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月の舞姫・7
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バラのオイルで、昨日よりも念入りにマッサージされた後、裾の長いキレイな白い服を着せて貰った。これも艶やかで肌触りのいい絹だ。
昨日とはまた違う、豪華な額飾りも着けて貰った。耳飾りも、首飾りも。
ただ、鈴はなかった。今日はこれから踊るわけじゃないらしい。オレ、踊ることしかできないのに、これからどうしたらいいんだろう?
マッサージの間に色々話をして、少し落ち着いたけど、それでもまだ不安と動揺はなくならない。
「昨夜の宴会が、何の宴だったかご存知でしたか?」
王様のお母さんの侍女だったという、侍女頭のキクエさんが言った。
「陛下のお妃候補が、たくさんお見えになっていた宴でしたのよ」
「お妃候補……」
オレは全く知らなかったので、ぶんぶんと首を横に振った。
もしかして、お妃選びの宴会だったのかな?
じゃあ、王様に連れられていきなり登場し、いきなり踊り、王様に抱かれて退場したオレは……もしかしなくても、宴会をぶち壊してしまったに違いない。
どうしよう、恥ずかしい。
みんな拍手をしてくれたけど、オレと王様が出てった後は、一体どうなったんだろう? 一座のみんなは? 宴会を台無しにして、罰を受けたりしなかったのかな?
大広間に入ってったオレを見て、ぽかんとしてた仲間の顔を思い出す。
いくら踊りを練習しても、宴会で躍らせて貰えなかった理由が、今なら少しは分かってた。
何をやってもどんくさいオレに、偉い人の横に座って、笑顔でお酌するなんて絶対ムリだ。ムリだから、踊り子になれなかった。そう考えると、ちっとも不思議な事じゃない。
現にオレ、周りが何も見えてなかった。
大広間に、すごくたくさんの人がいたのくらいは覚えてる。でも目に入ったのは、仲間の踊り子と、楽師達。そして、王様の姿だけだった。あの場に誰がいたかなんて、意識してもいなかった。
お妃様候補の美しいお姫様たちがいたことも……オレは当然気付かなかった。
あれ、でも、じゃあ王様は、そんな大事な宴会を抜け出して、どうして暗い中庭なんかにいたんだろう?
宴会がイヤだったのかな? 王様なのに?
それとも、月が導いてくれたのかな?
着替えとお化粧が終わった後は、キクエさんに先導されて、宮殿の長い廊下を歩いた。
廊下の高い天井には、よく見るとキレイな絵が描かれてて、壁にもいっぱい彫刻があって、すごくキレイで豪華だった。
ぽかんと口を開けて、いつまでも眺めていたいけど、でも、そういう訳にもいかない。キクエさんに、お妃様らしく歩くようにって言われたからだ。
「堂々と胸を張って歩きましょうね。そうすれば、陛下が恥をかくこともないでしょう。アイタージュ様が見事に振舞えば、それが陛下のお為になるんですよ」
オレがどんくさいのは隠しようがないし、怒られるのにもなじられるのにも慣れてるから、別にいいんだけど。でも、王様に恥をかかせる訳にはいかなくて、オレはこっくりうなずいた。
聡明で勇猛で、若く美しいくろがね王。あの完璧な王様のお妃に……なんて、何度聞いても信じられない。
でも例え夢でも、やっぱり王様に恥をかかせたくないから、オレは精一杯背筋を伸ばし、顔を上げ、鈴を鳴らさない足運びで歩いた。
オレの後ろには、残りの侍女たちが2列に並んでついてくる。
キクエさんを入れて9人。みんな、前の王妃様――つまり、王様のお母さんの侍女だったんだって。
王様のお母さんが亡くなられてからは、王様しか後宮に住んでなくて。侍女の入れ替えもなくて、そのままだったみたい。
しーんとした後宮で、王様は寂しくなかったのかな?
寂しかったから、お妃選びをしようとしたんだろうか?
キクエさんたちは、みんなオレにやさしい。前の王妃様が亡くなって、どのくらい経つのか知らないけど、オレを新しくお世話できるって、喜んでくれてる。
歓迎されるのは、オレも嬉しかった。
長い長い廊下を歩き、階段を上がったり下がったりした後、ようやく大きな扉の前で、キクエさんが立ち止まった。
何の部屋だろう? 艶やかな木でできた、両開きの扉だ。扉の両脇には、槍を持った兵士が2人立っていて、オレに向かって敬礼した。
その敬礼にどう返せばいいか分かんなくて、一瞬戸惑う。
何もできない内に扉が大きく開かれて、中に入るよう促された。
途端に聞こえて来たのは、誰か知らない男の人の大声だった。
「私は認めませんぞ、陛下!」
大声は苦手だ。いつもいつも怒鳴られてばかりだったから、反射的にビクッと体が竦む。
しかも、言い争いの原因は、オレのことみたい。
「王の結婚には政治が不可欠! それが分からぬ程愚かではないでしょう!」
頭ごなしの言い方も、すごくイヤで、怖くて、どうしようと思った。オレが一座のみんなに怒られる時と、なんか雰囲気がよく似てる。
恐る恐る目を向けると、部屋の奥の一段高いところに玉座があって、王様が座ってるのが見えた。その前に数人の人たちが立って、並んで王様を囲んでる。
大声を出してるのはその中の1人だ。 あごヒゲを生やした初老の人。
「若輩王と侮られないよう、確固たる後見人が必要です!」
って。
偉い人なのかな? 金キラの豪華な服を着てて、ぐっと胸を反らしてる。
王様は難しい顔で黙ってる。昨日オレに見せてたような、余裕の笑顔はどこにもない。
「きちんとした後見人のいる、きちんとした姫君こそ、お妃にお迎えになるべきでしょう!」
あごヒゲの人がそう言って、こっちをバッと振り向いた。
敵意丸出しの顔で睨まれて、怖くてぎゅっと心臓が縮む。
「旅芸一座の座長ごときに何を言われたかは存知ませんが、いいですかな? 私は、こんな茶番に付き合うつもりはありませんぞ!」
こんな、と言いながらオレを指し、その人はくるっと王様に背を向けて、大股でこっちに歩いて来た。
そして、オレの横を素通りしながら、小さな声で悪態をつく。
「若輩王にも困ったものだ」
若輩王。それは昨日、王様の口からも聞いた言葉だ。
誤解だ。
違う、くろがね王は、若輩王じゃない。
一体誰がそんなこと――。
「違う!」
胸がぐっと熱くなって、黙ってられなくて、オレはつい大声で叫んでしまった。
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