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カミングアウト
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胸中で、懺悔にも似た罪悪感に頭を抱えていると何か妖しい雰囲気を感じ取った。
ピンク色というか、なんというか。発症源である眼前に迫る紀壱さんを見上げると先程の柔らかくも威厳のある表情とは一変。鼻の下を伸ばしたデレデレとしまりのない顔が物凄い艶やかな雰囲気を放ち近づいていた。
「き、紀壱さん顔が近いです、が」
「も、もう無理だぁ……っ!」
両手をワキワキと奇妙に動かしながら、我慢ならぬと叫んだ刹那思い切り抱きしめられる。ばふんっ! と風圧おも感じさせる勢いで抱きしめられて背骨がぎりぎりと奇妙な悲鳴をあげた。
「祥君っ、可愛いよー!」
「ぐえっ……!」
そうだった思い出した。紀壱さんはとにかくデレデレだった。我が子が大好きで仕方ない親ばかなのだと昔から直輝が辟易していた。そして少し、いやかなりの天然である。
それから物凄く博愛主義で、特に奥さんである凪沙さんを心の底から溺愛している。
掻い摘んでこの一家を説明するなら好きなものには物凄く愛を注ぐ一家だ。
だから俺は昔からずっと直輝の家が好きだった。そして今も、これからも、好きでい続けると思う。
「おい、いい加減にしてくれ」
「ッ、ぷは」
不機嫌な声が聞こえると同時に慣れ親しんだ、腕の中に収まる。
紀壱さんの鍛えられた胸板に顔を押し付けられ、酸欠と圧迫により目が回り出した時漸く直輝によって救出された。
直輝に負けず劣らずに長身の紀壱さんと、直輝に挟まれた俺はなんだか男としての矜持をチクチク刺されているような気がしたけど気にしたら負けだと思う。
成人してから身長が伸びる人だっているんだから、負けるな俺。それに俺は別にチビじゃない。標準なんだから。例え弟に悠々と抜かされていたって、気にしちゃ駄目だ。全然悔しくなんかない。
「ふふ、直輝もパパにハグさせて!」
「やめろ」
「パパ相手に照れなくていいんだよ!」
「照れてねーよ。皐季! 写真撮る暇あんなら親父の事連れてけ!」
「えー、でも俺。なっちゃんが照れてるところ写真に納めたいからなぁ」
直輝の片腕に腰をホールドされながら、天使家の騒動を眺める。
まさに前門の虎、後門の狼である。
あのいつだって飄々とし、悠然たる態度を崩さない直輝が苛立ちをこえて憔悴しきっているのだから恐るべき父と兄だ。
結果、紀壱さんに強請られるも断固として拒否を続けた末に紀壱さんが涙目になってしまい不貞腐れてしまった。
「パパの事嫌いって言ってた」と、凪沙さんの肩におでこを乗せてグリグリ。それから直輝を指さしていた。
あ、その光景見覚えがある。
直輝が俺に強請る時とか、下心ありきで甘えてくる時によく後ろから抱きついてきては肩にグリグリしてくるんだ。
他者の目から見ると、その様子はまるで幼子が母親に悪事を言いつけるかの様だった。それを天然でやってしまうのだから紀壱さんは凄いと思う。イケメンだから許されるのだ。直輝も含み。
それを聞いていた凪沙さんがこのままではめんどくさいから言う事聞いてやれと直輝を諭した。
そして渋々顔面蒼白を越して白く顔を染めた直輝は、半ば心を殺したかのように無反応のまま暫く紀壱さんに抱きつかれ、その様子を皐季さんが激写するというなんともカオスな時間を俺は凪沙さんの手伝いをしながら眺めたのだった。
気づけば直輝の家にやってきてから軽く一時間はたっている。
漸く席につき食べ出した頃、ショートカットの女性が凛とした態度で有名なお店のお寿司を手土産に、リビングへとやってきた。
「む。なぜ夕飯が? 私の寿司はどうする」
スラリとしたプロポーションと小さな顔、男性にも女性にも見える怜悧そうな相貌。毅然とした美しさを持つ彼女は直輝と一番仲がいい姉の海咲ちゃんだ。
見た目のとおり、中身も真っ直ぐで男勝りな性格のボーイッシュな女性。
中高と剣道部主将を努め、高校では女性生徒会長だった。男女共に慕われていて、それから紀壱さん譲りで天然だ。
「海咲に頼んだの覚えてる?」
「覚えている。可愛い祥が遊びに来るからつまめるものを買ってこい、と」
「そうね、お寿司は摘めるわね」
「海咲はドジっ子だなぁ。パパはちょっと心配だよ?」
「あなたは少し黙っていて」
「ママ、怒ってるの?」
ニコニコ、ふわふわと話をするのは紀壱はんのみ。凪沙さんは呆れて物も言えないのか嘆息しつつも海咲ちゃんからお寿司を受け取り机の上へと広げた。
直輝はもう頭痛がするのか眉間を揉みほぐしていたし、皐季さんは直輝に「あーん」をするので忙しくて周りはどうでもいいらしい。
帰ってきたばかりの海咲ちゃんに「大きくなったな」と頭を撫でられて、俺は少しだけ面映ゆく思えた。
海咲ちゃんは去年、元気な男の子を産んだと言うのにピンピンしている。旦那さんと息子さんは、二人でお留守番しているそうだ。それでも心配だから明日、朝一の飛行機で横浜へ戻ると言っていた。
それを聞いた直輝が「海咲が戻った所で手間を増やすだけだろ」と鼻で笑い海咲ちゃんから手厚い歓迎を受けていた。なんだかんだ仲がいいんだ。直輝にそれを言うと勘弁しろと嫌な顔をされるけど、照れ隠しなのを知っているから、微笑ましい。
ドタバタと騒がしくはあったが、これで天使家も勢ぞろいし今度こそ夕飯となった。
こうして見ると本当に凄い光景だと思う。美形一家に囲まれて食べるご飯は昔から変わらず優しい味だ。胸が暖かくなる。この煮物の味付けとか是非教えて欲しいと凪沙さんに頼んだら喜んで請け負ってくれた。
海咲さんは文武両道だが家事全般は苦手らしく、家では旦那さんが担当しているらしい。今流行りの主夫だ。
子供と料理をするのが夢だと語る凪沙さんには、過去に色々と一緒にお菓子を作ったりもした。
「そういえば何で皐季がいるんだ? ……まあ聞かずともお前が居るのはなんとなく予想してたけどな」
「なっちゃんが俺に会いたいと思ったからパリから帰ってきたんだ。嬉しい?」
「いや全く」
ニッコリと微笑むその姿は本当に麗しい。直輝とは違い、線が細くて垂れ目がちの瞳に淡いブラウンの瞳。視線一つにしても色っぽくてフェロモンが凄い。
今はパリで、ウェディングドレスのデザイナーをやっているらしい。そして恋人が出来たのだとか、前にチラリと直輝から聞いた。
とてもキャラが濃い。凪沙さんや紀壱さんもだが、直輝を含む三兄妹は特にだ。ちょっとばかし、この変態大魔王の直輝が常識人の様に思えるから尚のこと。
簡単に三兄妹をイメージするならば、皐季さんは女王様で、海咲ちゃんは女騎士、直輝が王子(腹黒)って感じだ。
昔から俺の中での、三人の印象は変わる事はない。
それからやっぱり、この家族の中にいてまざまざと感じるのは皆ストレート、ということだ。
気持ちを凄く真っ直ぐに伝える。
好きなことを好きだと言う強さというか、当たり前の価値を知らず知らずに身につけたというか。
それがとても好ましく、憧れの家族だ。
「そういう直輝こそ、またなんで急に帰ってきたのよ? あれだけ連絡寄越さなかったくせに」
ふと疑問に感じたのか凪沙さんが尋ねる。
直輝と俺を抜けばごく自然の質問ではあったけど、後ろめたい気持ちを抱えてる俺はびくりと大げさに肩を揺らしてしまった。
挙動不審になった俺に、凪沙さんと皐季さんが目敏く気づく。矛先が俺へと向きそうになった、その瞬間、俺は味噌汁を吹き出してしまった。
「祥と結婚したい」
一家団欒に落とされたのは時限爆弾よりも威力のある言葉だった。
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