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終わりの始まり
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撮影旅行から帰ってきて初日の撮影時間中、役者にとっても貴重な休憩時間に結葵君に呼ばれて向かった先で聞かされた言葉に驚いたまま声が出なかった。
「祥さん、あのデータ全部消しましたから」
「え?」
「だからもう僕に脅されなくてすみますね」
「えっ、ちょ、結葵君意味が分からないんだけど」
「僕の手元には祥さんを脅すためのテープも無いし、データも無い。 そこら辺の馬鹿からもDVDはついでだから没収しときました。 だから祥さんは僕の言う事もう聞かなくていいって事です」
「な、なんで急に……?」
「……飽きたから。 もう色々飽きたからこのゲームはおしまい。 だって祥さんいい人すぎてつまらないですから」
「ゆ、結葵くんっ!」
「じゃあ先にスタジオ戻ってますね」
聞きたいことは山ほどあるのに結葵君はそれだけを言い残すとそそくさと戻って行く。急に何の心変わりだ。
「……」
消えてく後ろ姿を見つめて疑問ばかりが浮かぶ。飽きたから、ってそんな理由でこんな簡単に開放してもらえるなんて思ってもみなかった。別に疑うわけじゃないけど、でもやっぱり余りにも呆気なく急すぎてその日は1日中その事ばかりを考えて居た。上手く行き過ぎるのは返って疑ってしまう。何かあるんじゃないかと不安になるのは仕方が無い事だと思う
だけど・・・・・・
「祥さんおはようございます」
「おはよ……」
「今日の撮影終われば後は楽ですね。 少しのシーンしか残ってないし」
「そ、そうだね……?」
次の日も、その次の日も俺の不安なんて外れてばかりで、結葵君はちょっと前の時に戻ったみたいに人懐っこい笑顔で話しかけてはあの出来事が全て嘘のように普通の日常が過ぎていった。
そんな驚きつつも平穏に過ぎていたある日、仕事終わりに寄った事務所で現場から戻ってきた怜さんに話しかけられる
「ちょっと祥こっち来なさい」
「あ、怜さん!」
「いいからアタシが呼んだら早く来るのよ」
「今行きますっ」
撮影も今日入れて残り二日だ。一ヶ月をまるで早送りでもしたかのように送って、気づけば明日が最後の撮影日だ
明日の最終チェックの為に事務所でスケジュールを確認していただけだが、怜さんの気に障ることをしたのだろうか。俺を呼んだ怜さんは明らかに機嫌が悪くて、言われるがままに後を付いて歩いて居たら急に立ち止まった怜さんの背中に顔面を思い切りぶつけてしまった。
「いたっ……!」
「祥」
「は、はい?」
「熱はかりなさい」
「……え?!」
「今すぐアタシの前で熱を測って、それを見せろって言ってんの」
「いや、わざわざそんな事で呼んだんですか?」
「わざわざ? あんたが熱だろうが何だろうがどうでもいいけど、そんなフラフラで今にも死にそうな顔したやつが専属になって本当に仕事なんか出来てるのか疑ってるのよ」
「……すみません」
「……ったくいいから測れ!」
怜さんに肩を掴まれて乱暴に椅子へと座らされる。救急箱から取り出した体温計を脇に挟むと、それを見届けた怜さんがやっと俺を今すぐ殺すかのような目で睨むのを辞めてくれた。
「いつから?」
「……多分、撮影旅行から戻ってきたぐらいですかね」
「病院はいったの?」
「……いや時間が無くて。 でも市販の薬は飲んでいたし、仕事は何があっても手は抜きません。 任された分は責任もって」
「もう、いい」
「……」
嘘じゃなくて、本当に仕事だけは手を抜きたくない。そう思ってどんな状態でも気を抜かずにやってきた。それを怜さんにはしっかりと伝えたくて話そうとしたけれど、綺麗な人差し指が口に添えられて、喋ることを遮られる。
「熱でも馬車馬の様に働けとは思ってないのアタシ。 ……俺が、俺の事務所にスカウトした子達は俺にとって家族同然なんだ。 だからお前がそんな状態で仕事をしてるのを知ってたらもっと早く止めてた」
「……怜さん大袈裟ですよ。 そこまで酷くないですし」
「お前、昔からそんな天邪鬼なのか?」
「……」
「何を誤魔化してんの知らないけどさ、見てられないし、こっちがヒヤヒヤすんだよ」
いつものオネエ口調を辞めた、本来の怜さんの姿を見るのは何度目だろうか。こうして怜さんが話す時は大抵真面目な時だ。男を引っ掛け回って遊んでるのが嘘みたいにかっこよくて、大人で、頼れる人。
だけど今はその鋭い洞察力が、確信に触れようとしてくるその言葉が、痛くて痛くて堪らなかった。
「何があった?」
「……」
「俺にも話せないか」
「……」
気付きたくない。誤魔化していたい。終わった事なのに、終わった筈なのに、毎回こうして痛くて堪らないならやっぱり全部綺麗さっぱり記憶までもが消えちゃえばいいのになんて、思わずには居られないんだ。
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