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黄金の王妃・22
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どうすればいいのかも分かんなくて、オレはしばらく王女様とその侍女とを見比べた。
「あの……説明していただけますか?」
王女様をしっかり見つめて尋ねると、彼女は涙を軽くぬぐってうなずいた。
そして、教えてくれたんだ。
「タージュ。あなたは私の伯父、我が国の王太子の第一王子よ」
って。
「ご生母は、そこにいるナオエ。北方から流れてきた移民で、城下町で働いていたところを、お忍びの時に見初めたらしいわ。お2人はそのまま交際を続け、やがてあなたが生まれた。そこで初めて伯父は身分を明かし、あなたを王宮に引き取った。それが16年前のこと」
16年前。王宮……・
そう言われてもまるっきり覚えがなくて、自分のこととは思えない。
ただ、なんだかすごくソワソワした。
嬉しいのかショックなのか、自分でもよく分かんない。
オレは天涯孤独だと思ってたし、親が恋しくて泣く時期は、とうに過ぎてた。なのに、いきなり血縁だと名乗られても、どうすればいいのか分かんない。
素直に喜べばいいのかな?
「あなたと私は、イトコ同士。あなたが4つになるまで、共に王宮で育ったの。婚約者だったの。覚えてない?」
申し訳ないけど、覚えてない。
ゆっくりと首を振ると、王女様、ルリ様は小さく笑って、「仕方ないわね」って寂しそうに呟いた。
物心ついた頃から、オレはずっと旅芸一座の中にいた。王宮なんてきらびやかな場所にいたなんて、そんな自覚は全くなくて、困惑するしかできない。
4歳の記憶なんて、何もない。
でも彼女の顔には見覚えがあって、しかもオレにそっくりで、それは否定のしようがない。
王宮に引き取られて、お母さんとは会えなくなって。きっとお父さんにも、そんなにたくさんは会えなかったんだろう。温もりの記憶はほとんどない。
だから余計に、この年上のイトコ姫と仲が良かったのかな?
婚約者、って。もう10年以上前の話だし、オレはここでセレム様と結婚した訳だし、さすがに無効だと思うけど。でも、そう言われると、少し照れ臭い。
ナオエさんは、じゃあ、オレが引き取られた後、どうしてたんだろう?
第一王子のオレが、なんで旅芸一座に? さっき彼女が謝ったのは、オレを一座に預けたこと?
「……それで、4つの時に何があったんですか?」
イトコと母親と、2人の顔を見比べながら訊くと、ナオエさんはまた、「うっ……」と口を押えて嗚咽を漏らした。
質問に答えてくれたのは、またしても王女様の方だ。
「あなたに弟が生まれたのよ」
って。
どうやらその弟だっていう第二王子は、オレみたいな庶子じゃなくて、ちゃんとした身分のお妃様の子供らしい。
それでも、オレには婚約者がいたし、脅威に思われたんだろう。なんか、色々ゴタゴタがあって、離宮に住まわされることになったんだって。
「その当時のいきさつは、私も幼かったからよく知らないの。ただ、離宮は王宮よりも警備が手薄だから……暗殺もしやすいでしょう?」
暗殺。王女様の言葉にうなずきながら、そっとノドに手を当てる。
絞められたアザは消えたけど、記憶はまだまだ新しくて、思い出すたびに鳥肌が立つ。
あの時「王子」って言われたと思ったの、あれ、聞き間違いじゃなかったのか。「今更」……何て言ったっけ?
「4歳のオレは、暗殺……されかかったんですか?」
ナオエさんに向かってそっと訊くと、彼女は薄い金の頭をこくりと下げて、「はい……」ってはかなげに答えた。
肌の色が、抜けるように白い。
オレの瞳は薄茶だけど、彼女は薄い水色で、何となく先週までいた、あの湖を思い出した。
肌の色も髪の色も、小柄で細身なのも、きっとこの人から貰ったものなんだろう。みにくくてみすぼらしいどころか、彼女はとうがたってても美しくて、王太子が見初めたって話も分かる気がした。
「離宮には私も一緒に行くことになりました。けれど、城下町を出た途端、さっそく賊に襲われて……。このままでは殿下をお守りできない。そう思い詰めた私は、知り合いの旅芸一座にあなた様を……!」
そう言って、またわあっと泣き出すナオエさん。
オレが4歳の頃って、彼女はいくつだったんだろう?
「どうか罰してください!」
泣きながら懇願されても、そんな罰を与えようとは思えないし、困ってしまう。
旅芸一座では、確かに殴られ、小突かれ、罵られてばかりの生活だった。いくら踊りの練習をしても、それが認められることはなくて、ずっと劣等感しか持てなかった。
善人ばかりの集まりじゃないし、騙されたり、いじめられたりも多かった。
正直、幸せだったとは言えない。
でも同じく、不幸だったとも言えない。踊りも音楽も習わせて貰ったし、読み書きだって教わった。今オレが、ここでこうして王妃として暮らしてられるのも、旅芸一座があったからだ。
感謝は、ちゃんと口に出さなきゃ伝わらない。
仕えてくれるみんなに、自分の気持ちを伝えるのはとても大事なんだって、新婚旅行中に分かった。
ナオエさんはオレの侍女じゃないけど、親子だからって甘えるんじゃなくて、やっぱりここは、口に出すべきだと思う。
「オレは、今、幸せです」
立ち上がり、オレはナオエさんの前にゆっくりと歩み寄った。
他の侍女たちがサッと道を開き、オレをまっすぐ通してくれる。
ナオエさんはわなないて、バッと床に平伏した。けど、いくら王妃だからって、実の親にそんな真似させるのおかしいよね。
抱き起こしながら、ちらっとキクエさんを見ると、優しい笑顔でうなずいてくれた。だから、間違ってないんだと分かった。
エール君やイゼル君の顔が頭に浮かぶ。
オレは、あんな風になりたい。
「顔を上げてください。オレは今、幸せです。旅芸一座があったから、今のオレがいるんです。オレを産んで、守ってくれてありがとう」
にっこりと微笑みながら両手を握ると、その手は白くて細くて小さくて、そしてとても温かかった。
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