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プロローグ 桐生
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「…もしもし」
僕は申し訳程度に設置した固定電話の受話器を急いで取った。
普段使う事の殆どないその電話に掛かってくるのは、要らぬ営業の電話ばかりで、留守番電話に設定したままもうどのくらいになるかわからない。
今掛かってきた電話もそれと同じだろうと僕は鳴り響く着信音を少し疎ましく思いながらソファーに座ったまま本を読んでいた。
しかし3コール程でアナウンスに切り替わり、スピーカーから流れてきた声を聞いて僕は心臓を鷲掴みにされるような衝撃を受けた。
『もしもし、桐生くん?私だけど……大洗だが、まだ覚えてくれているかな』
その声。
忘れもしない。
この気持ちを直接伝えたことはないが、この声の主は今も昔も変わらない唯一の僕の理解者、その人の声だった。
大洗先生の声を聞いた途端、あの心の置き場の見当たらない酷く渇いた日々の残像が僕の胸を締め付ける。
『もしもし、桐生くん?』
「……大洗…先生…」
『ああ、桐生くん。久しぶりだね…元気にしていたかな?』
久しぶりだとそういう大洗先生の口調はあの頃と全く変わっていなくて、僕は自分が一瞬だけ学生に戻ったような錯覚を起こす。
「……はい、お久しぶりです。元気にしています」
『ここの番号が変わっていなくて、よかった。急で驚いたかな?』
「はい、少しだけ。……どうなさったんですか?」
『実はね……』
──この前君を偶然見掛けたんだ、小さな街のファミリーレストランで。
大洗先生の声が少しだけ嬉しそうに聞こえたのは、きっと聞き間違えでは無いだろう。
僕の記憶が間違えてなければ、ファミリーレストランに行ったのはここ数年で一度きりしかなかった。
碧の華奢な身体に淫猥な性具を装着させて無理矢理食事を摂らせ、その羞恥に泣き悶えている顔を見て僕は興奮していた。
あの時だけだからだ。
『あの白いワンピースを着た彼は君の恋人なのかな?』
彼は……と、先生は確かにそう言った。
その時の碧は女性ものの白いワンピースを着ていて、未発達な細い身体と大きな瞳は端から見れば少女のように見えていておかしくはなかったが、先生の目にはそんな誤魔化しは効かなかったのだろう。
となれば、僕が碧にしていた仕打ちもお見通しというわけだ。
考えるまでもなく、先生に隠し事など不用であることは明確だった。
「はい、付き合っています。僕の生徒です」
僕がそう言うと電話の奥で先生が小さく笑った。
『……それは良かった。桐生くんにもそういう子がついに現れたんだね』
恋人。
確かにそうだろう。
先生が知る僕にまさかそんなものが出来るだなんて思いもいなかったろう。
僕でさえそんな未来を想像していなかったくらいなのだから。
「………まさか、それで電話を下さったんですか?」
もしかして僕を心配してくれていたのだろうか。
そんな下らない事を考えてすぐに自嘲する。
先生は僕の中にある異常性を見抜き、それを理解してくれていただけで、僕にとっては救いであったが先生にとっては僕はただの特殊な学生の一人でしかないというのに。
『桐生くん、今度二人で会わないか?久しぶりに食事でもしよう』
先生は僕の質問には答えなかった。
けれど、僕を食事に誘う先生のその声色に僕はその答えを聞いた気がした。
「………はい、よろこんで」
僕はこの人に出会えて自分を肯定することを知った。
それは僕にとってとても大きな事だった。
生きる方法を教えてもらったのだ。
それは僕にとって生きてていいという許可をもらったのと同意語だった。
僕は大学を卒業して、数年ぶりに大洗先生と再会する約束をした。
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