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傷だらけのラブソング
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「ふはっ、直輝、苦しいよ」
「……」
「……なんでだろう」
強く強く抱きしめた腕の中で祥さんが震えた声で放つその言葉は僕の心臓にも深く突き刺さる。
「直輝に抱きしめられてるのに、俺の知らない人みたいに感じるのは、なんでなんだろう……もう、俺のこと好きじゃないからなのかな」
「──ッ」
聞こえてきた独り言に衝撃が走った。
はっきり言うならその時の僕は確実になおきさんに嫉妬を抱いたんだと思う。
2年とちょっとの間、近くに居たつもりでも少しも近づいていなかった事に気付かされる。
祥さんの心だけじゃなく、体も、思考も全てなおさんの物なんだと思い知った。
「俺が知ってる直輝の腕の中はもう無いってこういう事なんだなぁ……俺が好きだったこの場所は違う人の大切な場所になる。 それから俺もいつか違う人を愛すんだ。 その時に、隣に……」
「となり、に?」
「……いや何も無い。 直輝、俺ねこれだけは確かな事があるよ」
何か言葉を飲み込んだ祥さんがずっと背けていた視線を僕と合わせる。
やっとあった瞳は薄い膜に透き通ったビー玉が包まれているように綺麗で、それでいてどこか憂いを感じた。綺麗だった。深く誰かを愛して傷つくとこんなにも人は惹き込まれる瞳をするのかと、魅入られる。
「直輝の未来が、俺の幸せ」
一瞬、瞳の奥がキラリと光る。
「直輝が幸せに生きていくこれからの未来は俺の未来でもあるんだ」
言葉を連ねる度に、見た事のない強い意志が見え出してきて。
「だから、俺の気持ちもずっと変わらない。 離れても別れても二度と顔を合わせる事がなくても、昔約束した様に俺の幸せは変わらず直輝の傍にあるから」
すべてを語り終えた頃には、憂いた影はどこかへ消えて、目の前にあるのは心の底からなおきさんを信じて疑わない強い意志。
迷いのない、凛とした瞳だった。
「だから、俺なんかの事は直ぐ忘れてね。 消して、捨てて、俺のこと嫌いになって裏切ったって憎んでも構わないから……」
──誰よりも沢山笑う、幸せ者で居て欲しいんだ。
僕の頬を包む手が震えている。
本当は嫌われたく無いって、なおきさんが好きだって、微かな震えから分かってしまうのに。表情はどこまでも穏やかに笑って言うものだから、こんな顔を見せられたら誰だって疑う事を辞めてしまう。
こんなにも嘘が上手な人なのか。それとも、ここまで嘘が上手くなるほど嘘を重ねたのか。
好きだけど報われないからついた嘘だって結局は嘘に変わらない。誰かの為に吐いたとしても、ただのエゴか偽善で終わる事だって良くある。
もしもなおきさんが今でも祥さんを思うならきっと傷つく。深く深く傷ついて、祥さんのこの巧みな嘘を見抜けなかった自分を責める。
嘘だった事を知る由もないなおきさんが離れて行く姿を見届ける祥さんだって同じだ。
一つ吐いてしまった大きな嘘を隠すために幾つも幾つもこれからも重ねて嘘を吐く。そしたらいつか何が本当なのか分からなくなって自分でも迷子になってしまうこと、僕は知ってるから。だからどうかもうこれ以上の間違いを重ねて欲しく無いと、初めて誰かの為に胸を痛めた。
誰かを護りたいと初めて思った。
祥さんの存在に癒されてばかりじゃなくて、僕もこの人を癒してあげたいと思った。
奪ってばかりだった僕にとって、初めて感じた感覚だったんだ。
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