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月の舞姫・3
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マッサージが終わった後には、絹の衣装を着せて貰った。艶やかな生地にキレイな色で、夢みたいだ。
豪華な宝飾も着けさせて貰えた。金に輝く額飾り、揺れる耳飾り、幾重も巻かれた首飾り。手首と足首は、幾つもの金の鈴で飾られた。
最後に、お化粧をして貰って出来上がりだ。
「みにくくない」と「美しい」はだいぶ違う。でも……お化粧で、みにくさが少しでも誤魔化されるかなと思ったら、それだけでなんだか嬉しかった。
支度が終わった後、侍女たちに連れられて、再び元の部屋に戻った。
オレの姿を見て、王様は一瞬驚いたように目を見張り、そしてやんわりと微笑んだ。
その笑顔を見て、ドキッとした。
さっきまではパニックになってて、いっぱいいっぱいで、王様の顔をちゃんと見てなかった。いや、見てたけど……やっぱり見てなかったと思う。王様がひどく整った顔をしてることに、今頃になって気付いて、慌てた。
聡明で勇猛で、若く美しいくろがね王。美しいっていうより、完璧だ。
凛々しく釣り上がった眉も、すっきりと高い鼻筋も、形の良い黒い瞳も、精悍な輪郭も。首も、肩も、腕も、足も。なんて完璧なんだろう。なんて素敵なんだろう。
それに比べてオレは、なんて恥ずかしいんだろう。ちょっとくらいお化粧したって、彼に並べる程美しくはなれない。「みにくくない」と「美しい」は違うんだ。
期待に膨らみ切ってた胸が、しゅうしゅうと縮む。
「オレ、やっぱり……」
うつむいて言いよどむと、王様が1つため息をついた。そして、オレのアゴに手をかけ、ぐいっと上を向かせた。
「まだ賭けは始まってもいないぞ。泣くには早い。どうしてそんなに自信がないんだ?」
「だって……」
どうしてって訊かれても、自信がない事に理由なんてない。むしろ、自信が持てることなんて何もない。
オレはみにくくて、踊りも下手で、気が利かなくて、鈍くさくて、頭の回転だって遅い。力仕事だってできないし、使いっ走りだって、満足にできたことがない。
形だけ踊り子の衣装を着せて貰っても、外見だけ磨かれても、とても満足に踊れるとは思えなかった。
笑われるのが怖い。
バカだと呆れられるのも怖い。
何より、王様に迷惑になるんじゃないかと、考えるのも怖かった。
「さっきも言っただろう、お前の踊りは見事だった。オレを信じろ」
王様がそう言って、オレに大きな手を差し伸べた。
でも、その手を取ることはできなかった。怖い。首を振ると、耳飾りがちりちり小さな音を立てる。
「自信を持て。オレを信じろ」
「ムリです」
「できるって」
「でも……っ」
涙声で反論すると、王様の整った顔がびくりと強張った。ハッとする間も無く、大声で怒鳴られる。
「王の言葉は絶対だ! 信じろ!」
ギョッとして顔を上げると、目が合った。形の良い、美しい黒い瞳を見た途端、深い闇を覗いた気がした。
――信じろ。王様の強い命令が、びりびりと胸を震わせる。
気付いたら、口に出していた。
「……オレ、信じます。王様を……信じます」
「なら、ちゃんと賭けを続けるな?」
「はい」
王様が右手を差し出し、オレの手をギュッと握った。
「今から大広間で、最高の踊りを見せられるな?」
それには、う、とためらったけど……唇を引き締めて、うなずいた。
王様に連れられて大広間に1歩入ると、大きなどよめきが湧き上がった。
びくびくしながら広間の中を見回すと、一座のみんながポカンとした顔でオレを見てる。
オレの方も驚いた。仲間の踊り子の人たちが、あちこちに散らばってお酌をしてたからだ。音楽に合わせて踊るだけが仕事じゃなかったんだって、初めて知った。
仲間の楽師の人たちは、広間の隅の方でずっと音楽を奏でてる。
「極上の舞姫を連れて来た。楽の用意を」
王様がよく響く声で言った。
楽師たちは一瞬顔を見合わせたけど、すぐに赤いカーペットの側に駆け寄って、スッと楽器を構えてくれた。
「行って来い」
王様に言われ、オレは1つうなずいた。
もう迷いは無い。すうっと息を吸い込み、ゆっくりと吐く。
憧れの赤いカーペットの上で、楽師たちを従えて。両手をぴんと上に伸ばし、足を前後に軽く開く。目線は真っ直ぐ目の前に……玉座に座る、王様に向ける。
大丈夫。月が見てなくても、王様が見てる。
リャン、と最初の音が鳴った。
たちまち続けられる、軽快な音色。ハープが、木琴が、横笛が旋律を奏で、小太鼓がリズムを刻む。
オレは手首をひねり、ステップを踏んで鈴を鳴らし、きりっとターンして衣をひるがえし、王様の為に踊った。
指の先の先まで伸ばす。足を真っ直ぐ高く上げる。シャンシャンと鈴が鳴り、耳飾りがチリチリ揺れる。
風を受けてふくらむ衣。オレの為に奏でる音楽、オレに贈られる手拍子、拍手。
どこまでも高く跳べる気がする。
手も足も生き生きと伸びて、こぼれるように笑みが浮かぶ。なんて幸せなんだろう。
踊れるなら何でもいいなんて、ウソだ。
月明かりの下でどんなに独り、踊っても、満足した汗をかいても、こんな幸せになれなかった。
たくさんの光、たくさんの音楽、たくさんの観客の前で踊るのが、こんなに素敵だなんて思ってもみなかった。
全部王様がくれたんだ。
踊るための衣装も、舞台も……勇気も。光も。幸せも。全部王様のお陰なんだ。
――王様。
手を胸に当て、ステップを踏む。前に差し伸べてターンする。王様を見つめたまま、目が逸らせない。
――王様、王様。
整った美しい顔、すらりとした肢体、深い声。すべてが完璧な、聡明で勇猛な若き王。くろがね王。
玉座に座り、オレを見つめる黒い瞳を。その主を、心から想う。
――……王様。
彼の為に踊りたい。ずっと一生、王様を想って踊りたい。
両手を玉座に差し伸べる。幸せで幸せで笑みがこぼれる。
いつまでも踊っていたい。
周りからの盛大な拍手より、王様のたった1つのうなずきの方が、今のオレには嬉しかった。
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