに、届かなかった。
『ごめんね……ごめん、ごめんなさい愛してる、大好きよ。私の宝物の──結葵』
頭が痛い……ズキズキする。
あの日と同じ息苦しさが蘇る。何年経とうがどんなに暖かな時間を知ろうが消えない。
首に巻きついた貴女の死んでしまう前の体温がずっとずっとずっと残っていて、苦しいんだ。
『認めろよ、結葵』
龍騎……そうだね。認めるよ。僕の中にも愛情は存在する。
あれだけ嫌いなはずなのに気づけばいつも真ん中にいるんだ。
存在しては不必要な感情ばかりを揺すぶってくる。だけど今更気づいたところでもう一番に伝えたかった貴女はこの世にいないなら、認めることなんて出来ないじゃないか。
ずっと貴女が僕の大切な人だった。
守りたい人でもあった。暴力を振るう父親から、僕を殴ろうとした父親から、絶えることなく女を家に招いた父親から、貴女を壊した父親から守って幸せを教えてやりたかった。
花を摘んでプレゼントすれば「綺麗ね」と笑ってくれる瞬間に吹き抜ける暖かい匂いが好きだった。
だけどもう、それさえ届かないじゃないか。頭が良くても人に頼られても有名になっても、一番に褒めてもらいたかった貴女は、一番に幸せを上げたかった貴女は……
──僕の唯一の母親は僕を残して死んだのだから。
「……要らない。要らないそんなもの……必要ないだろ」
何度も繰り返してきたこの映像だと言うのに何度見ても苦しくて、痛い。
一番濃く覚えている最後の笑顔が一人で勝手に死んでしまう少し前のものだなんて、酷いと思いませんか母さん……。
だから消した。こうなるならやっぱり捨てればいい。思い返す度にこんなにも身を裂かれる様な痛み忘れたいのに忘れないのは僕が今生きてる事を実感するからだ。
死んだら痛みさえ感じないと言うなら、貴女が残した手首の跡も愛しく思えた。
──だから思ったんだ。
僕にとっての最高な幸せは好きな人に息を止めてもらえる瞬間なんだろうって。ただ幸せに笑えればいいだなんて生ぬるいもの、僕には必要ない。
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