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月の舞姫・2
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後宮は豪華できらびやかでキラキラだった。そのわりに、しーんと静まってて、誰もいないみたい。
たくさんの灯りに照らされた廊下、深紅のカーペットの敷かれた上を、王様がズカズカと歩いて行く。オレは彼の肩に担がれたまま、もう身動きも取れなかった。
逆らっちゃダメだと思った。大人しくして、従わなきゃ。
だってここの王様、くろがね王は、とても怖い王なんだって聞いてる。
聡明で勇猛な……と評判の彼が「くろがね王」と呼ばれるのは、くろがね、つまり鉄剣の使い手だかららしいけど。もう一つ、処刑の多さにも由来してるんだって。
縛り首じゃなくて、ギロチンで。王位に着いてから今までのわずかな間に、処刑された人はもう100人を超えたって噂だ。
でも、そんな怖そうな感じには見えなかった。偉ぶらないで、むしろ優しい人だって思ったけど……。
そんな事を考えてる間に、目的の場所に着いたらしい。
王様が、声を張り上げて誰かを呼んだ。
「キクエ、キクエはいるか?」
次いで、視界がぐるんと一回転する。
「わっ」
ギョッとして目を閉じた途端、何か柔らかい物の上に投げ落とされた。ボスンと体が沈みこみ、悲鳴を呑み込んで目を開けると、大きなクッションの山の中だ。
じたばたとクッションをかき分けて身を起こすと、目の前に王様の長い足がある。
しばらくして、数人の侍女が姿を現した。
「はいはい、陛下。御前に」
そう返事した人も、それから一緒に集まって来た侍女たちも、みんな40~50歳代のようだった。
「湯を使う。それと、踊り子の装束になる物を用意しろ。とびっきり豪華にな」
「まあ、かしこまりました」
王様の命令に、侍女たちは優雅に礼をして去っていく。明るい室内には、オレと王様の二人だけが残された。
こんな明るい場所は、いたたまれない。
オレはクッションの1つを頭の上に持ち上げ、顔を隠すようにして縮こまった。だって月明かりならともかく、こんなたくさんの照明の下では、オレのみにくさも隠しようがない。
せっかく王様が、「みにくくない」って言ってくれたのに……。
震えてると、王様にまた声を掛けられた。
「おい、何をしてる?」
そんな質問と共に、ぐいっとクッションが奪われる。
「や、やだ!」
悲鳴を上げて、慌てて両腕で頭を隠した。全身の震えが止まらない。
きらびやかな後宮の部屋の中に、こんな薄汚れた服の、みにくいオレ。場違いにも程がある。生きてるのが恥ずかしい。
「オレ、みにくい。みっともなくて、恥ずかしい」
言いながら、ぽろぽろと涙が出る。
「そんなことはない」
王様が言ってくれるけど、もう、ウソでも嬉しいとは思えなかった。
「お前はみにくくないし、誰よりも見事に踊れる」
オレは返事もできなくて、ただ、何度も頭を横に振り続けた。
しばらくして、侍女たちが戻ってきた。
「湯殿の準備ができましたよ」
「ああ、分かった」
王様は、オレの髪の毛を掴んで、ぐいっと上を向かせた。見上げると、真っ黒な瞳がオレを覗き込んでいる。
言葉もなく見つめ返すと、「賭けをしよう」って静かに言われた。
「お前に最高の舞台をやろう。今から磨き上げ、着飾らせて踊らせてやる。オレの言うとおり、皆がお前を『美しい、最高の舞姫だ』と称えればオレの勝ち。そうでなければお前の勝ちだ」
オレはうなずいた。だって、そんなの最初から賭けにならない。どうやったって、オレなんかが「美しい、最高の舞姫」なんてなれる訳ない。
オレがうなずいたのを見て、王様はにやりと唇を歪めた。
「ではオレが勝ったら、お前は一生オレに仕えろ。お前が勝ったら、どうする?」
「オレが……踊り子の真似して踊ってたの、みんなに黙ってて下さい」
願いながら、ぽろぽろ涙が出る。だって、もしみんなに知られたら、また笑われるし、馬鹿にされる。絶対内緒にして欲しかった。
王様はしばらく黙った後、「分かった」と言った。そして、侍女たちに命じた。
「こいつを湯に入れて、大急ぎで磨き上げろ」
座り込んで泣いたままのオレを、とうの立った侍女たちが取り囲む。
「まあ可愛らしい」
「まあ細い」
「若いわねぇ」
いっぺんに顔を覗き込まれて、オレはちょっと怖くなり、キョドキョドと周りを見回した。
「あ、の……」
「さあさあ、湯殿に参りましょう」
うろたえるオレを、キクエさんが優しく促し、立ち上がらせてくれた。
「久々に腕が鳴るわねー」
「特別念入りに仕上げましょう」
侍女たちが口々にお喋りしながら、オレの背中を軽く押す。
連れて行かれた湯殿は、広い部屋いっぱいが大きな湯船になっていて、贅沢に大量の湯が張られていた。湯の中にはバラの花びらが浮かんでて、湯殿中にいい匂いが立ち込めている。
「さあさあ、脱いで脱いで」
侍女たちは躊躇なく、オレを真っ裸にして、湯の中に放り込んだ。
何日かに1度、川や泉で体を洗うのがせいぜいの、旅芸一座のみそっかすだ。そもそも湯浴みなんて贅沢な習慣はないから、あっという間にのぼせてフラフラになった。
「あらあら、じゃあ、体を洗ってしまいましょうね」
侍女たちは笑いながら、寄ってたかってオレの全身をガシガシ洗った。
無茶苦茶痛くて、背中の皮が剥がれるんじゃないかと思ったけど、それだけ汚いんだとしたら、文句も言えない。頭からザパーッとお湯を掛けられて、ぷるぷると首を振る。
やがて目を開けて、ドキッとした。
「えっ、白い!?」
オレの驚きに、侍女たちが「まあ、本当」とおおらかに笑う。
長年の垢を落として磨き上げた肌は、自分でもびっくりするくらい白かった。
まるで、北方の国の人みたいだ。
オレに両親はいないけど、もしかするとそっちの人間なのかも知れない。
もう一度湯につかった後、今度は脇に置いてある寝台の上で、うつぶせに寝かされて、手早く全身をマッサージされた。
バラの香りがふわりとする。マッサージしながら、オイルを塗り込んでくれてるみたい。ガサガサの足の裏も、荒れ放題の手の指も、丁寧に優しくマッサージしてくれた。
仰向けでマッサージされるのは、正直、恥ずかしかったけど……でも、侍女たちはちゃんと分かってるみたいで、恥ずかしい場所には、布を一枚かぶせてくれた。
ボサボサの髪の毛にも、同じオイルがたっぷりと使われた。
オイルを使ったって、艶めく黒髪になれる訳じゃないけど、こんなみすぼらしい砂色の髪でも、少しはマシになれればと思った。
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