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噛み合わせる歪み
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呆然としそうな頭をふるって衝撃から意識を引き戻す。
とにかく否定しなければ。そんなこと無いと少しでもわかってもらわなければ、きっとこの確執はこの先大きく俺達を引き離すような気がしてならない。
不安が胸を掻きむしった。
「ちがう……違う。それは違うよ直輝。そんなの、直輝の思い込みだし好きになった時間は確かに直輝が長くたって今は俺も……ッ」
足先を見つめていた視線を前に向けた刹那、眼前にある姿にヒュっと、情けない音が喉をすり抜ける。
なんで、なんで直輝はそんなに諦めた目をしてるの。俺がどれだけ何を言っても届きそうにもないほどに遠い。
「どうして二人で過ごせた時間に別の誰かがいるんだろう。そう考えたこと祥は無いんだろうな」
表情を消した直輝がなんてことの無いように肩を竦めて柔らかい口調で話す。でもそれはあまりにも不自然で、これ以上俺の言葉も弁解も要らないのだと突き放してることは明白だ。
「直輝、ちゃんと話し聞いて」
「……いい。飯くいに行こう」
「こんなで行っても瑞生さん達が気を遣うだけだよ」
「瑞生瑞生って……祥はいつも、他の誰かばかりだよな」
「なおき?」
寒冷な湖に波紋が広がり、荒れるような空気にぞわりと背が震える。
直輝は動けないままの俺とは違いさっさとコートを手に掴むと少しの迷いもなく俺の隣を横切る。待ってと言うのも焦れったくて直輝を追いかけようとした刹那、言葉としてはっきり、拒絶された。
「ついてくんな」
「っでも」
「大好きで大切なミヅキさんの所でも行けよ? 俺と話してるより楽しいだろ。お前の顔見てるとすげー腹立つ」
「ッ、なんで途中でやめるの。言わなきゃずっと俺は直輝の事知らないままだ……そしたら、直輝は誰に頼るの? 苦しくなった時、誰に寄りかかるの……? 俺じゃ、駄目……?」
真正面からの悪意ある言葉に足がすくみそうだった。
こんなに冷たく突き放されたことは今迄に一度もない。過去一度大きな喧嘩をしたと言っても、わかりやすい暴言は無かった。
気が緩むとあっという間に涙が浮かびそうだ。瞬きしたら眦に余計なものが張り付いてしまいそうで、拳を握りしめて直輝から目を離さないように息を吐く。
「話すことなんか、二度とない」
「──ッ!」
「どうせ理解なんかしない。理解しようとしないし、出来ない。言っただろ対極にいるって。それは一生変わらない、そんな奴に話してどうなる? 同情でも誘うか?」
「そんなことばっかり、言わないで」
「そんなことばっかり言わなくても、思い続けるのは自由か? 綺麗事で纏めるのは祥のお得意だったな。笑えるよほんとう、笑える。そういうのうぜぇ」
心臓が痛かった。
どうして直輝が俺を突き放すのか理由もわからなければ、急に見せた本音が普段の姿と違うのが怖くて震えた。恐れている自分がいることを直輝は見抜いているからこそ、ここまで言われてしまったのだとも。
本当の理由を理解してしまった。
気づいた時には直輝を押し倒していた。縺れるように直輝へと駆け走り、突き倒す勢いで額を思い切りぶつけあう。やっと俺を見てくれたことに安堵がこみ上げてきて、馬鹿な直輝に腹が立つ。
ぶつかりあった額の衝撃が脳を揺さぶるなか崩れるように後ろへ倒れ込んだ直輝に馬乗りになると、逃げれないように胸ぐらを必死になって掴んでいた。
縋るように、必死に。
「──ッツ、ってえ!」
「なんでっ! 酷いこと言う癖に、直輝が泣きそうなんだふざけんなっ」
「は?」
「綺麗事を言う俺が嫌いなら、嫌いって言えばいい……! それが本心なら受け止めるよっ、痛いし怖いし、悲しいけど、それが直輝だから受け止めるっ、でもわざと……態と意味も無く傷つけるような言葉は──直輝が痛いのにッ、」
直輝はもしかしたら嘘が下手なのかもしれない。俺をうざいと突き放した直輝の瞳は、それこそ突き放されることに怯えているようだった。
直輝が苦しそうなのが何よりも痛いのに。
「分かってあげられない事もあるよ。 でも、直輝も俺が一番怖いこと理解なんかできない。 誰も、だれも、亡くしたことのない直輝にとって、未来を語る事は夢のようで、心が暖まることなのかもしれないけど。俺は違う……心臓が、痛くなる……明日が来るってどうして信じられるのか分からないから」
でも、そんな直輝が好きだった。
明日も、十年後も、本当に続くかのように迷いのない瞳で未来を語る直輝の姿が好きだった。でも、怖かった。
幸せなんてシャボン玉よりも儚くはじけ飛ぶから、期待することは、俺にはできなかった。
「俺には、あんまりにも不明瞭で……。不確かすぎて、どうして明日があるって信じ切れるのか、俺には。俺じゃあ弱くて、信じ切れない」
でも、それでいいんだと思えたのはいつだっただろうか。
「だけど代わりに……! 直輝がいつも俺の隣で未来を楽しそうに話してくれるからっ、そんな直輝の夢が俺の夢になったらいいなってッ、」
そうすれば怖いことなんてないじゃんかって。例えば十年後、隣に彼が居なくても、俺はきっと生きていける。
直輝がくれた言葉が全部、俺の夢になる。俺の幸せになる。もうそれだけでも一生を独りぼっちで生きることになっても幸せだろう。
「……直輝の言う通りだよ。俺は直輝以外の他の人も愛せる。きっとそれはこの先も変わらないし、それが俺なんだ」
大切な人はこの先も増え続ける。
何かあれば一緒に相談に乗って悩んで笑って生きていきたいと思いを抱く相手は、直輝ひとりではない。
「直輝がいなくなったって、直輝と別れて離れ離れになったとしても、俺は生きていけるよ」
「……ッ、」
ぽたぽたと涙が溢れ出ては直輝の肌を濡らす。
まるで直輝が涙を流しているかのように見えて、苦しげに眉を寄せた直輝は、そういえば俺の前で泣いたことなんて滅多になかったなぁ、なんてくだらないことが脳裏をよぎる。
「でもそれは、直輝も同じだろう?」
「俺は違うッ!」
「ちがわないよ直輝。おれも、直輝も、一人で生きていけるぐらいの強さはある。またいつか、新しい誰かを愛せる日が来るかもしれない。そんな別の未来を歩く事が、俺達は出来るんだ」
一年前、ニューヨークから急に帰ってきた直輝が俺に言った言葉。
「──お帰りって言ってほしい」
その言葉一つで、直輝の未練が流れてしまう事を俺は恐れて、そして拒んだ。直輝は強いから、腐ってばかりの人ではないから。いつか俺が隣に居なくたって平気なことに気づいてしまう。幸せを見つけてしまう人だから。そんな直輝が眩しくて好きだから、宝物だから──おれも生きていける。でもやっぱり苦しい。
「……だけどさ。もしこの先の人生、誰かひとりだけを選んで幸せに歩めるって言うなら──直輝以外の誰かなんて、俺には想像出来ないんだよ」
すべてを明け渡してもいいと迄、預けてしまえるほどに愛していくのはきっと直輝だけだ。
「直輝がもし、俺が死ぬその瞬間まで、俺の隣に居てくれたなら。そんな未来、それだけで、どれだけ辛いことがあったって敵わないほど最高に幸せなんだもん……ッ」
一人で生きていくことは出来る。
けれど隣に貴方が居るだけでどんなに幸せだろうかと、心から願わずには居られないんだ。
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