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伝えぬ想いは掌に還る
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夕飯時間ぎりぎりの時刻迄貪り合った俺達は、訪れてきた祥達の姿を見て苦笑を漏らした。
「み、見ないで下さい……っ」
「だとよ。あんま見るなよ」
弱々しい声を上げ顔から湯気でも出るんじゃないかと心配するほど顔を赤く染めた祥が、直くんに横抱きにされてやってきた。
所謂、お姫様抱っことやらで登場したことに心底羞恥を抱いているようで祥は情けなさに顔を見せられないと言って直くんの首元に顔を埋めている。
一方直くんは、自分の介入無しでは歩けない祥が腕の中に収まる事に相当機嫌が良いらしくいつもの冷たい雰囲気は形を潜めていた。
その嬉しそうなドヤ顔引っ込めて欲しい。写真撮ってやろうかと思ったが辞めた。
祥の羞恥を煽るのはこれだけが理由ではないんだろうけど。本当に仲のいいことだ。
「おし、まあ色々大変だった様だけど皆揃ったし夕飯食おうぜ」
「……もう、すみません。ほんっとうにすみません……もう……もう……」
「祥君気にすんなよ。俺達も明日にはそうなってる可能性は大いにあるからな」
「そうだね。耀さんの腰が砕ける事があっても俺の腰が立たないなんて事は無いから安心してよオジサン」
「なっ?!」
平謝りの祥を気遣っておおらかに笑う耀さんへ刺をさす。
隣でショックだと肩を落としていることには触れず、その間にも女将さん自ら運んできてくれた夕飯に気持ちは傾いていた。
目前に広がった夕飯の色鮮やかさに流石、としか言いようのない高揚感が湧き上がる。魚の煮付け一つにしても華美でいて上品に飾られているのだからその細かな匠の技に感嘆の溜息が漏れた。
「瑞生の好きな茶碗蒸しもあるな」
「……あ、そう」
耀さんの何気ない言葉に思わず胸がきゅんっとした。
いやいや、きゅんてなんだよ、って感じだが本当にそうなるものなんだ。この歳でこんな事言うとは少しも思っていなかっただけに相当恥ずかしい。
まあ、何はともあれ京都ならではの京料理に、お腹が減る。
俺の家はそれなりに裕福な家であったし、その為高価な夕飯を目にした事は多い。
けれど、連れ子の分際で口にする機会があるわけもなく、こういった高そうな一流品を口にするのは初めてのことでいつも以上に丁寧に口へと箸を運んだ。
「耀さん、これも全部包丁でやるの?」
「ん? おお、どれも板前が腕によりをかけて作ってる。調理するにしても食材の新鮮味を消さねぇようにって考え抜いてるんだから苦手な野菜も食えよ」
「……え」
「食えよ?」
「……。食べるけどさぁ、食べたらご褒美くれたりしないの?」
「ご褒美? んじゃあ全部食ったら飴ちゃんやるよ」
「……うっわー、要らない」
人参、なのか?
薔薇の花のように一枚一枚が薄い花弁のように集う人参だったであろうものを見つめてゴクリと唾を飲む。
俺が子供舌なことは耀さんも知っているし、だからか目を離せば直ぐに偏った食事を摂ることを一々注意され監視されてきた。
「ったく本当に……。ほら、口開けろ」
「え、っいい! 自分で食べれる」
「うるせーなぁ。いつも放っておいたらいつまでも経っても食べねぇだろう。さっさと口開けろ」
「っ、だから」
「俺の前で食いもん残したらこっ酷く叱りつけるからな」
「……、……っ」
綺麗な箸の持ち方はいつ見ても驚く。
そりゃあ、ねえ。
左肩から背中に向けて刺青を彫って、40後半になってもどこか遊んでいる様な雰囲気を醸し出してる男が実は中身しっかりしてます、とか。ご飯残すと父親のように怒るとか、ギャップもいいとこだ。
「瑞生」
「う……わかった、わかったから置いてよ!」
「いんや。箸渡しは縁起が悪い」
「は? そうじゃないし、俺」
「瑞生」
硬質な声音にビクッと肩が跳ねる。
耀さんへ顔を向けたまま、横目で祥たちを一瞥するとふんわりと綿毛のような笑みを浮かべて俺を見ていた。
「……あ……ん」
「よーし、いい子だなぁ瑞生は」
「……。……うるさ」
その視線にいたたまれなくなって、口を開き苦手な野菜を受け入れる。
生のものは基本駄目な俺だけど、どうしてか耀さんに食べさせられると飲み込むのも苦には思えない。
美味しい、とは思えないけど前よりはうんと食わず嫌いはなくなってきた。
「瑞生さん凄い! じゃあ俺も食べよ、いただきますっ」
俺と耀さんのどうしょうもないくだらない経緯を見届けた祥が礼儀正しく手を合わせ夕飯を口にする。
前に聞いてはいたけど、祥は基本嫌いなものなんてないそうだ。
なんだか祥らしいと思って眺めていた隣で直くんのおかしな行動に目が止まった。
「……直くんさ、もしかして茄子嫌い?」
「いいえ、食べれますよ」
「ふーん。ならどうしてさっきから避けるの」
「好物だから最後に食べようかと」
「へぇ。なんで敬語なの?」
「面倒だからですよ。深い意味は無いのでいい加減話しかけるの辞めて貰えますか」
「……」
キラッキラと輝かしい笑みを浮かべて毒を吐ける器用さには脱帽する。
誰が見ても一瞬で恋に落ちるような魅力を振りまいておいて、近寄ったら瞬時に切り捨てられてしまうような不安を与える威圧感は彼だから出来るのか。
話をしながら直くんが茄子が苦手なのは十分に分かったので、ここらで一度反撃したいと思う。
「直くん、俺の茄子あげる」
「あ?」
「ふふっ、好きなんだろ? じゃあほら遠慮なく」
「要らねーよ」
「なんで?」
生野菜は苦手だけど、茄子は耀さんが好きってことで結構前に克服した。
バーベキューで焼いて食べる茄子はまた格別に上手いんだとかなんとか。アンタ皆と飲む酒の方がメインのくせに何言ってんだかと辟易した昔は今は懐かしい思い出だ。
まだ付き合い出して一ヶ月も経っていなかった頃だろう。
思い出を振り返りながら茄子の漬物を直くんの小皿へ移す。
その間、耀さんの咎がなかったということは直くんが茄子を苦手としていることに俺と同じく気づいているからだろう。
食に関してはうるさい人なので、普段からこの時間だけは耀さんに逆らわない。
この人一度怒ったらかなり面倒だから。
「祥も直くんに茄子食べて欲しいよね?」
「あー、あはは……直輝大丈夫?」
「……ったく性悪ビッチ」
「えー? なんか言ったぁ?」
相当苦手なのか直くんの眉間に皺がよる。
なかなか見れない表情を拝むことが出来て俺の心は浮き足立っていた。
けれどやられっぱなしの直くんなわけがなくて。
これまた綺麗で無駄のない動きで小皿に乗る茄子を止まることなく食べ終え嚥下すると、じぃっと隣で見守っていてくれた祥の頭を途端に抱き寄せ驚く間もなく唇を塞いだ。
「んン?!」
驚きに目を白黒とさせる祥は本当に可愛い。
ああそりゃあ虐めたくもなるよねーなんて人事のように二人の濃厚な接吻を見届けると、薄ら笑いを返した。
「熱々のキスをどーも」
「こちらこそ、お膳立てをありがとうございます」
満足家な直くんに愛想笑いを返しつつ、金目鯛の煮物を口に運んだ。
その後と女将さんのお気遣いで、舟盛迄頂き、有名な地酒迄いただいた耀さんはご満悦に宴を楽しんでいた。
俺も耀さんにお酌しながらかなり酒を飲んだせいで、気づけば結構な出来上がり。
祥は直くんに止められ渋々といった様子でソフトドリンクを飲んでいて、それを見兼ねた耀さんは土産に地酒をプレゼントするから後日二人でゆっくりと嗜めばいいと祥を元気づかせていた。
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