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黄金の王妃・12
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ドン!
最初の花火の打ち上がる音に、一瞬、心臓が止まるかと思った。
ヒュゥゥー、と天に向かって空を駆け、破裂して、真っ白な花がバン! と咲く。それを見て、ああ、花火の音なんだと理解はしたけど、体が音への恐怖に怯む。
幼い頃に人込みの中で、人々の頭越しに見た花火とは、全く違った。ぼうっと口開けて眺めるどころじゃない。
キレイで、怖い。
近過ぎるから? 今いる場所が、高過ぎるから? 人込みの中にいないから?
それとも……王様がいないからだろうか?
最初の一発を皮切りにして、湖に浮かぶ舟々から、次々に花火が打ち上がり始めた。
ドン!
ヒュゥゥー、ドン!
バン! ドン! ヒュゥゥー、バリバリバリ。
……ドン!
イゼル君にそっと肩を支えられて、オレはようやく、自分が震えてるのを知った。
カタカタと、小刻みに手も足も震えてる。
「笑顔で」
イゼル君が、小さな声で言った。
オレの顔なんか、誰か見てるかな? そうは思ったけど、隣国に失礼になっちゃいけないし。王妃が花火に怯える姿を、国民に見せる訳にもいかない。
こわばった頬を動かし、笑顔を作って、バルコニーから少しずつ下がる。
湖を見下ろすのも、天を見上げるのも、どちらも怖かった。何よりも、音が怖い。
――セレム様。
ここにいない王様の腕を思い出し、カクカクと震える。
「王妃様、大丈夫ですか?」
エール君の心配そうな声が、オレの耳に切れ切れに届く。
「大砲など混じってないかは、しっかり調べてありますから……」
その言葉にうなずくこともできない。
大砲なんて見た事ないけど、そういうのが怖いんじゃない。
ドン! バリバリバリ。
ヒュゥゥー、バン! ドン!
ゆっくり後ずさりするつもりが、気が付くと床に尻餅をついていた。
怖い。
と、その時。いきなり頭上に、火が走った。
ハッと振り向くと、火のついた矢が一本、カーペットの床に刺さってる。
エール君が慌てて踏み消し、部屋にいたシノーカちゃんが高く叫んだ。
火矢!?
バルコニーの方に目を戻すと、大きなかがり火を潜り抜けた矢が、火矢になって、飛んできた。
ヒュゥゥー、バン!
ドン! バリバリバリ。ドン!
ヒュゥゥー、バン! バリバリバリ。
鳴りやまない音の中、次々に飛んでくる矢。バルコニーの手すり、窓枠にカカッと刺さるのを呆然と見る。
エール君がカーペットの火を消しながら、侍女に何かを言った。
「………!」
花火の音が、それを打ち消した。
尻餅をついたまま動けないでいたオレを、壁の陰へと引っ張り込んでくれたのは、イゼル君だ。
床に刺さった矢を見ると、黒く塗られてて、なんでだろうってぼうっと思った。
誰を狙った矢なんだろう?
幾つかの矢が天井に刺さり、左斜め下からの攻撃だと分かる。
ドン! ヒュゥゥー、バン!
バリバリバリ、ドドン!
「ここなら安全です」
耳元で、イゼル君が大声で叫んだ。
爆音にマヒした耳が、辛うじてその声を拾う。
コクコクうなずいて見せながら、そうだよね、と思った。
火矢にはビックリしたけど、かがり火さえ消しちゃえば問題ない。
大砲の心配は聞いてたものの、弓矢がどうとかは聞いてなくて、それにもビックリしたけど……壁に引っ込んでしまえば、問題ない。
そう、問題ない。弓矢でオレは狙えない。
じゃあ、一体何が狙い?
ヒュゥゥー、バン!
バリバリバリ、ドン!
こっちの異常には気付かれてないのか、花火の音は続いてる。
手足が震えたままなのは、音のせい? それとも弓矢のせい?
予定とは違う理由で、バルコニーのかがり火が消された。途端に部屋が暗くなり、夜空の花火がくっきりと見えた。
その薄暗闇に染まった部屋の奥で。突然、寝室へのドアが勢いよく開いた。
花火の明かりに、鈍く光る剣。
黒ずくめの闖入者が3人、剣を手にここに来る。
なんで寝室? 思うと同時に、納得する。
抜け穴だ。城が外から攻撃された時、王族を外に逃がす抜け穴。それが寝室にもあったんだ!? ああ、でも、その抜け穴を通って攻撃されたら、どこへ逃げればいいのかな?
シノーカちゃんが叫びながら、オレの方に飛びついて来た。
「あ、あ……」
ダメだよ、危ない、オレから離れて。そう叫びたいのに声にならない。
柔らかな体を押しのけようとしたけど、シノーカちゃんは逆に、ぎゅうぎゅうと抱きついて来る。
イゼル君がオレたちを庇うように、前に立ちふさがった。腰の剣をすらりと抜く。花火が映り込み、まがまがしく白く光る鉄剣。
エール君が、叫びながら長剣を振り回した。敵の一人が、難なくそれを剣で受けた。
残り二人がイゼル君に向かう。
バリバリバリ、ドン!
ドドン! ヒュヒュウゥゥー、ババン!
バリバリ。バリバリバリ。
湖の上では、オレ達のこんな状況なんてお構いなしで、美しい花火が続いてる。
剣げきの音も、叫び声も、悲鳴も、何もかも消して。
3対2では、勝ち目もなくて。
……逃げ場所も、なかった。
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