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傷だらけのラブソング
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昔の様に、お人形の様な笑顔が見てみたい。だけどそれは叶うことは無いだろうと、胸に広がった淡い期待は直ぐに消えて黒く染まる。
──ああ、やっぱりあの人を殺してしまおうか。
誰からも笑顔を奪い憎しみばかり植え付ける身勝手なあの人を、息子の僕が殺してしまおうか。そうすればまた村上は昔の様に白い肌を桃色に染めて「坊ちゃん」と笑うだろうか?後ろで結んでいるサラサラな銀髪を「結んでくださるのですか!」なんて嬉しそうに驚いて身を任せてくれるのか。
たった数分、この場所に立っているだけで抑えつけていた狂暴な自分が顔を出す。
人を傷つけるなんておかしい。病んでる。最低だ。許せない。そんな言葉もう聞き飽きた。だから全てから断ち切る為に殺したいと素直に言えば「狂ってる」と言われてしまうんだから、ある意味憎しみというものは一生消えない呪いの様に思えた。
分からないだろう誰にも。
人生の全てがどうにでも良くなるほど人を憎んだ人にしかこの感情は分からないだろう。
許す事なんて出来やしないんだ。許してしまったら僕が今日まで生きてきた理由も、力も、意味もすべて消えてしまのだから。あの人を憎んでやっと、僕には明日が来るのだから。
「坊ちゃんから小日向様の探偵依頼を受けた時は何事なのかと思いましたが直ぐに分かりましたよ」
「……どうして笑ってるの?」
「ふふっ、ああ、私の愛おしい坊ちゃんは昔と変わらずお優しいと思ったのです。恐ろしいお言葉を口にする時は少々私も声を荒らげて叱ってしまいますが、やはり坊ちゃんは坊ちゃんのままです。私の髪をいつも優しく結んで下さった、あの頃のままお優しい方」
クスリと優しい笑みを浮かべる村上に少しだけ罪悪感が湧いた。そんな事を言ってくれる村上と向き合いながら腹の中では今、あの人を殺そうかと考えているのだから。
村上、人は変わるんだ。たった1日だとして、昨日の僕はここには居ない。昨日とは別人の新しい僕が居て、変わらないのは憎しみだけ。
村上が愛してくれている紺藤結葵はもう、この世に存在しないんだよ。
「村上はやっぱり少し、馬鹿だね」
「そんな事ありませんよ! だって、小日向様の身辺をお調べになったのはその方を護る為なんですよね?」
「……え?」
「写真を拝見させて頂きました。どれも、男性の方との親密な距離ばかりが撮影されているのを見て、どう見ても小日向様にとって宜しく無いものなのだと。その場で写真を燃やす貴方を見て、不器用な方だとも思いましたよ。言葉に出来ないから行動で示す……そんな所も変わりませんね、死んだ菖蒲様──」
「辞めて」
「ッ、!」
『死んだ──様』その名前は聞きたく無い。
村上の言葉を遮って距離をとった僕に慌てて頭を下げてくる。謝る必要は何も無いと言ってやりたかったのに出てくるのは喉奥が締め付けられたような荒い吐息。
村上が何を言ったって、護ろうとしたって、僕はその証拠で最後は祥さんを傷つけた。無理矢理に体を拓いて、天使さんしか存在しない祥さんの中から僕を追い出されるのが怖くて。
気づけば父がしてきた事と同じ事をしていたのに、あの人の。──綺麗な母さんの名前を僕と並べるなんて駄目だ。
「……坊ちゃん、申し訳ありませんッ、私言ってはならない事を」
「ッ、良いんだ。良い。何も、悪くない、でも」
「……」
「でも母さんのことは聞きたくない。それにもう僕は昔の僕じゃない。ここにも二度と戻らない。村上と昔のように何も知らず笑い合う事も出来ない……だから早く、村上も捨てるべきだ思い出なんて、現実から逃げたそんなもの直ぐに捨てて」
違う……。違う。
村上を傷つけてどうする。やっと、楽しそうに笑ってくれたと言うのにどうしてこうも傷つけるんだ。なんで、大切にしたい人ばかり泣かせてしまうんだ。
「坊ちゃん……私は!」
「──村上ッ!」
「ッ、はい」
「……もう、帰るよ。次また会ったときもここで変わらず傷を負ったまま立っているならその時は僕がアナタを解雇する」
「ッ?!」
「父さんは僕に怯えて逆らえないから、やろうと思えば今でも出来る。けれど、それをしないのは……」
村上の意思でここを出て行って欲しいから。村上の思い出を僕が壊して修復不可能にする前に、大切なモノはそのままに、自らの足で足枷ばかりのこの場所から抜け出して欲しいんだ。
「……──しないのは、面倒だから」
「結葵坊ちゃん……」
「何不自由させない。金も今よりうんと多く払うよ、だから次に僕がここへ来るまでに出ていくんだ。明日でも今からでも構わないよ、ただ一言教えてくれればそれで問題は無いから」
村上の顔が見れない。瞳を見ている筈なのに薄くモヤがかかっている。いつからかこうして人の顔にモヤがかかっている様に見える様になった。
そうなった日から、そう言えば誰に酷いことをしても胸が痛まなくなったんだっけ。上手く出来ているなぁ……心の逃げ方が視界に迄現れるのだから、人は自分を護るためならどんな形にも変わる。
今の僕みたいになっても、いい人ヅラした屑のまま生きていける。
最後まで、村上の綺麗な顔を見る事は出来なかった。けれどあの家から村上を切り離せるならそれでいいと安堵感が胸を染めていた。
村上だけは壊されたくない。村上がもし死んでしまったら、あの人と同じ様にこの世界から音を絶ってしまったら、その時こそ本当に──父さんも、この世界から音を絶つ日になるだろう。
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