アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
傷だらけのラブソング
-
▼
『おい爽。紺藤が出ていったけど、お前追いかけた方がいいんじゃないか?』
リビングに戻ってくるなり何なんだと思った。もっと他に言う事ねーのかって。ありがとうとか、お待たせとか、祥君すげー頑張ってたし俺だってお前がまた元気な姿見れたこと嬉しくて今日のこと楽しみにしてたのに……なんて文句は腐るほどあった。でも、頭が直輝の言葉を理解するよりも先に、体は走り出していた。
弾かれる様に直輝の体を押しどけて、部屋を飛び出していた。どこにいるかもわからないって言うのに、どうしてか必ず見つけ出さなきゃならないって気持ちだけが突き動かしていた。
「俺の周り、まじでろくなやついねーよ……」
今日は朝からおかしいと思ったんだ。お前の様子、ずっとおかしいと思ったんだよ。
どこも見ていない瞳が、何も映してねーから絶対に何かあったと思ったんだ。でも今の俺にお前の中踏み込む権利なんてねーじゃんかよ。
考えてみろよ。朝起きたら「関係辞めましょう」のたったそれだけのメモ書きとお前のために作ってやった合鍵が一つ。
一体何を思って急に終えようなんて思ったのか分かんねーし。理由の一つも知らない。言い訳があんなら言ってみろカスって話だ。
でもそんなことはどうでもいい、俺はまだ俺の気持ちをちゃんとお前に言ってないから。だから一方的に終わりとか絶対に何があっても許せねーんだわ。
「──ッ、! 結葵! おいっ、おい、ふざけんな何ひとりで勝手に……」
マンションを飛び出して直ぐに結葵の姿は見つけた。
雨が降りしきる外。雨粒が弾けては水溜りを作るコンクリートの上に、小さく背中を丸めて座り込んでる姿。
おい、いつもの冷ややかな態度はどこいった。年下のくせに態度がでかくて、俺を馬鹿にして、面倒見が良くて……案外笑うと可愛いのに滅多に笑ってくれない、しっかりと立っていたお前がなんでこんなに消えそうなんだ。
「何があったんだよ……」
声さえ届いていないんじゃないか……不安が一気に胸を染める。
なあ、どうしたんだよ。なんでそんなに消えそうなんだお前。いつもの馬鹿みたいに自信のある姿はどこいった。煩いって怒んねーの?
俺に騒ぐなって犬を相手にするみてーに人差し指向けてこねーの?
──今、目の前に映るお前が本当のお前の姿だったのか?
「風邪、引くぞ。しゃがみこむのはいいけど、屋根があるところに行こう」
「爽さん」
「ッ、なんだ?!」
突然、結葵から名前を呼ばれたせいで声がひっくり返る。
俺の存在に気づいていないと思ったのに、しっかりと伝わっていた事に安堵した。でも変わらず結葵はこっちを見ない。
大丈夫なのか、目を見たら分かるのに。いつも肝心な時にお前は目を見せない。
「なあ、戻ろう。俺も寒いし風邪引いたらまたお前が面倒見なきゃなんねーよ?」
「……」
「それに、お前に上げたいものもあんだよ俺」
そう、お前に渡したいものがあった。
知ってるか結葵。花びらに傷一つもない薔薇ってめちゃくちゃ貴重なんだ。一つの傷もなく綺麗な赤い花弁を咲かして生きてる薔薇が綺麗で間違ってもお前にやるだなんて言えねーと思ったけど、珍しさに興味ぐらい示してくれるかもって気づいたら買ってたよ。
もしかしたらもう二度とお前と話せないかもって、覚悟してた癖にそれでも気づいたら買ってた。
「へえ、綺麗ですね」
なんて笑うかなって考えたら楽しみだったのに。
「爽さん」
「……なんだよ、話も聞くから兎に角」
「いいです。ここで聞いてください、僕爽さんのこと」
──好きだったんですよ、きっと。
やっと顔をあげたと思ったのに、聞こえてきた告白に思考回路がショートする。
は、なに……お前が俺のこと好きって?冗談じゃなくてか。
でも、じゃあなんでそんな顔してる。告白ならもっと雰囲気とかあるじゃん?男同士だとしても、少しぐらい──
「でも、そういうのウザイんですよね」
「え?」
「煩いから。周りの声が煩いから頭が痛くて堪らなくて。爽さんが好きだって気づいたんです。でも僕には不必要だって事も分かりました」
「ゆ、あ……?」
これは、なんの悪い冗談だ……?
向き合っているのにお前が遠い。
伸びてきた結葵の手が俺の胸を押し返した刹那、距離が生まれる。
一歩、二歩、後ろに後ずさって慌てて顔を上げたら俺とお前の間にはさっきまで無かったはずの距離があって。
それはうんと遠くて、言葉を続ける結葵の声がやけに遠くから聞こえた。
「それからこういう関わりあいも要らないんだって、分かりました」
「なぁ、話が飛びすぎてわかんねーんだけど。まずさ、俺のこと好きって本当かよ」
「爽さん」
「それに、俺お前にやりたいものあるって言ったじゃん? それも無視か」
「……」
ああ、駄目だ。これ以上結葵の言葉を聞いたら駄目になる。
まだ何一つ俺は伝えてねーのに全部が終わるきがする。
「花、買ったんだ。お前さ、花とか案外好きだろ? 知ってるんだぜ、お前が花とかよく見てんの……それでさ──」
お前の為に買ったんだ。
言葉は、無情にも遮られる。冷たくて低くて聞いたこともない声音が、怖くて。
「花なんて嫌いですよ」
「……嘘つけッ、お前、恥ずかしいんだろ? 男が花好きだなんて少し女々しいもんな」
「違います。嫌いなんです、大嫌いなんですよ。どうせ散るなら咲かなきゃいいのに」
「で、でも……散るから、綺麗だって」
結葵の瞳が氷の様に冷たい。
本当に、一体何があったんだ。この一日で人はここまで変わるものなのか?俺が、何かしたのか。だったら謝るから、あの言葉だけは聞きたくない。
「終わるのが嫌なら始めなきゃいいんですよ」
「……どういう意味だ」
「爽さん、もう今日で終わりにしましょう。普通の関係もおかしな関係も。道で会っても知らない人として終えるって事です」
だから、聞きたくないって言ってんだろ。
「おい、冗談も過ぎると流石に怒るぞ」
「爽さん」
「俺がいつもお前に言われた通り動くと思ってんのかよ」
「……」
「いい加減しろ。何でもかんでも。勝手に始めたのはてめぇだろうがよ……」
人のこと振り回しておいて、何なんだよ。
はい。そうですかなんて言えねーんだ。
「だから終わらせますよ今。──僕はもう二度と貴方と話さない」
「……ッ」
「だから貴方もそうして下さい。西隆寺さん」
俺も気づいたことがあったんだ。ずっと終わるのが怖かったから言わなかった。けど、こんな形になるならどうして俺言わなかったんだろう
「俺も……お前を好きなのにか……」
好きなのに他人にならなきゃならないのか。
お前も俺を好きだって今知ったのに、本当ならここで俺達両思いだって喜ぶんじゃねーのかよ。
「……そうですか。でも関係ありません。もう僕は好きじゃない」
「──ッ」
嗚呼、だから聞きたくないって思ったのに……。
ザァザァと雨が降り注ぐ。
アスファルトを弾いて、染み込む。
体温はとうに冷たい雨粒に奪われて感覚がすべて流されたかのように感じなかった。全てが消えていった感覚。
ぽっかり穴が空いた気がした。
どうせ、雨が降っているならば今も鼓膜を揺らすお前の冷たい声ぐらい雨音にかき消されればいいと心底願った。
見たことのない顔をしてるお前を初めて見てなんで俺はもっと早くに好きだと言わなかったのか後悔した。
僕は天使さんの代わりぐらいだと思えばいい──と言っていたお前をなんで俺は本心を伝えて抱きしめてやらなかったんだって。
何も言えなくなった俺を置いていくお前の背中を追いかけなかった事に、俺ってこんなに自分が傷つくのを恐れてるんだと気づいて自分を嫌いになった。
──好きじゃないと、言ったお前の顔が泣きそうだったのに、振り払われるのが怖くて手を伸ばす事を辞めたんだ。
『始まらなければ終わりは来ない』
なあ結葵。そうは言ったけどさ、俺てっきりもう俺達の関係は始まってんだと思ってたよ。
始まりとかって、意識するよりもうんと早く傍に居て、いつの間にか関係って築かれててさ。
だから、もうおせーよ。
おせーんだよ、結葵……。
「……やっぱり俺、お前のこと好きなんだわ」
傷だらけの貴方に一体何が出来るだろうか。
細い体に浮かぶ傷の数だけキスをしたら癒せるのだろうか。
独りで泣いてきた時間以上に愛してみせるから。
「お願いだから。俺の前から消えんなよ……」
言えなかった言葉がポツリ、シミを作る。
伝えなかった後悔がジワリ、シミを作る。
ポツ、ポツ、と溢れ出した後悔も、悲しみも、苦しさも。この雨のように最後は全て流れてしまえばいいのに。
未完成な俺らの未来はまだ始まったばかりだろう──
《傷だらけのラブソング- END -》
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
443 / 507