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カミングアウト
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「祥?」
「ううん。大丈夫」
不安げにこちらを伺い見る直輝の手をギュッと握りこんだ。
二泊三日の旅行を終え、一足先に帰っていった瑞生さんと耀さんを見送った俺達は京都から大阪へとある用事の為に訪れていた。
衝突し、初めて互いの気持ちに微かながら触れ合った日。どうして直輝がああまで考える事になったのか、理由をきいた。
聞かされたこれからの事に戸惑いはしたが今更逃げるつもりはない。いずれは訪れなければならないのだから。
そうだ。いつかは必ず訪れる。
恋人の両親に御挨拶をするという、極刑のような時間が。
「じゃあ行くよ?」
「う、うん……! っあ! でも待って?! 服装とか失礼じゃない? スーツとか……!」
「あぁ、とりあえず落ち着こうね祥。昔からの付き合いなのに今更正装した所で中身は変わらないよ」
「で、でもさ?!」
「はいはい」
ぐるぐると回るのは頭の中だけではない。目も回るし、心も不安によりめまぐるしく乱れ回っている。いや寧ろ踊り出している。
直輝は呆れを浮かべた瞳で俺を見て、なにやら思案するとニタリと口元を緩めた。
「祥」
「はいっ?! んんっ」
パッと混乱した状態で横を見た刹那、唇に何かが触れる。
柔く啄むように。それから宥めて、可愛がるように。優しく触れては離れ、離れては再び触れる。
突然の直輝のキス。それも、直輝宅の前で。
これ以上の愚行はないと、やがて終えたキスの後、俺は興奮や緊張が突き抜けすぎて冷静になれた。
「どう? 落ち着いたろ?」
「……ああ、うん。罪悪感で今すぐ断罪される死刑囚の気分」
「そんな状態で平気? ホテルでもう少し色んなところ解してからにする?」
「うん。もう、なんでもいいや……とにかく俺は今から死ぬんだ」
「はぁ……だめだなこれは」
直輝の言葉も耳に届かない。
緊張やら恐怖やら戸惑いやら。とにかく心臓が破裂しそうだ。冷静を取り戻したところで、目の前の大きな壁は消えない。
何度となく深呼吸をして、まだ寒いこの季節。似合わぬ汗が背中を伝う。直輝の隣で一人考え混んでいたのが悪かった。
直輝の「行くよ」が聞こえなかった。そして代わりに鼓膜を震わせたのは「ピンポーン」という何らおかしな所などない、聞き慣れたインターホンの音。
あ、死んだ……。そう覚悟した刹那、開いた玄関の扉から飛び出してきたなにかに俺は思い切り突き飛ばされていた。
その時見た直輝の驚愕の表情は、あまり見ることのない素の顔だったなぁ、なんてどうでもいいことだった。
「祥ッ?!」
「なーーーっちゃーーーん!」
ガコンと強かに頭を打ち付ける。
心理的なものではなく、物理的攻撃による眩暈に、俺はやっぱり死ぬのかもとわけもわからず泣きそうだ。
グラグラする頭をひと振りして、間抜けにも後ろに吹き飛んで転げた体を起こす。
そして目の前で繰り広げられる光景にあぜんとした。
鬼のような顔をして冷たく罵倒する直輝と、そんな直輝の首に腕を回して頬ずりをする、とにかく浮世離れする程の美しく中性的は男がそこにいた。
「離れろ腹黒」
「んー、なっちゃん照れてるの? いいんだよ、もっと俺に甘えていいんだよ?」
「誰が、甘えるか、迷惑だ」
ああ、懐かしい。
直輝が美丈夫の顔を鷲掴みにしてひっ剥がす。けれどそんな事は些末な事なのか美丈夫改め直輝の兄である──皐季さんは艶やかに微笑むと直輝の頬に何度もキスをした。
「なっちゃん肌すっべすべ! 流石俺の弟だな〜。それにしてもお兄ちゃん寂しかったよ〜」
「汚い」
「照れてるなっちゃんも可愛いよ?」
「腐るから離れろ」
氷点下よりも冷たくブリザードを吹かし、背中に皐季さんを貼り付けた状態で直輝がこちらにやってくる。直輝よりは背が低く、俺よりは少し高い皐季さんは遠慮なくズルズルと引きずられているけれど、直輝の首に巻き付けた腕を離す気配は欠片もない。
「祥、怪我は?」
「あ……全然。なんかお陰で本当に頭がクリアになったというか、なんというか……。皐季さん、お久しぶりです。今日は突然すみません」
差し伸ばされた手を取り、起き上がる。ズボンの埃を払い直輝には苦笑を返す。それから出で立ちを正すと、皐季さんに向かい頭を下げた。
「ねー、なっちゃん? な〜んかどこかの糞ワカメ頭の声がするんだけど? お兄ちゃん病気かなぁ?」
「お前の存在自体が悪病みたいなものだろ。殺虫剤でも浴びてさっさと成仏してろ」
「なっちゃんが俺の心配てくれた……! 今日はお赤飯にしなきゃっ」
ああ、うん、懐かしい二人のやり取りだ。
そして相変わらずの嫌われぶりに俺は辟易とした笑みを浮かべるので精一杯だった。
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