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カミングアウト
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玄関前では近所迷惑になると直輝の一声で、その場は一旦収集を迎えた。
ちゃっかりとお邪魔する時に押し出されたのは言うまでもない。涼やかな表情をした皐季さんによって、目の前で玄関扉が閉まるのを見た時はこのまま入るのを辞めるべきか考えてしまった。それほどこれからの事に不安が募っている。
ただ挨拶をしに来たのならここまで緊張しない。相変わらず直輝を溺愛している皐季さんの攻撃にも怯まない。
けど違う。
今日直輝の家にやってきた目的は、俺達が付き合っている事を伝える為だった。
直輝はこれから先、まず最初に事務所を経営している会長──もとい四年前、俺に身を引いてくれと頼んできた威圧感のある男性──が何らかのアクションを起こすだろうと考えていた。
事務所をやめられれば話は早いけど、いつの間にか契約書類に最低期間辞める事は許されないとの契約がいつの間にか追加されていたとかなんとか。
それって犯罪なのでは?
尋ねれば、「こんなものぐらい軽いゲーム感覚だろ」との事。
だから先ずは両親共々に、手を回されるよりも早くこちらが手中に収めると言っていたが直輝はそれでいいのだろうか。
もしかしたら最悪勘当されるかもしれないのに。
「祥! いらっしゃい!」
ひとりで思案していると、リビングから美人が掛け走ってくる。
すっと俺の視界を覆い、美人から俺を隠す様に直輝が自らの背中へと俺の体を引きよせる。
「ちょっと、母親に向かって威嚇するバカ息子がどこにいる」
「そのままにしてたら抱きついて離さないだろ」
「当たり前じゃない! だってアンタ、私に全然祥の事貸してくれないでしょう?」
「貸さない。祥は俺のだ」
「アンタのものなら、私のモノよ」
バチバチと静かに火花が散っている。
うん、その前に俺はモノではない……とは言えません。だって怖い。
直輝によく似た切れ長の瞳に、艶やかな黒髪を一括りにして仁王立ちする姿は、子供が三人も居るようには到底思えない美しさだ。そんな人がこれまた直輝と同じく、肉食獣然りとオーラを放ち、勝気に笑っているのだから怖くもなる。
下手に動けば二匹の獰猛な肉食獣に食われてしまう。
その映像が脳内に流れ込み、思わず直輝の背にしがみつくと何を勘違いしたのか彼は強気な態度で満足げに声をあげた。
「厚塗り化粧の顔に祥が怯えてる。邪魔だ」
「はぁ〜?! 親に向かって邪魔ァ? 邪魔なら直輝、アンタが出ていきな。勿論! 祥は置いて行きなさい」
火に油を注いでどうする直輝。
凪沙さんは眉をぴくりと動かすと、みるみるうちに鬼の形相へと。もうこうなったら誰も止められない。どっちかが飽きる迄、喧嘩は続く。
肩を落とし、久しぶりに来たけれど相も変わらずな親子だとしみじみしていれば、鶴の一声が落ちた。
「ママも、直輝も、喧嘩は駄目だろう? それから二人ともお帰り。夕飯はもう出来てるよ。お腹が空いたでしょう? さあさあ、早くご飯を食べよう。それから祥君は、俺が一旦預かります」
「駄目だ」
「パパずるい」
ふらりと現れ、ふわふわと柔らかくも威圧感のある声音で二人の睨み合いを止めたのは、直輝の父親だ。たれ目気味で絵本の世界からやってきたかのように暖かな雰囲気を持った男性。そしてまた、とてつもなくかっこいい。全体的に色素が薄い。直輝と同じ亜麻色の瞳に、天然の柔らかな茶髪だ。
つくづく思うがこの一家は美男美女しか存在しない。ほんの少しだけ、胸中で拗ねた。神様酷い。でも俺の陽だって可愛いもんな。ちょっと表情は分かりにくいけど猫みたいだし。俺より背が高くて恨めしいけど、甘えてくるし。
自分で自分を慰めてもっと哀れに思えたのは言うまでもない。
「祥君、おいで? ここにいると食べられちゃうよ」
「はっ、はい!」
おいでおいでとニコニコしながら呼びかけてくる父親──紀壱(キイチ)さんの元へちょこちょこと駆け寄る。直輝が追いかけてこようとしたけれど、凪沙(ナギサ)さんに行く手遮られていた。
直輝は辟易としていたが、凪沙さんからしてみれば大切な息子。それも一番の末っ子が久しぶりに帰ってきたのだ。嬉しいのだろう。連絡もマメに依ず、寧ろ音信不通と言っても過言ではないほどの淡白さだ。
親としてはこの言い合いでさえも楽しくて仕方ないのかもしれない。その考えはあながち間違いではないと教えるように、口喧嘩をしつつも、凪沙さんの横顔は楽しそうだった。
そんな微笑ましい二人を見ていたらほんの少しだけ心臓が痛かった。俺も、両親が生きていたならああやって口喧嘩をしたのだろうか。
「祥君、大きくなったね」
胸中でひとりごちていると、ふと頭を撫でられた。
直輝とはまた違った大きくて、大人としての愛情が沢山詰まった掌。
この歳になってまで頭を撫でられてしまうなんて恥ずかしいが、思わず心地よさに擦り寄ってしまう。
一抹の寂しさに気づかれたことにも、いつだって家族のように受け入れてくれる事にも感謝と好きが募る。そして、裏切るかもしれないことにさっきよりも心臓はギシギシと音を立てた。
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