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黄金の王妃・9
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奥に引っ込んでから、王様の側近の人達に、話し合って貰った。
花火を上げるには、隣国の職人を呼ばなきゃいけない。準備の為に、あの湖の立ち入り禁止区域にも、人が入ることになるだろう。
近衛兵のみんなで、今より一層見張りを強化して貰わなきゃいけない。
そういうのを考えるのは、正直に言うと面倒臭いし、断りたいのが本音みたい。
でも、この国の貴族からの申し出ならともかく、隣国のことだし。警備上を理由に断るのは、逆に弱点を見せることにもなりかねない。
友好を示すためにも、受け入れた方がいいんじゃないかな、ってことだった。
「王妃様のご意見は?」
ビルジ先生に訊かれたので、思ったことを素直に言った。
「お断りしてしまうのも、申し訳ないです。でも、できたら花火は、王様と見たいです」
王様を待つオレを慰めるために、って言ってくれてるのに、王様と見たいって言うの、失礼かな? でもきっと、1人で見る花火は寂しいと思うんだ。キレイでも寂しい。
王様と2人、バルコニーに並んで、「キレイですね」って笑い合いたい。
「では、1週間後に、とお願いしますか?」
オレの意見を聞いて、そう提案したのはビルジ先生だ。
「陛下は1週間後にお帰りでしょう。しかし、その日程は先方に知られていません。1週間後なら都合がよいから、と、お伝えなさいますか?」
シノーカちゃんが、宮殿からこの城にたどり着くまで、3日3晩かかったんだって。
途中、馬に水飲ませたり食事させたりしたけど、殆ど休みなく走って、3日3晩。
じゃあ、王様は……?
王様や近衛兵の馬は軍馬で、体も大きくて体力もあるから、もうちょっと早いかな?
でも、王様を不眠不休で走らせるなんて、恐れ多くてできないだろうし。休憩を入れるとしたら、一緒ぐらい?
だったら、宮殿に到着してすぐ、後宮からお姫様たちを全部追い出して、それですぐにとんぼ返りして、1週間。
「1週間、待てるな?」
王様の精悍な笑顔を思い出す。
いつも自信にあふれて、有言実行で、勇猛で聡明で完璧な王。その王様と、1週間後に花火を……?
息を詰めてると、気を遣ってくれたのか、キクエさんが温かいお茶を入れてくれた。
「さあ、王妃様。お疲れでしょう」
陶器のカップを受け取って、促されるままこくりと飲む。花と果物の香りの、ホッとするお茶だ。
でもそれでも、胸の奥のモヤモヤは消えない。
1日が本当に長い。
ぼうっと窓の外を眺めてると、あの使者に言われた言葉が、頭の中によみがえる。
――王妃様のお立場をおびやかすような。
――どこかの姫君が、ご妾妃に。
オレは目を閉じて、ぶんぶんと首を横に振った。
泣きそうになるのを誤魔化すように、温かいお茶をぐいっと飲み干して、立ち上がる。
「オレ、踊りたい。踊りたいです」
キクエさんは一瞬息を呑んだけど、でもすぐに優しく笑って、楽器の用意をしてくれた。
忙しいのに、とんでもなくワガママ言ってるって分かってる。
でも、今は何も考えたくない。
月も王様もいないけど、ずっと1人で踊って来たんだし、今更だ。
間もなく最初の音が響いて、オレは前に踏み出した。
腕を伸ばし、足を上げ、音楽に合わせてターンする。ステップを踏み、高く飛び、ふわりと着地して、またターン。指の先の先まで伸ばし、顔を上げて前を見る。
物心ついた頃から、オレはずっと旅芸一座の中にいた。
町から町、国から国へ旅をしていくのが当たり前で、ずっと1ヶ所にとどまってた記憶がない。
どうしてみんな、そうやって旅して行くんだろう?
どうして1つの町にとどまり、そこに根を張らないんだろう?
執着し過ぎるのはダメだって、一座の誰かに言われた気もする。お金も名誉も名声も愛も、永遠に続くものは何もない、って。
子供だったし、オレはひときわどんくさくて、頭も要領も悪かったから、難しいことは分かんない。
みんな、自由でいたかったのかな?
大事なモノが増えると、高く飛べなくなるんだろうか?
オレは?
……王様、は?
最後にビシッとポーズを決めると、みんなが拍手をしてくれた。
周りには侍女しかいなかったけど、みんなの明るい笑顔を貰って、オレもようやく笑顔になれた。
湖をいつものように散歩してる時だった。
エール君が突然、サッと庇うようにオレの前に出て、鋭い声で言った。
「そこの者! この時間は立ち入り禁止だ! 事前に申し渡しがあったろう!」
誰に警告したのはは、すぐに分かった。質素な、薄汚れた作業服の人が2人、慌ててその場にひれ伏してる。
「右の方が、新しい湖の管理人です」
イゼル君が、斜め後ろから、こっそりと教えてくれた。
この間、裏返して置きっぱなしだったボートは、結局、この管理人の私物だったみたい。
最近交代したばかりだから、引継ぎがちゃんとできてなかった、って。
それにしても、私物をあんなふうに置くなんて……って、エール君は随分怒ってたから、この2度目の失態に、声が荒くなるのは仕方ない。
旅芸一座なら、すぐに殴る蹴るとか当たり前だったし、罰としてご飯抜きもザラだったから、エール君が叱責だけで済ませてあげるのは、優しいなぁってちょっと思う。
のろま、とか、間抜け、とか、役立たず、とか罵る訳じゃないし。言ってることも正しい。エール君はいい人だ。
ホントは、王様が道中で言ってたみたいに、厳しくすることも大事なんだろう。
「次にやったら、ムチ打ちだぞ」くらい、言った方がいいのかも。
でも、オレにそこまでの度胸と覚悟はまだなくて――エール君がガミガミ怒ってるのを、黙って聞いてるしかできなかった。
自分よりはるかに年下のオレたちに平伏し、うなだれて叱責を聞いてる管理人さんを、ぼうっと見る。
作業服がやけに汚れてるように見えて、なんとなくチグハグだ。最近交代したのに、作業服は新調しなかったのかな?
頭や顔や手がキレイだから、余計にそう思うのかな?
古い服に、長年の汚れが染みついて落ちなくて、すっかり色が変わっちゃうっていうのは、オレだって経験あるから分かってる。
洗っても洗っても落ちなくて、でも新しい服を買うような余裕はなくて。ほんの少し前までは、オレもそんな感じだった。肌の色だって、キクエさんたちゴシゴシ洗われるまで、自分がこんな色白だとは思ってなかった。
王族貴族やお金持ちでもなければ、普通は風呂なんて入らない。湯を使うのだって贅沢だから、労働者の体が汚れてるのは仕方ない。
この辺なら、湖で体を洗ったりするのかな?
じゃあ、顔や手が汚れてないのも、すぐに洗える環境だから?
「ほら、汚い格好でお目汚しになるだろう。早く去れ!」
エール君が厳しい声で言うと、管理人さんたちは「はい」と小さく返事して、ゆっくり顔を上げ、オレの方を見ないように下を向いて立ち上がった。
その顔を見て、あれっ、と思った。管理人じゃない方の人、なんとなくだけど見覚えがある。
どこかで会ったのかな?
お忍びで街に行った時?
「管理人じゃない方の人、街で会いましたか?」
立ち去ってく背中を見送りながら、イゼル君にこそっと訊くと、イゼル君は眉をしかめて2人の背中をじっと見た。
「あ、の、見覚えあると思っただけですから、気にしないで下さい」
慌ててそう言ったけど、イゼル君は「はっ」と答えつつ、エール君と話し始めてる。
曖昧なこと言って、困らせちゃったかな?
ちょっと気まずくて2人から目を逸らし、仰ぐようにお城を見上げると、バルコニーが見えた。
最上階なんだから当たり前だけど、こうして見ると随分高い。
もし、王様があそこに立っていたら――オレがここから手を振れば、気付いて貰えるかな?
ああ、でも、オレだってバルコニーから眺めるのはいつも、湖の水平線やそれを囲む木々、湖面に泳ぐ水鳥だ。わざわざ下を向いて、覗き込むようには岸辺を見ない。
王様もそうかな?
いつも顔を上げ、前を向き、胸を張って堂々としてる王様。下なんて見そうもない王様。
オレがここに立ってても、気付いて貰えないかな?
それとも、「呼んだだろう?」って余裕の顔で、優しく笑ってくれるかな?
……アイタージュ、とオレを呼ぶ低い声。オレだけが知ってる、甘い微笑みを思い出す。
花火のこと、念のため早馬を出して、王様に知らせて貰った。
といっても、王様達も早駆けしてるから、どれだけ早く伝えられるかは分かんないらしい。
でも、それでも良かった。
オレ、王様に伝えたいだけだから。花火を用意して待ってますよ、って。だから、花火に間に合うように戻って下さいって。
宮殿に……他の姫君のいる場所に、オレを置いて長居しないで下さいって。
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