アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
始まる未来、進む道
-
◆
夢を見た
静かな夢を見た
何かの映画のワンシーンを見ている様に
俺は夢の中に出てきた三人を眺めていた
一人の青年が
何よりも大切なものを持った事から始まった夢
命よりも大切で
そこにあるだけで暖かくて
幸せだと思える大切な何か
良く小説や物語で見るみたいな
子を宿した時、女性は何よりも強かで可憐であるように
その青年もまた今迄の空っぽだった
真っ白だった自分の中が嘘みたいに満たされて行く感覚を感じていた
だけど何でなんだろう
どうしていつも物語は" ただ幸せ"のままでは居させてくれないんだろうか
夢の中の青年もまた例外なく
何も写さない横顔は悲しそうに俯いていた
何か大切なものを失ってしまった青年は
また昔と変わらない色の無い世界を生きていた
ただ一つ昔と違う事は
色づいていた世界の記憶が今はあるという事
その色をくれたもう一人の少年との優しい記憶
無くしてしまった夢の中の主人公よりも
一つか二つほど歳の幼い少年
青年はその少年と出会って
大切な何かを手にしていた
彼の傍に居る時の青年は切ないほど
綺麗な笑顔で微笑んでいた
どんな些細なことでも彼と共に過ごしている彼は世界で一番幸せだと言えるほど
信じて疑う余地さえないほどに
幸せを感じて、幸せを信じていた
だけどある日
失くしてしまったんだ
その大切な何かを
自分の意思で捨てたわけじゃない
自分の不注意で無くしてしまったわけでもない
気づいた時には
理由なく大切にしまいこんでいた腕の中から零れ落ちていた
その日から青年はまた空っぽになった
いつも一緒に歩いた緑の森が灰色に見える
あんなに綺麗な色を咲かせていた花は黒く見える
眩しいほどに青かった空はどこまでも終わりのない闇に見える
そんな元の空っぽな世界に戻っていた
もう一つ変わったことは
大切な何かを失ってしまった日から
少年は青年を瞳に映すことがなくなった事
あんなに二人で幸せそうに笑いあっていたのに
ぽつりと佇む青年の横を
少年は気づかないまま過ぎ通って行く
そして青年もまたそんな彼を色の無い世界に写していた
そんな毎日がずっと続いていた日
森に一本だけある綺麗に整えられた道を三人の人が歩いてきた
よく見ればそれは
三人の家族だった
幸せそうに笑う女の子は
両手をお父さんとお母さんに握ってもらって
二人の真ん中でニコニコと微笑んでいる
そんな女の子を見つめる優しい眼差しの父親と母親
幸せそうな家族
その家族が青年の前を通って行った時
ピクリと今迄虚空を見つめていた彼が肩を揺らした
そして通り過ぎたその家族の背中へ
首を向けた時彼の目の前に先程道を歩いていった父親が立っていた
さっき見た笑顔とは違う
悲しそうな面立ちをして
そして手に持つ一輪の花を
青年に手渡した
青年は無機質な動きで
その花を受け取ると
初めて何も色を持たなかった冷たい表情を歪めた
苦しそうに悲しそうに
そして、それをただ見つめていた父親は
静かに指をさす
その先に居たのは青年と幸せそうに笑いあっていた少年
開かれたことの無いスケッチブックと
きっと沢山の色が入っているんであろう色鉛筆の箱
その二つを開けることなく
ただ閉じたまま少年は黙々と何かを探していた
そして青年がその彼の姿を見て
手の中にある花を見た時
目の前に立つ父親は青年へと笑顔を向けた
まるでさよならと伝えるような笑顔
そして手のひらに持つ花に何か冷たい雫が落ちた時その花に色がついた
それは、紫の色をしたヒヤシンスの花
そしてその花の意味と思い出が
青年の記憶に蘇った時
初めて青年は涙を流した
その悲しい横顔を初めて涙で濡らした
手に持つヒヤシンスの花は
青年が彼と……
少年とよく見ていた花
少年が良くスケッチをしていた花
そして二人で愛していた花
手の中にある花を少年は探していること
青年だけじゃない
少年もまた無くしてしまった何かを探して彷徨っていたこと
それを一人知っていた目の前に立つ父親は
少年が大きくなった姿に良く似ていたこと
目の前に立つ彼は青年を忘れてしまった
少年が成長した姿だと
そして手のひらに置かれたヒヤンシスの花は
確かに幸せな時を過ごした花である事に間違いはなかった
だけど違った
一つ違った
女の子の父親に手渡された
ヒヤンシスの花は
少年と二人で微笑みあい慈しみ愛した
青く濃く深い青色ではなかった事
思い出の花の色は
蒼いヒヤンシスだったと
青年は色が蘇った世界で
透明な涙を流していた
ただ独りの世界にまた戻ってしまったと
静かに静かに無色透明の涙を流していた
◆
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
312 / 507