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遠き日のすれ違い
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翌日、祥の繊細な容貌は暗い影を濃く滲ませていた。
「おい」
「……」
「おいって! 無視してんじゃねぇぞ!」
憤然と言い放ち背後から肩を掴んでくるのは橋下学だ。
橋下の指が肩に食いこむ。ギリギリと皮膚を突き破るのではないかと思ってしまうほど、苛立ちに任せ暴力にも似た行いをする同級生に流石の祥も呆れが怒りに変わるのがわかった。
「離せって。なに? またくだらないこと言うつもり? 橋下って暇なんだね」
「なんだと……っ」
手を払い振り返ると、怒りに顔を歪めた橋下がいた。
だと言っても怒りたいのはこっちだ。いや、今はむしろ泣きたい気分だ。
あれだけ気をつけろと言ったのに。あんなに心配したのに。
「俺は心配して教えてやったんだろうが! あァ?」
心配? 嘘を吐くな。心配ではなくからかう為に近づいて来たくせに。
「てめぇの恋人が保健室で逢い引きしてるって、せっかくこの俺が教えてやったんだろうがよ。なぁ? それをお前はくだらないって? 俺を暇人扱いかよ。酷い話だよなぁ」
そういう橋下はにやにやと緩んだ口元を隠す様子もない。そもそも恋人ってなんだ。直輝は幼馴染みで、家族のように大切な友人だ。
そんな反抗をする気も失せるほど、下劣な笑い声をあげて橋下は肩を組んでくる。突き放したいのに突き放せない。
その言葉が真実であることを知っているからだ。昨日の放課後のやり取りが脳裏に浮かぶ。
「証拠は?」
「……」
「どうせ噂だろ。直輝のこと妬んだ誰かのいたずらだよ」
「なおきなおきってうるせぇよ」
「え?」
ボソリと呟いた橋下の声は聞こえなかった。
「証拠ならある。残念だな」
「嘘だっ」
耳元で囁かれたその科白に橋下が何を呟いたかなんて気にする余裕は弾け飛んでいた。
「お前が俺の言う通りになんでも聞くなら証拠も全部消してやろうと思ったけど」
「ッ、そう言ってほんとは無いくせに」
「それはお前に返してやりたい言葉だな。本当は知ってるんだろ? あいつが色んな奴と付き合ってんのも知ってんだろうが」
「……」
どこまで卑劣なんだろう。
要は目障りな自分を堂々と下僕扱いするための餌でしかないのだ。
祥の一存で直輝が追い込まれると考えると息が詰まりそうだ。
「知ってるけどそれだって誰が言ってるかわからない」
「お前さ、嫌なこと見ないふりしてばっかだよな」
「ッ!」
「そうやってあいつの肩ばっか持つけど。お前今は煙たがられてんだろ? それが全ての答えだろ。捨てられてんじゃん、ウケるんだけど」
「……捨てられてない」
「あァ? 聞こえねぇよ」
「いッ──」
頑なに受け入れない自分に苛立ったのだろう。橋下の靴底が祥の足を踏みつける。ギリギリと力が込められる度に骨が軋む。
痛みと悔しさに祥の顔が歪んだ。顔を覗き込む橋下は恍惚に頬を染める。
「い、たいっ」
「許してくださいって言ってみろよ」
「ッ、離れろってば」
「ちげーだろ。許してください、橋下様だろ?」
顎を鷲掴みにされ、無理矢理に顔をあげられる。離して欲しくて祥の細い腕が橋下の胸を押し返す。
どんどんと叩きつけても、何も感じないとでも言うように橋下は先程よりも距離を詰めてきた。
苦痛の色を濃くすればするほど橋下は愉快だと言わんばかりに笑っていた。
祥は悔しさよりも心無い事ばかりしてくる橋下への怒りに心が染まってしまいそうで、人を恨む恐怖に肌が粟だった。
「離せってば!」
「ッ、てぇな!」
真っ黒な感情が湧き上がりそうになった刹那、橋下を突き飛ばしていた。
後ろに蹈鞴(たたら)を踏んだ橋下は、再び憤怒の表情で祥に掴みかかってくる。
「組手試合で俺が勝ったら、その証拠全部貰うから。その代わりに負けたら、その時は、一度だけ橋下の言うことなんでも聞く。それでいいだろ」
「は?」
橋下とは元は部活仲間だった。
入学当初から何かと祥を揶揄ってきてはいたが、同じ空手部に所属していたことからその頃はまだ今よりも関係は良好だった。
それも橋下が度重なる指導の罰則を受けて退部になるまでの話ではあったのだけれど。
祥の持ちかけた話を吟味してるのか、ギラギラと光る相貌がこちらを睨めつける。
「駄目だ」
「なんでッ」
「一度だけだろ? こっちは卒業までずっと気に食わねぇお前を跪かせるカードを持ってんのにそれを易々と差し出すと思うか? 馬鹿かてめぇは」
「ッ、だったら。負けたら、卒業まで橋下の言う事聞けばいいんだろ」
「……お前さ、プライドないの?」
「うるさいっ」
プライドよりも直輝が傷つくと思ったら考えるまでもなかった。
どうしようもないプライドを捨てたところで、祥自身の矜持は少しも傷つかない。家族のような直輝を捨てる方がよっぽどプライドを無くすことに思えた。
「まあいいぜ。今日の放課後に旧体育館に来いよ。来なかったらばらすから」
蛇のように絡みつく視線を投げかけた橋下はただ愉しそうにそれだけを言い残し去っていった。
一人取り残された祥はやっぱり怒りよりも何よりも泣きたい気分だと自嘲し、静かに瞼を閉じた。
* * * * *
放課後になり旧体育館に駆け付けるとそこには橋下と、橋下の取り巻き数人がいた。
おおかた取り巻きに審判でもさせるのだろう。
どう考えても祥に不利ではあるが元から正攻法で橋下が挑むなど期待もしていない。そもそも祥が勝つことなんて少しも考えていないだろう。
線が細くて華奢な祥よりも、年齢よりも幾らか難いがよく喧嘩にもなれている橋下の方が分がある。
だからこそ勝つつもりだ。
侮っている自分に負けたなんて橋下の顔に泥を塗るにはうってつけだと思ったのだ。
気が短い橋下のことだ、どれだけ卑怯な手を使ったって負けた事をつつけば顔を赤く染め怒るに決まってる。
それは言葉よりも雄弁に真実を物語るのだから、その代わり直輝の証拠を消してもらえば痛い思いはするだろうが渋々ながらも消すだろう。
祥はそこまで打算的な計画を立て組手試合を持ちかけたのだ。
祥が負けることを信じて驕る橋下が警戒する前に叩き潰してやると、僅かばかり私怨が混ざっているのも事実だがそれも可愛らしいものであった。
「先に8ポイント差をつけた方が勝ち、それでいい?」
「ああいいぜ」
組手試合の勝負を決めるのは今告げた条件と他には競技時間が終了し判定により勝敗が決まるかのどちらかだ。
後者で勝敗をつければどう考えても橋下の勝利が確実だろう。
であれば相手よりも8ポイント差を開け先手を撃つしかない。
ポイントを正しく加算して貰えるかは甚だ疑問ではあるがその時は自ら数えさせてもらおう。
「じゃあさっさと俺の為の犬になってもらおうか」
正位置に立った二人が挨拶をすると、試合は始まった。
防具も何もつけてない今、普段よりも気が張る。どんな理由があれど、致命的部位に触れてしまえばペナルティがつく。
触れる前に止める。それが最も優先されるルールだ。
「おい、逃げ腰か?」
「ッ、」
だと言うのに橋下はルールなんてまるっきり無視である。
祥が避けなければ側頭部に橋下の回し蹴りが当たっていただろう。
ヒヤリと心臓が縮まる思いだ。
油断すれば冗談抜きでぼこぼこにされるだろう。
パワーもスタミナも橋下の方が上だ。
だが祥は小柄であるからこそスピードと飛躍力がある。
まるで掌で小さな虫を弄び握り潰すように、追い詰めてくる橋下の顔を狙い上段回し蹴りを決めた。
「──ッ」
「卑怯な真似してないで、本気でやりなよ」
「お前……」
不意打ちの攻撃に橋下の目が暗く光る。
舐めてかかっていたことを恥じたのか、橋下の目つきが変わる。
普段の卑しい色などなく、真っ直ぐでただひたすら祥をねじ伏せる事に拘った瞳。
数ヶ月前に見た事のある、橋下がそこにいた。
試合は一進一退で進んでいった。
互いに肩で息をし、汗が流れ落ちていく。意外にも橋下は真剣に勝負に乗っかり、手加減などは一切ないがルールに従ってはいた。
「降参するか?」
「しない」
「そんなに天使が好きかよ?」
無駄な会話をするほど余裕はなかった。相手もそれは同じだろう。
隙を見ているのだろうかと警戒しながらも、祥は橋下の何気ない質問に答えた。
「好きに決まってるだろ」
「ッ、」
「誰よりも直輝が大切だ」
直輝だけがずっと隣に居てくれた。家族よりも、祥の居場所だった。その暖かい居場所をくれたのはいつだってささやかな直輝の笑顔だ。
「あいつの何がいいんだ」
その一瞬だった。祥の言葉を聞いた刹那、橋下に隙が出来た。
その瞬間を見逃さず祥は距離を詰めると、高ポイントである上段回し蹴りをしかけると見せかけて足払いをした。
蹴りの防御に傾いた橋下の足元は簡単に崩れ、同じく高ポイントであるマットへの投げが成功する。
後ろに大きく転んだ橋下は、祥を見上げて何が起きたのか判断するなり顔を赤く染めて立ち上がった。
そして先程までの真っ直ぐでいて試合を純粋に楽しんでいた眸は暴力的なまでの怒りに染まっていた。
「てめぇ調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「──っ」
息を呑んだ刹那、骨が削られるような音と痛み、火傷のように焦げ付く熱さを頬に感じた。
「ツッ、ぅ」
「図に乗りやがって……!」
「ッガ、ァ」
後ろに蹈鞴(たたら)を踏んだ祥は、次の瞬間にはマットのうえに押し倒され、その細い体の上に橋下が馬乗りになる。
華奢な首を鷲掴みにされ、息が詰まった。
頬の痛みと口の中に広がる濃厚な血の臭いに殴られたのだと理解する。
苦しさに瞑った瞳を微かに開くと、橋下の拳が固く握りこまれ、鳩尾に落ちてくる瞬間だった。
「──ッ、ひ、ゲホッ」
呼吸もままならない痛みの次には、内臓への打撃により胃酸が逆流してくる。
嘔吐きそうになるのを奥歯を噛み締めて堪えていると、首を締め付けてくる手に力が込められた。
「むかつくんだよてめぇはよ」
「ッ、ふ……ぅ、ゔ」
器官がギリギリと締め付けられ、苦しさに生理的な涙が流れ落ちた。
口の中に広がる鉄の匂いにくらくらと脳の奥が揺れる。
深くに沈めた遠い過去が近づいてくる。
泣き喚く子供の声に金切声をあげ怒鳴りちらす初老の女。噎せ返るほどの血の匂いに、割れた硝子。畳を染めた赤い血溜まりの上、恐ろしさに震えるばかりの無力な少年。
────次はお前の番だよ。
忘れたかった記憶が祥の頭を舐め回す。
「っ、やめ、ろ」
「ッ!」
恐ろしいほどこちらを睨みつける恨みの表情に耐えれず、祥は暴れるように橋下の下から逃げ出した。
逃げ出したのが橋下からなのか記憶の残像からなのか。そんなもの考える余裕もなかった。
ただ脳裏に浮かぶ光景を振り払う為に叩き払った手が橋下の頬へと命中し、静まり返った体育館に乾いた音が響いた。
「痛てぇじゃねーか」
「ごめ……ん」
頬を叩かれたことにより橋下に理性が戻る。見下ろす先にいた、身を震わせる祥の様子がおかしいことに気づいたのか、訝しげにこちらを見てくる瞳から祥は逃げるように顔を逸らした。
「……チッ」
舌を鳴らした橋下が祥の上から退く。
赤く染まった自身の頬をさすると、興味が失せたのか取り巻きを連れて体育館を出ていってしまった。
波のように押し寄せる痛みと震えに身を縮めた祥は、きつく強く瞼を閉じると、自分を守るように頼りない腕で自らの身を抱きしめた。
* * * * *
祥の怪我は誰がどう見てもごまかせるものでは無かった。
不本意とはいえ手を挙げてしまった祥は橋下を気にかけてはいたが翌日から対して気にする様子もなく、気の弱そうな生徒を小突き回していた。
心配するだけ損かと呆れた祥は一方、首についてしまった指の痣と内出血を誤魔化すのに苦労したというのに。
なんだか腑に落ちない。
結局、あの組手試合から数日経過したのだが、橋下から直輝のことについて言及もない。
やはり予想したとおり証拠などなかったのであろう。
骨折り損とはまさにこのことだ。
「いっ、ッ」
「痛てぇの?」
「……痛いよ聖夜」
ぼんやりと窓の外を眺めていた祥は頬に走った刺す痛みに顔を顰めた。
あまり触れて欲しくないのに、友人である聖夜は祥の机に寄りかかりながら玩具でも弄るように傷をつついてくる。
新種の嫌がらせだろうか? 祥はむっとしながら聖夜の手を咎めるように握りしめた。
「痛いってば」
「悪ぃ」
「思ってないな」
「ふ。まぁ」
金色の髪を揺らして切れ長の瞳を細める。
品行方正であり、模範生徒の鏡であるような祥がどう見ても喧嘩によって出来た傷を見るのが聖夜は楽しいのだそうだ。
教師からも、義父である享さんからもしつこいほどに心配された。
顔を青ざめてなにがあったと詰問してきた大人達を追い払うのがどれだけの労力か知らない聖夜は寧ろこの傷を好んでいるらしい。
悪趣味極まりないが、特に悪意など聖夜は持っていない。
純粋に阿呆なのが聖夜だ。
「すげー色してるな」
「知ってるよ。毎日顔洗うのもお風呂も痛いもの」
「直輝絡みだろ?」
「……」
「お前がキレるなんてそれぐいだろ」
「キレてないよ」
「……」
「なんだよその目!」
「いや、まあ、祥に殴られる直輝も可哀想だなって」
「う」
痛いところをつかれて祥は口篭る。
とはいえ今では直輝を殴ることも無い。殴るどころか避けられているのだから近づくこともままならない。
「……そんな顔すんじゃねぇよ」
「聖夜が痛いところ触るから」
「悪かった」
痛いところとは果たして傷なのか、それとも直輝との確執なのか。
聖夜はもう何も言うまいと口を閉じて祥の柔らかな猫っ毛を撫で付けた。
「早く直るといいな」
「……そうだね」
「時間が経てば直る」
「……そうかな」
「おい、まだ臍曲げてんのか?」
「……知りません」
「悪かったっていってるだろうが!」
「……ふん」
ちょっと前まで素行の悪かった聖夜が、低く唸るとそれなりに迫力がある。
周りにいた同級生は何事かと聖夜から離れるが、一方祥は揶揄うように聖夜を見上げた。
「今日の放課後ちゃんと日直の仕事するなら許す」
「……してるだろうが」
「へぇ? ふーん?」
「……やればいいんだろ!」
「そうだよ。綺月先生と約束したからにはかっこいい大人になるんだろ? だったらそういう仕事も責任持たなきゃね、かっこ悪いよ」
「お前な……」
先月数週間だけやってきた、養護教諭の実習生──七聖綺月に感化された聖夜は、「かっこいい大人」になる為嫌いな勉強も、同級生との協力も拙いながら頑張っている。
血縁者にヨーロッパの血を持つ聖夜の髪は、目が覚めるような鮮やかな金髪だ。
目つきもそこそこに悪く──視力が悪いくせに眼鏡をコンタクトもしないせい──その為に、周りから疎遠され何かと濡れ衣を被せられた影響か根は優しく面倒見がいいにも関わらず、ずっと素行の悪い生徒とつるんでいた。
だが例の実習生に惚れた(?)という聖夜は約束を守るためにここ最近は優等生になるため修行中だ。
一番初めに、俺にいい事を教えてくれと言ってきた時は驚いた。
────優等生のお前なら分かるだろ
なんて言ってきた時は優等生なんて自覚もなければ確実に違う自分をそう呼ぶ聖夜に驚いたし、純粋さを素直に羨んだ。
祥は聖夜と何気ない会話を交わしながら懐かしい記憶に目を細めた。
その記憶にはもう一人、優しく自分に寄り添ってくれる大切な幼馴染みがいたことを切なく思いながら。
足りない温度を求めるように、祥は無自覚のなか左の肩をさすった。
* * * * *
放課後になり、部活が休みの祥は聖夜の手伝いの為旧校舎へとやってきた。
日直であることを理由に担任から雑用を申し付けられたのだ。
流石に可哀想だと思った祥は頼まれたプリントの印刷をするために職員室の隣にある予備室に来た。
だがインク切れに気づいた祥は、美術室に備えられたコピー機を借りるために旧校舎を目指していた。
旧校舎は実験や音楽などの特別授業のためにあるようなもので、放課後になると美術部や雨の日に室内練習のためにやってくる運動部のみしかいない。
美術部は活動の頻度もそう多くはないため、今日も例に漏れず旧校舎は静まり返っていた。
放課後誰も寄り付かないのは薄気味悪いこともあるが最もな理由は不良たちの溜まり場になってるからだろう。
コピーするだけなら大丈夫だろうと高を括っていた祥だったが、その考えが間違っていることに気づいたのは直ぐのことだった。
美術室に向かう途中で、ガラの悪い如何にもな先輩たちに周りを固められてしまった。
顔を見れば何度か見た事のある顔ぶりで、その中に橋下と、橋下の二つ上である兄が居ることに気づく。
(あぁ。なんだか嫌な予感だな……)
逃げた方がいいと判断し踵を返した刹那、両脇を占めていた男達に腕を捕われて動きを封じられる。
逃げ出さない為に捻り上げられた両肩が軋む度に鈍痛が身を襲い祥は苦痛に息をひそめた。
「よー、久しぶりだな祥君」
「……お久しぶりですね」
「俺に会いたかったかぁ?」
「いえ、全く」
近くの空き教室に引き摺りこまれた祥は見下ろしてくる男──橋下政に冷たく答える。
言わずとも橋下学の兄である少年も、手の付けられない不良であった。
補導されることも多く、少年院にも入っていたとかいないとか。嫌な噂の絶えない男を前に、祥はこの後何をされるのか概ね検討をつける。
「冷たいよなぁ祥君。俺はいつも君に優しくしてやってんだけどねぇ」
「……」
「ありがとうございます、だろ?」
「…………」
顎を囚われ上向かされても眼球を動かし決してその姿を写さない。
口を噤む祥を見て政は笑うと、玩具で遊ぶかのように祥の頬を掌で叩き上げた。
「ッ、ツッ」
「無視しちゃ駄目デショ。無視ししちゃあさぁ?」
「……ッ」
傷もまだ癒えぬ痣の上をわざと狙って再び叩かれる。
二度目の暴力に先日傷つけた口内の傷口が開き、じわりと唾液に血が混ざった。
飲み込むことを堪えた時、不意に顎を掴む力が増して口端から赤く染まった唾液がこぼれる。
不快感に顔を顰め、袖口で拭おうとした刹那、あろう事か政の肉厚な舌が祥の顎を舐め上げた。こぼれ落ちていく唾液を追いかける。
ツツ、と政の肉が顎を辿り首元までなぞると、鎖骨の上から犬歯を立てガリガリとじゃれるように噛み付いてきた。
「──っなに」
「おっ、祥君はまだエッチで気持ちいことしたことねぇのかな? 驚いちゃってカワイイねぇ」
「やめ、嫌だッ、んぅ」
困惑に瞳を揺らし見上げると政の無骨な指が口内に侵入する。
じゅくじゅくと痛む傷口を抉られ、反射で二本の指に噛み付いてしまうと、咎めるように喉奥を突かれた。
口蓋をなぞられると、知らない疼きが腰に走り目を見張る。
その反応に笑を深めた政は執拗にそこをなぞった。
「んぐっ、ぅ、ッう」
「ああやべぇな。可愛いよ祥君。俺の勃っちゃいそうだよ」
「っひ、やら、はなひてッ」
「気持ちよくなるのと泣き叫ぶの。君はどっちが似合うかな?」
この瞬間、何をされるのか理解してしまった祥は激しく身をよじった。
反抗の言葉を投げつけても、弄ぶように舌を摘まれてしまえば舌っ足らずで間抜けな顔を晒すだけだ。
その様子を暗く笑って傍観する橋下に、祥は顔が熱くなるほど羞恥を覚えた。
「んー? 何言ってんのか聞こねぇな」
「んぶ、ン、ふ」
「あぁ、泣きそうだねぇ。苦しいよなぁ。ごめんね祥君。俺さ、君みたいに綺麗な顔してる子のこと虐めたくなっちゃうんだよ」
押し返そうと政の太股に手をついた刹那、逆に手首を取られ下肢へと引っ張られる。
繊細な祥の指に触れたのは固く脈打つ男の性器だった。
「──ッ」
「あっはは、いいねぇその顔。男に掘られるのって怖いの? 屈辱なの? それとも、悦んでる?」
逃げ惑う祥の手のうえに重ねるように政が手を握り込む。
強制的に政の脈打つ肉棒を握りしめ、扱くように上下に動かされる祥の手が、火傷したように熱く燃えた。
────気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いッ
ぶわりと込み上げる性的な拒絶反応に祥がいやいやと首を振ると、恍惚な表情を浮かべた政は舌なめずりをした。
絶望に押し潰されそうになった祥は、経験したことのない恐怖に、女みたいだと揶揄られてきた自身の見た目に嫌悪し絶望した。
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