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黄金の王妃・10
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王様が出発してから5日目、つまり花火の夜まであと2日と迫った頃、王様からの返事が来た。
別に口頭の伝言でよかったのに、王様はわざわざお手紙を書いて、封をして送ってくれた。
でも、手紙を届けてくれた使者は、こちらから行って貰った人とは、違う人だ。本当に大急ぎで伝言を届けてくれたらしくて、こちらからの早馬の使者さんは、過労で倒れちゃったんだって。
シノーカちゃんだって倒れちゃった訳だし、早馬で往復するのは、なかなか大変なのかも知れない。
「ご苦労様でした」
オレはねぎらいの言葉をかけて、それから、王様の様子を尋ねた。すると――。
「陛下におかれましては、お変わりなく、お元気でお過ごしです」
使者はオレに頭を下げて、こう言った。
「北の隣国の王女様御一行を、たいそう歓迎なされまして。後宮にお客人として、お部屋をご用意されたとうかがっております。王妃様が帰られた後には、盛大な歓迎の催しを是非に、とのことで、準備のご指示をされておいででした」
一瞬、耳を疑った。
頭の中で使者の言葉をくりかえし、ゆっくりと鳥肌を立てる。
「……そう、ですか」
と、そう応えるのが精一杯だった。
笑顔が上手に作れたかどうかも分からない。
イスに座っててホントに良かった。目まいがしたけど倒れなくて済んだ。
『王妃、落ち着け』
ほんの数日前、王様から叱られたのを思い出し、キョドキョドしそうになるのをぐっと堪える。
「報告、ご苦労だった。下がってよい、ゆっくり休め」
ビルジ先生がそう言って、オレの代わりに使者を下がらせてくれた。
北の隣国の王女様って……王様が宮殿に帰ることになった原因の、他国の王女様のことだよね。
その人に、後宮に居つかれる前に帰らせるからって、王様はオレに約束したよね?
なのに、どうして……?
無意識にきゅっと両手を握り締めると、王様からの手紙がカサッと音を立てた。
あ、手紙……。
ハッとして封を開け、震える手で手紙を取り出して広げる。隣国の王女様のこと、きっと理由が書いてるんだと思って。けど……。
――アイタージュ、元気でいるか――
と、オレを気遣う言葉の後に書かれてたのは、「花火には間に合いそうにない」ってことと、諸々の注意事項だけだった。
バルコニーから見るな。常に近衛兵を側に置くように。決められた人間以外を、立ち入り禁止区域に入れるな。関係者以外の船を禁止しろ……。
王様の指示は端的で、有無を言わせない命令形だ。
後宮のことについてなんて、1つも書いてない。
会いたいとか、会えなくて寂しいとか、そんな言葉も一言もなかった。早く帰るから、とも。
これってわざわざ封をして、親書にする必要あったのかな?
別に、誰に見られても困ることなさそうな手紙じゃない? それとも……「花火には間に合わない」ってことを、オレにしっかり分からせるため?
オレはその手紙を、呆然としたままビルジ先生に手渡した。
「お預かりしてもよろしいですか?」
ビルジ先生の言葉に、こっくりとうなずく。
「奥で一休みなされては?」
その気遣いにも、うなずいた。
今は、作り笑いすらできそうにない。お勉強するのも、誰か人に会うのも無理だ。
『お前の後宮に、他の女を一日たりとも長居させたくない……』
『居つく前に、全員、帰らせる。約束だ……』
王様の言葉も、声も、まだハッキリと覚えてるのに。なんでかな、どんな顔で言われたか、思い出せなくて寂しかった。
侍女たちにねだって、ひと踊りしてからお風呂に入り、マッサージをして貰って、冷たい果実酒を飲んで、バルコニーで涼しい風に当てられて……それでようやく落ち着いた。
ビルジ先生は、王様からの手紙について、他の側近の人たちと会議室に籠ってる。
オレもまだ、お勉強に集中できるような気分でもなかったから、お茶を飲みながら本を読むことにした。この前、王様を待ちながら読んでた、歴史の本だ。
ここは国境の砦でもあるから、昔は戦争で焼けたりもしたって。そんな痕跡は全然残ってないし、誰からも聞いてないから分かんなかった。
自分とは関係のない、ずーっと昔のことを知るのは、案外楽しい。
でも何より面白いと思うのは、やっぱり抜け道の話だ。そういう抜け道って、友達どうしで探検できたら楽しいだろうなって思う。
オレはどんくさくて、みにくくて頭もよくなかったから、一座でも友達らしい友達っていなかった。どっちかっていうと仲間外れで、いつもひとりぼっちだった。
仲間とつるんで初めての街を探検したりしたこともなくて、だから余計に憧れるのかも?
謁見の間の玉座の後ろに、小さな扉があるのはオレも知ってた。そこから、いざというときは外に逃げ出せるんだって。
でも、他にも色々隠し扉があって、秘密の出口なんかもあるみたい。今はほとんど封鎖されて、忘れられてるみたいだけど、面白い。
王様は、このこと知ってるのかな? 子供の頃に探検したこと、あるんだろうか?
王様がこの城に――オレの元に、戻ったら。一緒に抜け道、探検に行きたい。
お疲れなのに、ワガママ言っちゃダメかな? 「危ない」って言われる? それとも、「バカなこと言うな」って怒られちゃうかな?
……戻って来てくれるよね?
王様のことを考え始めると、もうダメで。オレは途端に集中できなくなって、分厚い本をパタンと閉じた。
立ち上がって、大きな窓から外を眺める。
ふと思いついて、この間の場所を探してみたけど……やっぱり前に張り出したバルコニーじゃないと、窓の下はよく見えない。
湖にはいつになく、船がたくさん浮かんでた。
立ち入り禁止の林にも、人がたくさん出入りしてる。
花火の準備が進んでた。
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