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黄金の王妃・1
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物心ついた頃から、旅芸一座の中にいた。
一ヶ所に住処なんて構えず、町から町へ、国から国へ、ずっと旅をして暮らして来た。
身元も本名も分かんない人だっていたけど、他人のことなんて詮索しないのが当たり前だった。
オレは、親の顔を知らない。アイタージュっていうのが、誰につけて貰った名前なのかも分かんない。
でも、そんなの一座の中では珍しいことじゃなかったから、寂しいとは思わなかった。
何人もの子供たちと一緒に、当然オレも、小さい頃から芸を仕込まれて育った。楽器の方はからっきしだったけど、踊るのは大好きで、いつか舞姫になれればいいなって思ってた。
でも旅芸一座の一員として踊ることは、結局1回もないままだった。
踊り子として踊るどころか、「みにくい」「どんくさい」って言われて、小突かれながら下働きばっかさせられてたんだ。
だからオレ、いつも月の下で踊ってた。
宴会場の楽の音を遠くに聞きながら、いつも、月だけを観客に踊ってた。
けど、そんなオレを、王様が……聡明で勇猛な「くろがね王」って尊称される、セレム様が拾ってくれた。
ガリガリで貧相で垢まみれでみすぼらしい、旅芸一座の下働きだったオレに、王様は「賭けをしよう」って言ってくれた。
踊りを誉めてくれた。きれいだって言ってくれた。
オレを舞姫にしてくれた。
抱いてくれた。愛してくれた。「儀式」だけじゃなくて、国内外にお披露目する、盛大な結婚式を挙げてくれた。
王様の妃にしてくれた。
これ以上、望むことなんて何もないのに……王様は、オレを甘やかしてばかりなんだ。
今も。
「アイタージュ、新婚旅行に行こう」
豪華な王様の寝室の、広く大きなベッドの中で。オレの汗ばんだ髪を撫でながら、王様が優しい声でそう言った。
「旅行……?」
オレはまだ、王様の名残を体の中に残してて、うっとりとその厚い胸に縋ってた。
「西の城の近くに、美しい湖がある。お前に見せたい」
顔を上げて、美しい顔をぼんやり見つめると、王様は形の良い真っ黒な目でオレを見て、精悍に微笑んだ。
いつ見ても、完璧な人だと思う。
中身も、容姿も、身体も。そして、仕草の1つ1つも。
それに対してオレは、踊るのが好きなことと、王様をお慕いすることの、2つにしか自信がない。王妃っていうのも名ばかりで、だから今はただ、王様に恥をかかせないよう、必死で勉強してるところだ。
もう少し王妃らしく振舞えるようになるまで……ホントのことを言うと、宮殿の中から出たくはなかった。
黙ってると、王様がキリッと濃い眉を少し寄せた。
「なんだ、湖は行きたくないか? じゃあ、どこがいい?」
静かに訊かれて、ドキッとした。
うわ、オレ、そんな不満そうな顔しちゃったかな? 慌てて気だるい体を起こし、王様の整った顔をしっかりと見つめる。
誤解されたくなかった。
王様が与えてくれることで、不満に思うものなんて1つもない。
「あの、湖がイヤなんじゃないんです。ただ……」
ただ、もっと勉強しないと、人前に出るのが恥ずかしいこと。旅行なんてなくても、十分幸せを貰ってること。
でも、王様との旅行は楽しいだろうなと思うこと……。
思ったことを口下手なりにたどたどしく伝えると、王様はオレを固い胸に抱き寄せて、耳に心地いい低い声で言った。
「なら、行くことに決定だな」
そんな、って思ったけど、反論なんてできなかった。
王様に組み伏せられ、優しくキスされて。少しだけ肉のついた胸を押し撫でられ、唇を這わされてる内に、何も分からなくなってしまった。
王様が、無計画に旅行を言いだした訳じゃないことは、翌朝になって知らされた。
それを教えてくれたのは、王様の側近の一人で、オレの家庭教師をしてくれてる、ビルジ先生だった。頬骨の少し目立つ、ひょろりとした穏やかな男性だ。
「定期的に行かれてる、領内の視察みたいなものですから。気にされない方がいいですよ」
ビルジ先生は、人のよさそうな笑みを浮かべてうなずいた。
「そろそろ西の国境辺りは、収穫の時期ですから。そういう時に視察して、不正がないかを監視したり、農民を励ましたりされるんです」
「視察……」
つまり、お仕事のついでってことなんだろうか?
でも、例え「ついで」のことでも、王様と旅行できることには変わりない。王様が「新婚旅行」だと言えば、新婚旅行だと思っていいんだろう。
王様は本当に優しい。立派なだけじゃなくて、美しいだけじゃなくて、優しくて完璧で、幸せだ。
じわーっと胸が温かくなって、笑みがこぼれる。
「行き帰りの行程も併せて、1ヶ月程度のご旅行になるでしょう。勿論、私も侍女たちも同行しますよ」
ビルジ先生の言葉に、こくりとうなずく。1ヶ月は思ったより長いけど、王様も先生も、キクエさんたちも一緒なら安心だ。
「お勉強も勿論ですけど、湖でね、釣りもできますから」
「えっ、魚釣り!?」
先生の言葉に、心が弾んだ。
魚釣りなんて、したことない。舟遊びも、水辺をゆっくり散歩することも、オレには未知の体験だ。
「一緒に釣りをしましょうね」
先生に言われて、オレは無邪気にうなずいた。
楽しい旅行になりそうだ、と、その時は本当に思ってた。
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