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遠き日のすれ違い
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「ぅあッ」
引き摺るように後ろへ押し倒された祥の上に政が馬乗りになる。
たくし上げられたまだ未熟な体が空気に晒され肌が粟だった。乳首を抓られて、女のような扱いに嫌悪と羞恥が入り交じる。
こんな扱いを受けるなら一方的な暴力の方がましだ。
代用品のように扱われ嬲られるのは祥の矜持をボロボロに壊していく。
「はい、舐めて?」
「ぅ……ぃ、やめろ」
激しく首を振り拒絶する。目の前に差し出された政の黒ずんだ性器をみて喉の奥から引き攣るような悲鳴がもれた。
「いいからさっさと舐めろよ」
「いやだッ」
だがいくら抵抗しようとも両腕を男達に押さえつけられ、あまつさえ胸に乗り上がり体重をかけてくる政がいるのだ。枝のように折れてしまいそうな祥の腕では蛆虫のように這いずることもままならない。
「悪い子だね」
ぐにゃりと政の顔が歪んだ。その一瞬、襲いかかってきたのは眩暈を催す痛み。
こめかみを殴りつけられた祥は頭の奥が真っ白に染まり、くたりと全身から力が抜け落ちる。
弛緩した口元をなぞるように這わした性器が、痛みで昏倒する祥の口内を犯した。
「ふ……ん、ぐ、ぅえ、ん、ん」
「ははっ、くちまんこユルユル。もっとちゃんと舌使ってくれなきゃ朝までかかっちゃうよ?」
「げ、ぇッ、ゔ、んう、ふ」
髪を鷲掴みに持ち上げられて、緩みきった口内を政の性器が嬲る。ツンと臭うアンモニア臭と雄の匂いに、腹の奥から嫌悪がこみ上げ何度も嘔吐きそうになった。
ピストンのように腰を振られる度、喉奥をつかれて生理的な涙が溢れる。飲むことを拒絶した淫液と唾液がダラダラと口端を伝って流れ落ちていた。
「なんだよまだ朦朧としてんの?」
「おい、起こしてやれ」
橋下の憮然とした物言いに政が答える。その台詞を聞いた政は面白そうに破顔すると片手に持っていた煙草を朧気に暗く光る祥の瞳に近づけた。
「お前の目、前から嫌いなんだよ。煙草押し付けたら失明すんのか?」
ケタケタと下劣なことを言いながら祥の潤みきった瞳に赤く燃える煙草を押し付けようとした刹那、遠くから祥の名を呼ぶ声が聞こえた。
「チッ」
政が舌を打ち、目が覚めたかのように橋下が手を離したと同時に教室の前で見張りをしていた男ふたりが戻ってくる。
どうやら美術室でのコピーを提案した教師が祥を探しているようだ。
政は興醒めだと言わんばかりにより一層激しく腰を振ると、有無を言わさずに祥の口内──喉奥へと精液を流し込んだ。
「ンンッ!」
「ちゃんと飲めよ?」
ハッと我に返る祥が抵抗しようとすれば鼻をつままれ、口蓋へと亀頭を押し付けた状態で栓をされる。
苦しくなり一瞬だけ喉を上下させた時には他人の、それも酷く嫌悪を抱く同性の淫液が体内奥深くに流れ込む瞬間だった。
「ゲホッ、ぅ、ッ」
全てを飲み終えたのを確認すると政が立ち上がりファスナーをあげる。それを傍目に橋下は悔しげに祥を見下ろすと名残惜しそうに唾を吐き、政の尻をおいかけるように教室を飛び出した。
「……ッ、ふ……ぅ、う」
乱れた着衣に汚れた肌を晒した祥は静寂に包まれた教室内で悔しさに身を丸める。
強ければこんなことにはならなかった。一方的な性的暴力を受けることなんてなかったのに。
どうしていつも、いつも────苦しい。
悲しいのに苦しいのに痛いのに怒りを感じるのにそれでも涙は出なかった。遠くの方でやけに達観した自分が状況を他人のように見つめる。
何もかも罰だと言うなら、それを抗うこともまた罪深きことなのだと、幼い頃の懺悔が耳奥で煩いほどに咽び泣いていた。
「……なおき」
ただ会いたかった。きっと彼の側にいればこんなに苦しい思いも何もかも忘れられるのに。
その人物は今、何よりも自分のことを嫌っているのだからやっていられない。嘲笑が零れた。
* * * *
その後、暫く時間をかけて立ち上がった祥は何事もなくコピーをした紙束を抱え教室へと戻った。
何も無い振りをしていなきゃ、癇癪を起こしてしまいそうだった。
どこへ怒りや悲しみ苦しさをぶつけたらいいのかわからない。押さえつけたのは自身の心の中で、そこで飼われた真っ黒な感情に気づかないよう笑顔を貼り付けた。
「──……っせ」
待たせた聖夜に謝らなければと教室の扉に手をかけた時、何やら荒々しい会話が聞こえた。
中に入るのを躊躇い手を引きかけた時、聖夜ともう一人がよく知る相手──直輝なのだと気づき身が凍る。
そんな祥に追い討ちをかけるようにして、直輝の台詞が氷の杭を心臓に突き刺した。
「祥が鬱陶しいって言っただけだろ? なんでお前がキレてんの。血の気の多い男は嫌だねぇ」
「お前! そんな事祥の前で言うなよッ!?」
「少し落ち着けよ。よくある話だろ。幼馴染みだからっていつまでも仲良しこよしでいる方が少ないって、つーか何? 俺は嫌いな奴に愛想よくしてなきゃなんないわけ? 聖人ぶりてぇならお前一人でやれよ。俺を巻き込むな」
まるで知らない人の様に思えた。
どこか人を嘲るような軽薄な口調に聖夜が噛み付けば、段々と剣呑な雰囲気を孕んだ直輝が有無を言わせぬ物言いで押さえつける。
廊下から聞いていてもその声音の拘束力や威圧感は背筋が凍るほどのもので、それを真正面から受けた聖夜が狼狽していた。
あんな口調で話すことがあるのだと、祥は全く見当違いな感想を抱いた。
ああそうか、迷惑だったのか。愛想が尽かされているとは分かっていたがこんなにも嫌われていたのか。
知ってしまえばあとは簡単だ。
それでも直輝の側にいたい等とは口が裂けても言えなかった。例えどれだけ酷く扱われても直輝を嫌いになる事など無くとも。片方が好意を抱いて居るだけでは、関係は成立しない。
唯一心休める居場所だと思っていたのは自分だけだった。
茫然とした意識の中、勝手に口元だけが釣り上がる。
何も面白いことなどないのに、祥は笑みを浮かべて虚空を見つめていた。
意識が引き戻されたのは、二人の足音がこちらにやってきた時だった。
ハッとした時には手遅れで、扉を開けて気だるげに出てきた直輝と鉢合わせになってしまった。
瞠目した直輝に対して、祥は何も知らなかったかのように普段通り穏やかに微笑んだ。
「今帰るの?」
「……」
「気をつけてね。じゃあバイバイ」
先に視線を逸らしたのは相手の方だった。祥の笑が深くなる。何も言わない答えない直輝の顔を最後にゆっくり見つめると、切り離すかのように横を通り抜けた。
懐かしい直輝の匂いに混ざった甘ったるい香水の匂いに、胸の奥がかき混ぜられる。
扉の手前で狼狽えている聖夜にプリントを終えた書類を手渡すと当たり障りのない話をした。
「インク切れでさ、わざわざ旧校舎まで行って大変だったよ」
「お、おぉ。悪いな。なんか奢るわ」
「ほんと? ありがとう!」
聖夜の台詞に祥が破顔する。その様子を見た聖夜は先ほどの会話を祥が聞いていなかったと思ったのか胸をなで下ろし、プリントの確認に取り掛かった。
聖夜を眺めながら、祥の心は違うところへ向いていた。
遠のく足音を聞きながら、無惨に破り捨てられた感情を一体どうやって直せばいいのか分からなくて不安が胸をしめる。
迷子のように泣き出してしまいたくなった。
唯一の居場所が遠のく音を聞いてるのは、真っ暗闇に放り込まれた気分だった。
* * * *
あれから数日が経ち、祥は何事もない日々を送っている。
ただ前と違うのは誰にどんな噂を聞いても、もう直輝に忠告することも怒ることもなくなったことぐらいだろうか。
後は橋下が何やら卑下た笑みを浮かべて祥を見かける度に嘲弄してくるが、そんな言葉は最早何も痛くなかったし耳には届かない。
嫌われたくない人に嫌われた生活は酷く淡白だったし、楽なものだ。
面白いほどに楽しくなくても笑顔は途切れない。作業のように笑い続ける中で、唯一息苦しく感じるのは家に帰って一人で居る時だった。
「迷惑かけちゃ駄目だからね? 夜更かししないで歯磨いてハル君のお手伝いして九時にはお布団に入るんだよ?」
「九時……」
「九時にはお布団!」
「……はい」
表情の乏しい弟がほんの微かに眉を寄せる。どうやら九時では不満らしいが他所様の家に行って夜遅くまで起きてるなんて良くないだろう。
祥は普段通りに、幼馴染みの待つ家へと駆け出しそうな弟を見送ると静まり返ったリビングで時計の針をぼんやり眺めた。
先ほどかかってきた電話では今日も義父の享は仕事で帰ることができないそうだ。というよりかは家に帰ることなど滅多にないという方が正しい。
仕事なのだから仕方ない。
本当の両親が亡くなって以来、まだ若かった享が引き取ってくれてから今日まで感謝しきれないほどに面倒をみてもらっている。
我儘なんていうのは烏滸がましいし、享の人生を壊してしまったのではないかという罪悪感から祥はいまいち距離感が掴めずに悩んでいた。
まだ小学生である陽は自分と違い、血の繋がった両親の記憶がないことも相俟って、子供らしい無邪気さで享に甘えることができる。
むしろ、顔も覚えていない両親よりも、物心つく頃から優しく抱きしめてくれる享の方がよっぽど陽にとっては親であるのだろう。
律儀に毎晩電話をかけては祥のことを気遣ってくれる義父を思い返しながら、祥だけこの家の中に居場所がないきがして心苦しくなった。
誰も悪くは無いし、むしろ贅沢をさせてもってると思う。
何がここまで疎外感を感じさせるのかは祥自身わからなかった。思春期に差し掛かった祥には色んな事が何かと難しく考えてしまったり、理由を求めてしまうのかもしれない。
カチカチと鳴り止まない時計の音がなんだか心臓の音に聞こえて息が詰まる。
ダイニングテーブルの椅子に腰掛けていた祥は、空気を求めるように気づけば今日も家を飛び出していた。
* * * * *
行く宛は決まっていた。家から歩いて数十分はかかるが、井の頭公園だ。
そこに行くと夜だというのにそれなりに人がいて、店もあって寂しさを感じない。
歩きなれた散歩コースを辿り、いつも出会うゴールデンレトリバーを連れたおじさんに挨拶をして犬を撫で回す。
大きな体をワシャワシャと撫で回して堪能すると、祥は道の外れた薄闇の方へと足を進めた。
小川の流れる道をそって人気がない裏側に回ると石で積まれた壁をよじ登り大きな木の根っこに腰を下ろした。
ここは葉が木をぐるりと隠すように空間を覆い茂る、隠れた秘密の場所で、何かある度に祥はここへ来て一人身を寄せていた。
小さい頃はよく直輝と遊ぶに来た。叱られて不貞腐れた直輝の手をとって公園を駆け回ると、いつの間にか直輝は笑顔になっていたし、その姿を見て自分も楽しくてしょうがなかった。
川に浮かぶお月様が綺麗で触りたいといえば直輝は困った顔をして本当は触れないのだと言いたかったのに、祥に付き合って木登りまでしてくれた。
猿のようにガシガシと木を登る祥に対して、直輝は顔を青ざめると慌てて追いかけてきた。
案の定登るだけ登りきり降りれなくなって泣き出しそうな祥を、優しく慰めてくれたのは直輝だったし、その後怯える祥をゆっくり励まし木から一緒に降りてくれたのだって大切な思い出だ。
結局降りる途中で足をすべらせた祥を庇った直輝が大怪我をしたのだけれど、その時だって「木登り楽しかったね」とニコニコ笑ってくれた。
大きな池のボートに乗った時は、淵をのぞきこみ落ちそうになった祥を毎回支えてくれていたし、動物公園では駆け回り転んでしまった祥をおんぶしてくれた。
アイスの味に迷えば直輝は食べたかった味をやめて祥が悩んでいたものを二つ買い、半分こをしてくれたし、ぼんやりしていて人にぶつかりそうになる度直輝が手を引いて守ってくれた。
幼い頃の直輝は本当に天使のようだった。今では色気づいて天使の面影などないが。
彼は兄のようであり、家族であり、半身のような存在だ。言葉では到底例えられないような唯一無二の人だった。
立てた膝に顔を埋めてどれ位経ったのだろう。
気づけば月の位置は大分動いていた。
帰りたくないけれど、帰らなければ。補導されてしまったら享に迷惑をかけてしまう。
それにもし陽に何かあった時家に誰もいなかったら大変なことになるし、朝食を作るために一人早起きする祥には寝坊なんて出来ない。
けれど誰もいない静寂に包まれた家に帰るのは億劫だった。
少し前まではそんな時、直輝と互いの家を行き来していたのだけれど、今はない。そういった思い出が苦しくさせるのは痛いほど理解していた。
「帰りたくないなぁ」
寂しさに押し潰されそうになって、木の棒を使い土の上に下手くそな絵を書いていた刹那、乱暴な足音が聞こえた。
小走りなのかどこか焦った歩調や、ただならぬ雰囲気が身がぞくりと震える。
川に整備された道からここは見えない。茂る葉が目くらましになっているから。
けれど夜も深まった外で、気を抜いていた祥はどんどん近づいてくる足音が怖くなり息を潜めた。
息を止めて気配を押し殺す。だが足音は迷いもなくこちらにやってくると、川を挟んだ下の歩道でピタリと止まった。
誰なのだろう。怖い。たまたま通りかかっただけなら早くどこかへ行ってくれないか。
祥が瞼をきつく閉じて縮こまるように膝を抱えた時、不機嫌な声で「おい」と呼ばれた。ビクッと肩が跳ねる。それでも知らないふりをしようとすれば、再び「居るんだろ?」と言われて、なんだか聞き覚えのある声に惚けてしまった。
「……直輝?」
「早く降りてこい」
「え、ほんとに直輝……?」
信じられなくて尋ねれば、苛立たしげに舌打ちが聞こえた。
出てこいと言われても、状況が掴めない上に舌打ちなんてされては出にくい。それにどんな顔をして会えばいいのかわからなくて、無理矢理笑顔を作るため固まってしまった口角を解していたら、川を飛び越えた直輝があっという間に壁を登り祥の腕をとった。
「何してんだよ早くしろって」
「──ッ」
突然の他人の温度にフラッシュバックした光景が祥を突き動かす。
喉の奥にこびりつく他人の精液や、嬲るような悪意に満ちた眸に怯えて直輝の手を叩き払ってしまった。
「……っ」
直輝がいきをのむ。
瞬間、緊張が辺りを包み込み祥はいたたまれなくて謝ることもできなかった。
「……祥」
痛いほどの静寂を破ったのは直輝だった。
「悪かった」
苦渋に満ちた声音が降ってきて、一瞬何を言われたのか正しく判断ができずに反応に遅れる。謝られたのだとわかると、なんだか自嘲的な笑みが零れた。
「なにが?」
「……悪かった」
「だから、なにが?」
謝罪なんて求めてない。
誰が誰を好きになり嫌悪しようがそんなもの心の自由にすべきだろう。
謝られるとなんだか無性に腹が立って悲しくなった。
「この前の事」
「……知らないよ、なにそれ」
「聞いてたんだろ」
「何の話?」
のらりくらりと交わしていれば直輝に焦燥が滲む。背を向けている祥から直輝の姿は見えない。むしろ見たくなかった。
どうして謝るのだろう。直輝にとっていいことなどないのに。嫌いならもう放っておいて欲しかった。
「……なんで来たの?」
次に口を開いたのは祥だ。
「お前の家に誰も居なかったから」
「家に来たの?」
「母親に頼まれて煮物作りすぎたから持ってけって」
直輝の話を聞いて思わず吹き出した。
なんだ自分の意思で来たわけではなかったのか。直輝は言われて仕方なくここに来たのだ。おおかた、お使いを頼まれた時にでも苦言を呈され渋々謝ったのだろう。
そう考えたら、張り詰めていた肩の力が抜け落ちた。
「……わざわざ来てくれたのにごめんね。帰ったらありがとうって挨拶に行かないと」
石のように座り込んでいたのが嘘みたいに、祥は足取り軽やかに立ち上がると微笑み出で立ちを正した。
そして直輝の横をなんともない素振りで通り過ぎようとした刹那、力強く腕を取られて身が跳ねる。
「なにが、あった?」
「は?」
「……様子がおかしいだろ」
「いや、意味わかんないけど」
何があった? それは皮肉か。よく言えたものだ。直輝を見上げる瞳に暗い光が灯ってしまう。捨てたのなら拾いになど来るな。
直輝は悪くない。頭ではいくらでも理解している。悪くは無いが、傷ついた。ただ傷ついたのだ。
あんな言葉できれば聞きたくなかったし、蔑まれるように冷たく突き放されるあの瞬間は何度も心が死んでしまう。
嫌われたのは自分に落ち度があるとわかっていても、心に刺さった棘は未だに抜けていない。
息をする度に、瞬きをする度に、歩く度に、深くに潜り込むものだから何も感じたくなくて痛いことも平気になってしまった。
そしたら今度は倍の孤独が押し寄せた。行き場をなくした声が身のうちで反響して、誰かに届けたい思いさえ殺していたところに何も知らない顔でやってきては「何があった」とはあまりにも滑稽ではないか。
奥深い本音を知らないのはお互い様だ。
だがその歩み寄ることさえ許さなかったくせに、今更、心のうちに入ってくるのを優しく迎え入れられるほどの余裕などなかった。
それなのにあんなに死んでいた感情がこんなにも掻き回されるのが腹立たしくて、鼻の奥が痺れる度に、眼球の奥が熱くなるほどに、直輝を睨みつけてしまう。
間違ってもこの男の前では泣きたくないと矜持が叫ぶのに、縋りたくて優しい思い出が首を締め付ける力を強めるほどに、やっぱり直輝が大好きだと思い知らされる。
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