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テキーラ・サンライズ
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ただ笑顔を浮かべて、怒鳴るでもなく静かに耀さんが先輩に告げた。
睨んでいる訳でも無いのに、笑い弧を描いてる筈の目は驚く程に鋭くて、息をのむ程に重圧感を覚えさせる。
全身がピリピリとしてその瞳に睨みつけられた先輩は一瞬動きが止まった後、驚く速さでその場から立ち去って行った。
「……」
「ふぅー。 場所は選ぼうな瑞生ちゃん」
「……お礼とか言わないから」
「そ〜かい」
2人きりになるとこれはこれでとてつもなく気まずい。
今これから何をしようとしてたのか耀さんは分かっている筈で、おおかた俺が誘ったって事も見抜いてるはずだ。
ずり落ちたズボンを履き直して、ベルトを締めた時、ただ横に立っていた瑞生さんが口を開いた。
「帰るんなら送ってく」
「……」
「返事がねぇなら肯定って事にするからな」
「…………」
「ふっ、じゃあ行くか」
そう言って歩き出す耀さんがチラリと目配せる。
一瞬だけぶつかった瞳に何ともいい難い罪悪感が湧き上がって、俺は俯いたまた歩き出した。
「……何でここにいるの分かったわけ」
「さあなー」
「……。 いっつもそう」
「ん?」
「別に」
助手席に乗って流れる景色へぼんやりと意識を走らせる。
ポツリと零れた文句は車の中にかかっている音楽にかき消された。
耀さんはいつもそうだ。
俺が耀さんを知ろうとすればいつも一歩線を引かれる。
どんな子供だった?どんな昔だった?どうやって今の耀さんになった?
くだらないけど、こういうのって凄い気になる。
俺にとって初めての様な人だから尚更。
だけど耀さんは俺に自分のことを話さないしケロッとした顔でかわす。
それから俺を縛り付けたりしない。
「そのまま帰るか?」
「……」
「体つれぇならまた今度瑞生んとこ行くよ」
なんだそれ
店の前で待ってたりあんなにタイミングよく来たり。
そこまでした癖に、こうなると身を引く耀さんって本当にわけわかんない。
俺と話したいって言うなら、俺が嫌がっても少しぐらい強引に来てくれても良くないかって、耀さんのその身構えるスタンスに苛立ってくる。
「いいよ。 耀さんの家行こうよ。 それでもう全部終わらせよ」
「……」
「こんな中途半端なのもういい」
「……分かった」
今日で終わらせる。
耀さんとのこんな関係、もうウンザリだ。
「着いたぞ」
「……」
「先上がってろ」
「わかった」
車を駐車場へと走らせる耀さんと別れて一足先に部屋へ向かう。
鍵を貰わなくても家に入れるのは、合鍵を貰ってるから。
ここまで侵入させるくせに肝心なところには触れることすらできないことがもどかしくて苦しい。
「はぁ」
がちゃりと鍵を差し込んでロックを解除する。
扉を開けて中へと入った時、そこにいる筈の無い人物と目が合って心臓が早鐘を売った。
「お帰りッ!」
「……」
「初めまして瑞生君ッ、耀から聞いてるよ君の話」
「……何で居んの?」
「あ、そっか……俺は岡田夏紀です。 耀とは幼馴染みで、それから瑞生君も知ってるハルの父親です」
「え?!」
「やっぱりアイツ俺のことなんっも話してないんだね。 本当困ったやつだなー」
「……」
はぁと大怪我に溜息を零すその人を見てまた心臓がジリジリする。
俺とは違うんだな。
俺とは違ってこの人は耀さんを当たり前に知っている。
何でも分かっている様に話すその人にやな感情を覚えるのに、ハル君とそっくりな優しいタレ目の笑顔は……どうにも嫌いになれなくて。
寧ろこの人の事守ってやらなきゃって何処か匂わせるそんな不思議な人だった。
「耀と帰って来たんだろ? ささっ、こっちに来て。 それより俺のせいでだよね、ごめんね?」
「……いえ」
「耀すごかったよー瑞生君から連絡が無くてさ、どうしたもんかってウジウジしてて……見てるのもイラついちゃってさーぶん殴っちゃった!」
「……」
「え? なに?」
「…………」
あ、れ?
ニコニコ笑って言ってはいるけどオーラは物凄くどす黒い。
そしてサラッと零したぶん殴るがやけに似合う人で、初めのふわりとした印象は早々に消えていった。
「それにしても瑞生君イケメンなのに……耀でいいの?」
「聞いてるんですか?」
「あ~いやいや、アイツね昔っから言わないんだよね自分のこと」
「……でも岡田さんは知ってんですね」
「夏紀でいいよ! 知ってるってかまあ俺が三歳の時からの中だからね」
「……夏紀さんって」
「そうこう見えても、もう40になるよ今年」
「わか、いですね」
「んー? 俺はどっちかって言うと若いより童顔だからね。 耀は大人っぽいのにずっと老けないから耀が羨ましいよ」
「……」
じゃあ耀さんとは一個違いなんだ。
耀さんは41だって言ってた。夏紀さんは今年で40になるなら先輩や後輩だったんだろうか。
「耀さんとはいつから」
「ああ俺がまだ保育園に通ってた頃だからなー四歳とかそんぐらいだと思う」
「……どんな人でした?」
「今と変わらないよ。 よく笑って、よく食べて、飯が体を作る! とか言ってたし……それからいつも人に囲まれてる太陽みたいなやつ」
「……」
「それとね、この辺でヤンチャをしてた奴は耀の名前を知らない奴はいないってぐらいのとてつもない不良だった」
「え……」
「あいつが自分のことを話さないのはそういう過去があるのも大きいんだけどね。 いつもリーダーでいた耀はいつでも人の羨望を背負って立ってきたからなかなか本当の自分を見せる機会が無かったんだ」
「……」
「皆、少しでも弱い顔を見れば失望するらね。 憧れるってのはイメージを押し付けるようなものだ。 でも耀は元々持ってるリーダーの素質なのか輩にいつも慕われて愛されてたよ。 その分孤独だっただろうけど」
「……そんな話初めて聞きました」
「ふっ……耀はきっと君が大切なんだね」
初めて聞いたこんな話。
耀さんが不良なのは怜さんのお陰で知ってはいたけどそこまで……知らない人がいないなんて事には驚きだし、やっぱり耀さんは慕われていたんだ。
「耀あんな調子だからどこ吹く風って感じでさ~気分で喧嘩したりしなかったり、彼女は作らないし……喧嘩してる時が一番楽しい幸せだって言ってるような奴。 危険な奴だったのにね、君と会ってからの耀は優しく笑う事が増えた。 喧嘩の代わりに仕事へ情熱を捧げてた奴が……君と連絡が取れないってだけで、あんなに最強だった男がこの年でなよなよしてるなんて見ていて気持ち悪いと思わない?」
「……」
「だから思わず殴っちゃったんだけど、許してね瑞生君」
「いえ。 別に」
「それと耀と俺は本当に何も無いから。 怜には会ったんだよね? 俺と怜と耀は腐れ縁なんだ……だから耀にとって守りたいのは君だよ」
ふわりと目元を細めた夏紀さんの言葉を疑ったわけじゃない。
でも、その言葉は少し嘘だと思った。
だって夏紀さんの笑い方は耀さんにそっくりだ。
耀さんとは違う大きな瞳のタレ目。同じタレ目でも涼し気でクールな印象を与える耀さんとは違う。
こんなに違うのに、笑い方は驚くほど同じで。
夏紀さんが耀さんの名前を呼ぶ時は怖いぐらいに大切に呼んでいて……耀さんの話をする時は貶している癖にとても嬉しそうな顔をしている。
夏紀さん貴方も、貴方の方が、俺なんかよりよっぽど大切にされてますよ……
そう零れそうになった言葉を飲み込んだのはどうしてだろう。
悔しかったのかもしれない。
絶対に入り込めない何か強い絆を見せられて、率直に羨ましいって思った。
俺の知らない耀さんをそんな十にも満たない頃から知っていて自分のことの様に話せる夏紀さんが、怜さんが、羨ましいと思って……嫉妬した。
「詳しい事は耀から聞くといいよ」
「はい」
優しく笑った夏紀さんはやっぱりハル君に似ている。
そんな笑顔を浮かべた夏紀さんが立ち上がったのと同じタイミングで、玄関からは耀さんが帰ってきた音がした。
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