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黄金の王妃・5
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キレイな宝石や、上等の絹の服には、ずっと憧れてた。
でも、そんなたくさん欲しい訳じゃなくて、手に入れたかった訳でもなくて、ただ、身に着けてみたかったんだ。
王様はオレに、たくさんの服やたくさんの宝石を贈ってくれる。
初めはあまりに恐れ多くて、遠慮してたんだけど……そういうのを身に着けて人前に出るのも、王妃の役目の1つだって、キクエさん達に教わった。
例えば、どこかの貴族から献上された宝石を……さっそく身に着けて見せるとか。普段使いとかじゃなくて、どういう重要な儀式の時に、誰からの贈り物を身に着けるか、とか。
そういうの、今は王様やみんなに任せっ切りなんだけど、そのうち自分でも判断しなきゃいけないのかなぁと思う。
それに、そういう政治的な事だけじゃなくて、王妃を贅沢に着飾らせるのは、国がどれだけ豊かなのかの指針にもなるんだって。
昼間は人に会ったり執務をしたり、オレの方は勉強を進めたり。そして夜には宴会を開いて、多くの人前に姿を見せたり……そんな風にして、数日を過ごした。
新婚旅行に来てるのに、宮殿にいる時より忙しい。人前に引っ張り出されることも多くて、王妃様らしく堂々と振舞わなきゃいけなくて、なんだか疲れたなぁと思ってた。
王様に舟遊びに誘われたのは、そんな日のことだ。
「今夜は舟で食事をしよう」
宴会も何もなく、侍女と側近と近衛兵だけを連れて、ゆっくり舟の上で過ごそう、って。
もしかしたら、オレが疲れたなぁって思ってたの、お見通しだったのかも知れない。相変わらず王様は優しい。聡明で、完璧だ。
夜になると、湖の岸辺に灯りがいっぱいともされて、灯りを乗せた舟もいっぱい浮かんでて、すっごくキレイだった。
王様やオレたちをのせた舟は、ひと際大きくて、ひと際明るい。
周りを近衛兵たちの船でぐるっと囲むのは、きっと警備上のこともあるんだろう。でも、湖に照り映える無数の灯りは、どんな宝石よりもキレイで、素敵だった。
湖の様子もキレイで感動したけど、何より意外だったのは、オレたちの乗る舟に楽器が積まれてたことだ。
横笛に竪琴、小さな木琴、小さな太鼓……。ヒザに乗せて弾く琴もある。オレはどれもダメだったけど、今となっては懐かしい。
楽器なんてどうするんだろう? 楽師でも呼んでるのかな? そう思ってキョロキョロと周りを見回してると、キクエさんたちがその楽器の前に座ったんで、ビックリした。
「まだまだ練習中で、お恥ずかしい限りですが」
そう言って礼をして、侍女たちはさっそく音楽を聴かせてくれた。旅芸一座の楽師たちとは比べるべくもないけど、でもとても上手だと思う。
一曲終わった後に拍手してると、王様に頭を撫でられた。
「アイタージュ、一曲踊ってくれないか?」
ドキッとした。どうしてオレが踊りたいなって思ったの、分かったんだろう? 王様はやっぱりすごい。
「はい!」
すぐに立ち上がり、侍女楽団の前、少し広く開いた場所に立つ。
手にも足にも鈴はないけど、そんなのはもう、どうでもよかった。月と王様とに見守られ、両腕を顔の前で交差してポーズをとる。
ゆったりと岸辺を離れ、凪いだ湖面を進む舟。周りを取り囲むたくさんの灯り。そして、オレだけのための音楽。
リャン、と最初の音が鳴って――オレはしばらく、舞姫に戻れた。
翌日も、その翌日も、相変わらず公務とお勉強の日々だったけど、少しは楽になってきた。
王様と馬に乗って、湖のほとりを散歩もしたし。約束通り、ビルジ先生と釣りにも行った。
地味な服を着て、数人の護衛を連れて、お忍びで城の外も歩かせて貰った。その護衛の近衛兵には、キクエさんたちの息子さんもいて、少しだけ話もできた。
忙しいけど、それなりに充実して楽しい日々を、そのまま過ごせると思ってた。
……首都からたった一人、不眠不休で馬を駆って、シノーカちゃんがやって来るまでは。
シノーカちゃんが到着した時、オレも王様も謁見の間で、隣国の使者の話を聴いていた。
湖を挟んで、すぐ向こう側の国の使者だ。
オレは旅芸一座時代に、何度かその国に行った事があったけど、その使者は知らない顔だった。つまり、その人の屋敷には招待されたことがないんだと思う。
オレは下働きのみそっかすだし、みにくいからって、偉い人の前には決して顔を出さないように言われてたけど……物陰から相手を眺めることくらいはできた。
知った顔の貴族だったら、オレの顔は知らないとしても、少しは話題を探せたと思う。でもそうじゃなかったから、結局挨拶ぐらいしかできなくて、オレは王様が話してるのを、隣で聴いてるだけだった。
そうしてる内に何だか外がざわざわしてきて、使者の人が話すのをやめた。
後ろに控えてた侍従が、素早く様子を見に行ってくれる。それを待ってる間、謁見の間には妙な沈黙が流れて、すごく居心地が悪かった。
王様が怒ってるって、顔を見なくても分かる。
空気がピリピリして、胸の奥がじわじわと黒く曇って行く。
とてもどっしりと座ってはいられず、オレは王様を見て、使者の顔を見て、侍従が出てったドアを見た。それが悪かったんだろうか? 王様が静かにオレを叱った。
「王妃、落ち着け」
「……はい。申し訳ございません……」
名前じゃなくて「王妃」って呼ばれて、仕事中なんだって自覚する。
そうか、自国の貴族たちの前ならともかく、今目の前にいるのは、他国の使者だ。なおさらしっかりと顔を上げて、立派なとこ見せないといけないんだ。
やがて、すぐに侍従が戻って来て、王様に短く耳打ちをした。
不愉快そうに顔をしかめ、「捨て置け」と手を払う王様。
「しかし……」
侍従は、なぜかオレの方を見て、ためらってる。
何? どうしたんだろう? 気になったけど、こんな時に口をきいていいのかどうかも分かんない。
王様の方を向いて固まってると、代わりに隣国の使者が口を開いた。
「どうしました、何か問題でも?」
興味深そうな質問に、王様は……1つ、深いため息をついた。
「実に下らない、奥向きの話だ」
一瞬、王様が何を言ってるか分からなかった。
奥向きの話? 後宮のこと?
「知らせて来たのが、王妃に忠義な侍女だったため、騒がしいことになったようだ」
王様は怒ったような口調のまま、オレの方をちらっと見た。
後宮の最高責任者は王妃であるオレで、侍女の不始末は、オレの不始末だ。でも、侍女の誰かが「下らない」ことで騒ぎを起こすなんて、考えられない。
どうしたらいいんだろう?
騒ぎの原因は何?
シノーカちゃんのことなんて、この時は何も知らされてなくて。状況も分かんなくて。でも、さっき「落ち着け」って叱られたばかりだから、そわそわすることもできなくて――オレはただ、黙って下を向くしかなかった。
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