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真琴side ①
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今日も いつも通りの朝になる……と、思ってた。
同棲中の恋人、井上 匠(たくみ)とは 高校3年生から付き合って 今年で9年目だ。
コーヒーを入れながら そろそろ起きてくる時間かな と時計をチラッと見た時、匠の部屋からキンッと金属音が鳴った。匠が煙草に火をつけた音だ。
ハタチになった誕生日に俺が贈ったジッポで。
前に2人で遊びに行った時、匠が見付けて欲しがってたヤツ。ショーケースの一番目立つ場所にあった それはブラックメタリックで斜めから見たらブルーにも見える。英語の文字が書いてあった。何て書いてあるのかは知らないけど、渋くて匠にピッタリだと思った。
でも値札を見て
『マジか……。』
って呟いて 残念そうに戻した。
『ていうか、匠まだ未成年でしょう?』
って怒ったら、匠は悪い顔でニヤッとした。
その時は そのまま買わなかったんだけど、俺は後でこっそり買いに行ったんだ。匠がハタチになった誕生日にプレゼントしたくて。匠の誕生日は まだまだ先だったし、直前に買いに行って無くなってたら嫌だったから。
ライターに8.000円ってびっくりしたけど匠の喜ぶ顔を想像したら全然お金なんて勿体無くなかった。
俺は小さな包みを そっと引き出しの奥に隠した。
匠は あの日以来、あのジッポの事は何も言わなかった。
もう興味が無くなったのかな、本当にプレゼントこれで良かったのかな?とチョット心配になりながら誕生日当日に渡したら 、信じられないって顔をして
『ありがとう、大事にするよ!』
と 見た事も無い笑顔で メチャクチャ喜んでくれた。俺は さっきまでの不安なんか どこかに飛んじゃって、ワザとドヤ顔を作って、
『やっと今日から堂々と煙草が吸えるね。』
って言ったら、また悪い顔でニヤッと笑ったんだ。
何度も床に落として傷だらけになっても、変わらずいつも使ってくれている。いつだったか、模様も剥げ 傷も目立つあまりに変わり果てたジッポを見かねて 新しいのをプレゼントしようか と尋ねたら
『いらねえ。この傷は 俺とお前の歴史だろ、それに手に馴染んでて使いやすいんだよ。』
と、請け合ってくれなかった。そのくせ 煙草を吸わない俺を気遣って リビングでは絶対に吸わないんだ。外でも 俺と一緒に居る時は滅多に煙草を吸わない。吸ってもいいよって言っても、
『別に、 今吸いたくねえし。』って。
匠は 不器用で優しい。でもそのおかげで 俺、匠がジッポで火をつけてる所 あまり見た事無いんだ。
たから俺にとっては、あのキンッていう音こそが ジッポなんだ。
コーヒーがポタポタ落ちる。毎朝 匠のために心を込めて入れる。同棲して間もなく始まった俺の習慣。
コーヒーの香りが部屋中に広がる。
カチャッとドアが開いて 部屋から出てきた匠が無言で横を通りすぎた。
(おはよう……。) 心の中で挨拶をした。
匠との会話が無くなってから もう随分経つ。せめて挨拶だけはと 言い続けていたんだけど、返事が返って来ないのが辛くて辞めてしまった。
一度挨拶を辞めてしまうと、再び口にするのを躊躇してしまう。
匠も そうだったのかな……。
洗面所で朝の身仕度を終えた匠が リビングにやって来た。ソファーに腰掛けるタイミングで 入れたてのコーヒーをテーブルに置く。
おはよう と言いたいけど 口が上手く動かない。たった4文字が 凄く重たい。
匠はTVから視線を反らさないまま コーヒーを一口飲んだ。最近、何か思い詰めた様にTVを観ている気がするけど どうしたんだろう?
気になるけど 聞けない。この半年間で俺の勇気は使い果たしてしまった。
「俺、ここ出ていくから。」
前触れもなく突然言われたその言葉に 俺は思わず息をのんだ。 でも反面、 心の中では覚悟が出来ていた。
とうとう来たんだ……この瞬間が……。
俺は一度深呼吸をし、真っ直ぐに匠を見据え、何度も何度も練習してきた 言葉を放った。
「匠、今までありがとう。」
ちゃんと練習通り 微笑んで言えただろうか。浮気され裏切られたのに「ありがとう」は嫌味に聞こえなかっただろうか。だけど俺は本当に匠には感謝しているんだ。
今までずっと側に居てくれた。友人の時も、恋人になってからも、浮気されても尚ずっとずっと今も大好きな人。
俺と居て しんどそうな匠を解放してあげたかった。でも俺からは どうしても言ってあげられない。
だから決めてたんだ。もし匠から別れの言葉を言われたら その時はちゃんと頷いてあげようと……。
俯いていた匠が顔を上げて此方を見た瞬間 ギョッと目を見開いた。
俺は久しぶりに交わる視線から目を反らさずに 今度こそ意識して笑顔を作って言った。
「ありがとう。」
頬に温かい水が流れるのを感じた。
匠に浮気相手がいる事は気付いていた。
ここ半年余り 残業で終電を逃したからと度々会社の仮眠室に泊まったり、急な出張が入ったと週末に帰って来ない日が増えた。
いきなり増えた残業や、不自然な週末の出張。俺は嫌な胸騒ぎがしたが必死にそれを打ち消した。
匠を信じたかった。
自分の胸の奥底に沸き上がる黒くてドロドロした感情に蓋をして 匠に言ったんだ。
「あまり根を詰めすぎるなよ。たまには息抜きしなきゃダメだよ?」って。
だけど匠からは「あー。」と、生返事が返ってくるだけだった。
最初の方こそ隠れてしていたであろう浮気も次第に大胆になっていって、やがて 機械的に送られてきていた残業を知らせるメールすら 無くなった。
無断外泊を悪びれる様子もなく 洗濯カゴに無造作に丸めて放り込まれたワイシャツからは甘い香りがする様になった。
匠は言葉でこそ何も言わなかったけど、その態度が全てを物語っていた。
匠が好きで好きで、絶対に諦めたくなくて 俺の努力でどうにか修復出来ないものかと出来る限りの事はした……と 思う。
考えたくなかったけど、いつか この恋が終わる時、絶対に後悔だけは残したくなかった。
たけどそれは俺の一方的な押し付けでしかなく、
気持ちの覚めてしまった匠にとって 、
俺のそれらの言動は逆に気にさわるモノでしかなかったのかもしれない。
俺は半年かけて ゆっくりゆっくり事実を受け入れた。
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