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月の舞姫・8
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聞き逃せなかった。
だって、間違ってる。
「王様は、若輩王なんかじゃない! なんでそんな……!?」
目の前に立つ、あごヒゲを生やした人をじっと睨む。
オレのことはいくら悪く言われても構わない。でも、王様が悪く言われるのは我慢できなかった。
「オレはずっと旅をして、色んな街で色んな噂を聞いたけど、若輩王だなんて誰も言ってない! くろがね王って……聡明で勇猛な、若く美しい王様だって、国中のみんなが言ってます! こんな完璧で、素晴らしい王様に向かって、若輩王なんて言ってるの、あなただけだ!」
夢中で叫んでから、ふと気付くと、部屋中がシーンとしてた。
うわ、オレ、何てことを……。
ハッとして口を抑え、慌てて謝ろうとした時、一斉に拍手が沸き起こる。
パンパンパンパンパンパンパンパン!
ギョッとして周りを見回すと、部屋中にいる人々がオレを見つめて拍手をしてた。キクエさんたち侍女も、王様の前にいた他の人も。拍手してないのはオレと、王様と、例のあごヒゲの人だけだった。
「まあ、大臣。あなたの負けですわ」
キクエさんの言葉に、大臣って呼ばれたヒゲの人は、顔を黒いくらい赤くした。
睨まれるかと思ってビクッとしたけど、大臣はそのまま王様に一礼し、大股で部屋を出て行ってしまう。
どうしよう、怒らせちゃったよね?
後を追いかけて謝るべきか、それとも王様に謝るべきか、とっさに判断できなくてキョドった。
「アイタージュ!」
名前を呼ばれたのは、その時だった。
呼んだのは王様で、そしてそれは昨日今日通して初めてのことで、ドキッと心臓が跳ね上がる。
ハッと振り向くと、「ここへ」って笑顔で手を伸ばされた。怒ってる顔には見えないけど……お側に行っても大丈夫なのかな?
ためらってると、キクエさんにそっと肩に触れられ、促された。
王様の座る玉座の前には、まだ数人の人がいて、みんながオレをじっと見てる。その中に入ってくのは勇気がいるし、恥ずかしくていたたまれなかったけど、でも、そうだ、お妃様らしく堂々としなきゃ。
オレはそれを思い出し、舞台に上がるような気持ちで、顔を上げてまっすぐに歩いた。
緊張しながら近寄ると、王様が機嫌良さそうに「ははっ」と笑った。
「まったくお前には驚かされる」
美しい顔をそっと見ると、王様は笑っててホッとした。でも、怒ってないとしても、やっぱり迷惑は迷惑だろうし、無礼は無礼だろうと思う。
「あの……すみません。ご迷惑を……」
神妙に頭を下げると、「謝るな」って言われた。
「誰かに庇われるなど、久し振りのことで嬉しかった」
「庇った訳じゃ……。本当のことを言っただけです」
真面目に言い返すと、王様は一瞬目を見張って、それからとても甘い、蕩けるような笑みをくれた。
「……そうか」
短い相槌のあと、再び王様の手がオレに伸ばされる。
それに応じて恐る恐る片手を伸ばすと、ぐいっと力任せに引き寄せられた。わっ、と悲鳴を上げる間もなく、ヒザの上に乗せられる。
すぐ目の前には、他の人もまだいるのに。
カーッと顔を熱くしながら、隠れるように王様に縋ると、厚い胸に抱き締められた。
「陛下、お妃様にご挨拶申し上げてもよろしいでしょうか?」
王様の前に立ち並んでた中の1人が、そう言ってオレに頭を下げた。王様の「許す」っていう言葉と共に、順番に自己紹介が始まる。
「デュランと申します。どうぞお見知りおきを」
「アルと申します」
「エルゲンと申します、お妃様」
胸に手を当て、恭しく頭を下げられても、どう返事をすればいいか分からない。
10人にも満たない人たちだけど、名前もすぐには憶えらえそうになかった。
「アイタージュです……」
消え入りそうな声で名乗ると、王様にふふっと笑われた。
「それにしても。先ほどのは溜飲が下がる思いでした」
オレを見ながらそう言ったのは、デュランって名乗った人だったかな?
そしたら周りにいた人たちも、口々に同意し始めた。
「実は私も」
「なんだ、みな同じか……」
部屋に入って来た時とは違う、和やかな空気が王様を包む。
ホッとして、王様に縋る腕を緩めると、誰かが昨日のことも口にした。
「昨夜だって痛快でした。陛下が舞姫を連れて戻られた時の、あっけにとられた大臣の顔!」
「大臣は、まさか本当に陛下が戻って来られるとは思ってなかったのでしょう」
大臣と聞いてぴくっとなったけど、やっぱり王様は怒ってはないみたい。優しく髪を撫でられて、目の前の端正な顔に目を向けると、王様が穏やかな顔でオレを見てた。
「ああ、オレもこんな舞姫を見付けられるとは思っていなかった」
王様の言葉に、じわっと顔が熱くなる。
美しく整った顔、形の良い真っ黒な目、端正な口元。どれも完璧で、優しく笑ってて、オレをからかってるようには見えなかった。
周りに立ち並ぶ人たちも。
「確かに陛下のおっしゃる通り」
そう言って、王様に同調するように、みんな和やかにうなずいてる。
イヤな雰囲気は、もうどこにもなかった。きっとあの大臣だけが、強く王様を批難するんだろう。……若輩王とか。愚かだとか。
昨日の宴会も、その大臣が準備したらしい。
国内外の王族・貴族の姫君が、あの大広間には何人も集められてて。そしてその中で、どうしても1人、選ばなきゃいけなかった、って。
王様が即位して、もう1年以上になる。
いい加減お妃を、って、ホントはもうずっと前から迫られてたのを、王様は多忙を理由に、ずっと先延ばしにしてたみたい。そうして、「もう待てません」って言われて催されたのが、昨日の宴会だったんだって。
1人選ぶか、全員を後宮に入れるか。大臣にそう迫られて、けど、どの姫も気に入らなかった王様は、「妃は自分で見付けて来る」って啖呵を切って、大広間を出ちゃったらしい。
そして、オレを見付けた。
月明かりの中、たったひとり夢中で踊ってたオレを。ガリガリで貧相でみすぼらしくて、みにくい垢まみれのオレを――王様は見つけてくれたんだ。
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