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遠き日のすれ違い
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体育の授業を終えた祥達のクラスは早々に教室へと戻っていく。体育委員である祥も足早に道具を片付けて戻るはずであったのだけれど、無意味なやっかみに邪魔されてすっかり遅くなってしまった。
直輝が迎えに来てくれなければどうなっていたのだろうか。考えるだけで辟易する。
直輝と肩を合わせて歩いているとい、入れ替わりにやって来た一学年上の先輩達とすれ違った。
何気なく顔を上げた祥は違和感に気がつく。
三人並んで歩いてきた綺麗な先輩達。その真ん中を闊歩するかのように堂々と歩んでいた美人な先輩と直輝がアイコンタクトを取ったのだ。
気の強そうな先輩がふわりと微笑む。その唇の艶やかさに何故か祥は胸が傷んだ。
釣られるように直輝へと視線を戻すと、胸は先程よりも激しく軋む。
直輝のまるで見たことのないような甘い笑顔に祥は思わず吐き気がこみ上げた。
「祥?」
「……」
どうしてなのだろう。
どうして、直輝の砂糖菓子のように、甘すぎるほどの笑顔を見ると胸焼けを起こすのか。
見てはならないものを見てしまったかのような罪悪感に襲われた。
「祥、どうした?」
「いや、ううん。それより、さ……まだそういうことしてるの?」
「そういうこと? セフレ?」
「ッ、」
歯に衣を着せぬ言い方に祥は言葉をつまらせる。ほんの少し前までは自分と同じランドセルを背負っていたとは思えない。どうしてコイツはこんなにも大人なのだろう。
どうして自分は──彼のこの行為を心の底から受け入れられないのだろう。
祥は知らない感情に名前をつけたくて仕方なかった。名前をつけてしまえばきっと、この不快さから逃れられる。理由に納得できたならば、直輝が誰を優しく抱こうが嫌悪する必要がなくなると思うから。
どうしても突き止めたい衝動に駆られるのだけれど、直輝はそれを許してはくれなかった。
「祥にそこまで口出しされるのはなぁ」
そう言って、直輝は祥を拒絶するからだ。
「祥には恋人がいるけど、俺にはそんな相手はいないし。でもまあ、興味はあるし今のところ丁度いい暇つぶしになるから」
「だから、それなら」
「好きな人を見つけろって? 祥って本当にピュアだね」
「なっ、?! 馬鹿にするな、バカ!」
「バカバカ言ってると本当に阿呆に見えるな」
「ッ、黙れってば!」
いつの間にかからかわれて終わる。この繰り返しで進歩はひとつもない。
幼い頃からの唯一の友人であり、大切な人だ。だからこそ、健全であってほしい。そう思うのは当然なのではないか?
例えば自分が色んな人と交わるとでも言い出せば直輝はきっと猛反対すると思うのだ。それはあながち根拠の無い憶測等ではなく、長い付き合いだからこそ推測できる事実に近い正解だ。
きっと直輝は祥が同じように淫らな行いにふけようものなら何がなんでも邪魔をするだろう。
祥と同じく、不愉快だと言わんばかりに表情を歪めて。ただひとつ違うのは、祥には決してない秘めた想いが直輝にはしっかりと形を成し、存在していた。
他人の機微には鋭くとも、自身の感情に疎い祥ほその世間でいわれる普通から逸脱した感情になど気が付きやしない。
笑みを貼り付けた優しすぎるほどの幼馴染みは、自分の想いに、祥を巻き込む気など少しだってなかった。
ただ、欲を言うのなら、永遠とこの関係が続けばいい。お互いが一番で、お互いが何よりも大切な、あくまでも友人という関係。
けれどそんな時間がいつまでも続くわけがないと、直輝だけが知っていた。
飄々とした態度で隣を歩く幼馴染みが、苛烈なほどの矛盾する心を隠しているなど祥は気付きもしない。
あとほんの少し揺さぶられればきづいたかもしれない違和感は、まだこの時は丁寧に慎重に、直輝の手により隠されていたからだ。
*
祥の意識はほんの少し前。数週間前に遡っていた。
夏も終わりに近づいた頃、祥は直輝と今迄の小さな言い争いなんて非にならぬほどの大喧嘩を経験した。
喧嘩、といえども今までのものがどれだけ可愛らしいものであったのか、祥はその時痛いほどに思い知った。
喧嘩の火種になったのは、部活が終わり、静けさに包まれた校舎を1人で歩いていた時だ。
空手部に所属する祥は、その日当番であった施設を終えて手中にある鍵を返すべく、職員室に寄ろうとしていた。部室棟から一番近い道のりは下校時間ギリギリまで常に開け放たれている窓からの侵入である。
テニス部がコートへと近いからという理由で、いつもそこだけは鍵がかけられていない。それを知っている祥はその窓の脇で靴を脱ぐと裸足で廊下を急ぎ歩んだ。
そして丁度、曲がり角に位置する場所へとたどり着いた時に見てしまったのだ。
階段を登る手前で、廊下の奥に存在する保健室の前で、よく知っている長身の男と男子生徒から人気を集める若い養護教諭が抱き合っているのを、祥は見てしまったのだ。
その刹那、祥は考えるよりも早くその名前を口にしていた。
廊下に響く、まだ男にしては高い声。その声に呼ばれた男子生徒はハッと顔をあげる。そして祥と視線が絡まるなり、ぷつりと能面のような表情を見せた。
その変化に祥の胸がチクリと痛む。
「直輝、何してるの? 早く帰ろう」
ズンズンと迷うことなく歩く祥の肩が上がっている。ああ自分は今苛立っているのだと、祥はまるで他人のように思った。
「そ、そうね、早く帰らなくちゃ」
「……」
長く感じた距離をあっという間に詰めてしまった祥は左から聞こえる取り繕うような猫なで声に思わ眉間の皺を濃くする。
今更何を言うのか。もしも見られてしまったのが自分でなければ、この養護教諭も、直輝もただでは居られない。どちらもひどく傷つくというのに。どうしてこんなわかりやすいところで抱き合っていたのか。
祥は次々に溢れ出る嫌味を咬み殺すと「気をつけてください」と抽象的な一言だけを残し、無理矢理に直輝の手をとり歩き出した。
「手、離してくんね?」
「むり」
「いやお前の意見なんか聞いてねーんだけど」
冷たい声だった。
言い切るよりも早く、直輝の手に振り払われる。宙をさ迷う手が迷子のようだ。
祥はチクリとまた痛み出した心臓を無視して、懸命に笑を浮かべた。
「直輝が好きな人なら反対しないけど、でもバレたら大変だから、気をつけた方がいい」
「俺が好き?」
「先生のこと、抱きしめてたろ?」
好きだから触れ合っていたのではないのか。
祥は返ってきた直輝の嘲笑に、思考が揺れる。
「抱きしめてたら好きだってことになるの?」
「……じゃあ好きでもないのにどうして、抱き合うの?」
「…………理由なんかいちいち要らない関係もあるってことだろ。いつまで能天気なままでいるんだよ」
キツい言葉だった。なのに、傷ついたのはまるで直輝の方だとでも言いたげな苦痛の表情に祥は益々混乱する。
祥の疑問に、質問に、直輝はまるで刃を突き刺されたかのように低く唸り、冷めた瞳でこちらを見る。
その人形のような顔を見て、祥はジワリと追い詰められた気持ちになり、何故か酷く嫌な予感がした。
ここ最近で直輝は急に変わってしまったと思う。
実際に見たのは今日が初めてだけれど、噂で聞くように、直輝は不特定多数の女性と関係を持っているのかもしれない。
そんな馬鹿な。あの直輝が? 穏やかで、面倒みのいいあの直輝が多数の女性と関係を持つだなんて信じられない。
祥はずっと耳にしてきた不快な噂話を一蹴していたけれど、先ほどの後継は何よりも真実に近く、直輝の言葉は疑惑を肯定せざる負えなかった。
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