アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
伝えぬ想いは掌に還る
-
か細い声で「ごめんなさい」と拙く口にした瑞生は冷たい床の上で小さく蹲り泣いていた。
これが他人なら好き勝手やっといてなーに泣いてんだよお前はと言えちゃうわけだけど、恋人ってなるとそうもいかないわけで。足早に瑞生の元に行き手の拘束を解くとぐったりと力のない体を抱き寄せた。
「……っ」
「反省したか?」
「……してない。ばか」
「……。あっそ」
真っ赤に腫らした目で睨まれても痛くも痒くもないが、それでもまだそんな口の利き方するなら用はないと瑞生から離れようとした。
だがしっかりと首に回った瑞生の両腕が痛いぐらいに巻きついて離れない。
「離せっての」
「ッ、いやだ!」
「反省してないんだろ? どうしてお前にそこまで優しくしてやらなきゃならないんだよ」
「……いやだ」
押し問答をすすめて行くうちに瑞生の表情がぐずぐずに顰めだす。あとほんの少し揺さぶれば大泣きしだしそうな様子に、意地悪くも泣かせてみたい欲が沸沸と湧き上がった。
「お前、俺と別れるんだって?」
「──ッ」
「自分で言ったことだろうが」
「……あれは、ちが……だって、アンタが」
「俺がなんだよ?」
ちょーっとつつくつもりが、ガンガン揺さぶる結果になった。嫌だっていつも済ました上品な猫様が実は全然そうじゃないとか、弱々しい姿見せられたら男なら誰だって虐めたくもなるもんだろ。
内心悪戯をけしかけた餓鬼のように満面の笑みだが、瑞生に向ける表情は一切の暖かさを遮断している。
暫く泣くのを堪えて反抗の瞳で俺を見ていたが、それでも普段のように俺から優しくする素振りが伺えないと分かった途端に瑞生の大きな猫目からぽろぽろと涙が溢れ落ちた。
「わかれ……た、ない」
膝の上に横抱きにされている瑞生が両手をつかって涙を拭う。嗚咽に混じって聞こえる何かは「別れたくない」と言っているんだろう。
「ごめ、ッなさい……。もう、言わない、から」
「どうだかな〜」
「ッ! ほん、とにッ、言わないから!」
猜疑の視線に瑞生がショックを受け目を見開く。それから一層泣きあげ、手の甲で涙を拭う。
ああもう、めちゃくちゃ可愛いなぁコイツ!
胸中でどれだけ悶えてるか瑞生が知ったらそれこそ本当に見限られ捨てられそうだ。
「約束出来んのか?」
「ッ、うん、する」
「言いたい事はちゃんと言うように努力する」
「……ッ」
「努力する」
「……でも。……だって」
ここまできてもその事については頭を動かそうとしない。一体何が不安で気持ちを口にしないのかと考えあぐねた時、漸く瑞生が口にした。
「……言ったら、めんどくさいって思う」
「いや今の方が充分に面倒だけど」
「ッ、」
思わず漏れた本音に落ち着いた瑞生の涙がまた溢れた。こればっかり不本意だったので、俺が涙を拭ってやると瑞生は一瞬だけ躊躇ったが直ぐに身をすり寄せる。
「それで? 何が面倒くさいと思われると思ったんだ?」
「……本音を聞いたら、耀さんは俺のこと嫌いになるだろッ」
「話してもねーのにどうして分かるんだよ」
「……俺のこと本当に好き?」
「はぁ?!」
ここに来てそんな間抜けなことを抜かすか普通?
ありえねー、と俺の顔が隠すことなく気持ちを代弁してくれたそうで瑞生は何を思ったのかまた小さく「ごめんなさい」と呟いた。
「謝る必要はないけどよ……俺が瑞生を好きじゃないって? こんだけ一緒にいんのに?」
「おれは、祥みたいにいい子じゃない」
待て、なんとなく瑞生の言わんとする事が読めてきた。どこを比べてるのか知らないが祥君と瑞生を比べる必要なんかないって言うのに。
「俺が祥君を好きだって言ったか?」
「だって似てるじゃん」
「夏紀に?」
「ッ、うん……雰囲気が、そっくりだから」
「それで俺が祥君を好きになるって?」
「いつかそうなる。だっておれは、」
「お前少し黙れよ」
「ッ、」
夏紀の事に関しては、結構ナイーブな問題だ。だとしても、俺がどれだけ瑞生を好きなのか知られてないとすると再び腹が立つ。被害妄想もここまでくると可愛いを超えていらだたしい。
反対を言えば、瑞生にとって祥君は初恋だろうが。おまけに今でも特別な相手に変わりがなくて、俺がいつか祥君を好きになると勘違いするのは瑞生が未だ祥君に惹かれてるからじゃないのか。
湧き上がる激昂が心臓に早鐘を打たせる。ドクドクと巡る血液が沸き上がりこめかみに青筋が浮かぶ。瑞生の肩を抱く手に知らず力がこもった。
「いた、ッ」
「お前さ俺がどれだけ我慢してるか知ってるか?」
「が、まん……?」
「俺はまがいなりにも恋人である以前に大人としての威厳は捨てちゃならないと思ってる。お前と同じ歳なら今頃雁字搦めに束縛してるだろうよ」
「ど、ういう意味?」
「どうして祥君を好きになるんだ? 祥君と仲良くしてるお前を見て毎度妬かねぇように抑えてるって言うのに」
「え? 嘘……だってそんな事一度も」
グツグツと腹の奥が煮える。この四年間抑えつけてきた醜い感情が今になって四方八方へとぶつかり飛び出そうと暴れる。
俺が今迄一度も瑞生を縛りつかなかったのはこんなしょうもない誤解を与える為じゃあない。くだらん懸念を抱かせ続けるぐらいならば一層全部を明け渡して怖がらせる方がマシだ。
「お前は俺を少しも理解してねぇよ」
「──っ」
言うより早く、瑞生の頭を引き寄せて口づける。戸惑う瑞生に構うつもりもない。再び馬鹿なことを考える余裕もないほど刻みこめ。俺がどれだけこいつに執着しているのか。
「ン、んぅ……ァ、かが、りさぁ」
「お前が好きなのは誰だ?」
「……耀、さん」
「そうだ。なら俺が好きなのは?」
「……ッ、……」
自分が好きなのは俺だと迷いなく口にする瑞生は、最後の質問には逡巡し、やがて口を閉じる。
その様子に自嘲とも思える酷薄な笑みが漏れた。
「俺がどれだけお前を好きか知らないんだな」
「……ッ、だって」
「俺が好きなのはお前だ、瑞生。他には誰一人としていない。この先もだ」
「……」
「瑞生、さっき言ったよな。浮気したらどうするのかって」
「……うん」
「もしも浮気なんてしたら二度と外には出さねぇ」
「どういう意味?」
「俺から離れて他の奴に愛想を向けるお前なんか壊してやるよって意味だ。嫌がっても泣いても許しやしない、一生お前は俺のモノだ」
ぐつぐつと沸き上がる。
止まることなく溢れでた憤怒と醜悪な感情は勢いを失うことなく口に出た。
これで瑞生に引かれようがなんだろうと構わない。
俺が他の奴を好きかもしれないだなんて理由で不安を与える方が不本意で、物凄く不愉快だ。
年甲斐もなく一人の男に惚れきり右も左も分からない様な男には興味無いと瑞生に言われてしまうだろうか……。
だがその考えは杞憂に終わる。
「……うん。俺の事誰かに渡したら、俺も耀さんのこと許さないからね」
瑞生から返ってきた返事は否定の言葉ではなく、恍惚な表情と安堵の声だった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
470 / 507