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傷だらけのラブソング
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家を出て少し歩いた先にこじんまりとした公園がある。そこまで互いに言葉を交わすことはなく辿り着くと、先に口を開いたのは龍騎だった。
「何処行ってた」
「それ、龍騎に関係ないよ?」
「実家に戻ってたのか?」
「僕の話も少しは聞いて欲しいね。龍騎には関係ないって言ってるんだけど」
面倒くささに冷たく吐き捨てた刹那、背中を向けていた龍騎が振り返るなり胸倉を掴みあげると乱暴に引っ張る。
首に服がくい込んだ息苦しさに数度咳き込むと、顔を顰めるでもなく微かに笑った僕を龍騎は心底気持ち悪いとでもい言いたげに見下ろし、舌打ちをした。
「関係あんだろ」
「何に。どうして? 何故龍騎に言わなきゃならない?」
「……お前、まだアイツに惚れてんのか?」
「祥さんの事ならとっくに好きじゃない」
鈍い眼光。鋭い眼差しは変わらない。見て欲しくないところを簡単に見透かされそうで吐き気がする。
龍騎から祥さんの事を聞かれた時、真っ先に思い浮かんだのはあの日数年ぶりに龍騎と出会った夜の事。天使さん主演映画の撮影ロケ地から戻ったばかりの帰り道。
もうじき家に着くと思った手前で何だか懐かしく見慣れたシルエットを見つけた。僕が知っている姿よりもうんと成長しているけど嫌でも見間違う訳がないと変な自信がある。その影も僕の存在に気づくと電柱の影が伸びた壁から背を離すとこちらへやってきた。
──どうして、居るんだろう。
何よりも先にそんな事を思った僕を嘲笑った。ずっと傍に居ようとしてくれた唯一無二の幼馴染みを突き落として、見放して、捨てたわりに少しも胸が痛まなかったから。
『よお、元気か』
『……龍騎こそ』
『ああ。お陰様で最高な気持ちだ──』
──お前を殴れると思ったら、な。
挨拶も早々。その言葉が聞こえた刹那、僕の体は後方へ吹き飛んでいた。
ああ、殴られたのか……脳が起きた事にやっと追いつき処理を始めればじんじんと右頬の骨に鈍い痛みが走る。熱を感じて無意識に殴られた頬へ手を伸ばそうとした時、伸びてきた手にそれは遮られた。
『まだだ、さっさと立てよ』
『……はぁ。いいよこのままで、好きなだけ殴れば』
『言われなくとも』
反抗する気も起きなくて、身を任せる様に後ろへ倒れ込む。道端で、それもコンクリートの上で大の字になる日が来るとは想像もしていなかった。
見上げた視界に映る龍騎は血が騒いで仕方ないと伝わってくる程目はギラギラと光り、口元は微かに上がっている。根っからの悪餓鬼だと昔近所のおじさんに言われていたけど、それは正しいみたいだ。
まるで鬼みたいだと、頭の隅でぼんやりと考える。
『反抗しねーのか? これじゃあつまんねぇだろう』
『反抗……。いい、面倒だ。殴りたい奴には殴らせればいい。今更一つ二つ傷が増えようが何も変わらない』
そうだ、あの人につけられた生傷が一生消えないのだから今更抵抗して何になる。一番初めからそんな選択肢無かったのだから。それにこれは自分が受けるべき対価だ。こんなものじゃ許されはしないほど酷い事をして来たのだから当たり前の報いだ。
『気に入らねぇ』
『……』
『こんなもんじゃ気が晴れねぇ』
好きなだけ殴ればいいのに、龍騎は本当に馬鹿な子だ。殴ったのは最初の一回切り。さっさと僕の上から退くなり、龍騎は右ポケットから煙草とライターを取り出すと口に咥えた。
『お前の今の玩具はあの黒髪のやつか』
『は?』
『次にお前が人生めちゃくちゃにしようと近づいてるのはあの黒髪の奴かって聞いてんだよ。オレの時と同じ、使うだけ使ったら捨てるんだろう?──どうせ壊すなら俺にやらせろよ』
龍騎の言葉に初めて動揺した。
どうして、祥さんの事を知っているのか、今日だけであの人──西隆寺爽とか言う奴も含めたら二人目になる。一体、何故バレたのかと少しだけ脈が速まる。
『……』
何も答えない僕を訝しげに見つめた龍騎は、直ぐに眉間に皺を寄せると低く感情の無い声音を発した。
『惚れてんのか』
『……違う』
『お前が人を幸せに出来るとでも思ってんのか? どうせそう思ったって長くは続かねーだろ。お前は壊す。俺の時よりもうんと酷く、あの綺麗な顔した男を同じ様に壊す』
言い返せない。龍騎の言う通りだった。
初めはどうだった?
ただ好きだった。純粋に人として恋愛感情だなんてことは認めたくない。けれど心地よい人だと思った。悲しそうな目をした時は同じ様に安心させたいと思っていたのに、気づけば、天使さんが日本に戻って来てからとった行動は僕が祥さんの中から消される事を嫌って、無理矢理に手にしようとした自分の真っ黒な手のひら。
抑えることの出来ない破壊衝動だ。
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