アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
黄金の王妃・24
-
「お前の踊りを見せてやるといい」
王様にそう言われて、ルリ王女やナオエさんに踊りを披露することになった。
正直、助かったなって思った。いくら肉親の名乗りを上げられても、懐かしいとは思うけど、実感がわかない。ナオエさんは特に、オレと一緒に住んでた訳じゃなさそうだし。感動の再会って訳にもいかなかった。
王子って言われても、戸惑う。弟のことなんて、何も記憶にない。
今のオレは王妃だ。旅芸一座で育った踊り子で、セレム様のお妃様。隣国の王子じゃない。
キクエさんたちにも、その気持ちは伝わってるんだろう。
「とびっきり豪華に致しましょうね」
「演奏も、精一杯努めさせて頂きます」
衣装とお化粧の準備をしながら、真面目な顔でそう言ってくれた。
薄くて上等な、美しい絹の服。光を反射してキラキラ輝く、たくさんの豪華な宝飾品。足元に敷かれたカーペット。オレのためだけの楽団。
少し前まで、遠い夢でしかなかったそれらが、今は手のひらの中にあって嬉しい。
王子だというなら、王様みたいに剣を持ち、エール君やイゼル君みたいに、誰かを守るような青年を目指すべきなんだろう。でもオレは、そんな風に育たなかった。
剣を持つよりも、踊りたい。
カーペットの上に素足で立ち、ポーズを取る。
りゃん、と最初の音が鳴って、オレは足を高く上げた。
王女様たちのためって名目だったけど、やっぱり視線は、自然と王様にばかり向けられた。
手を伸ばす。足を伸ばす。リズムに合わせてステップを踏み、片足を上げてターンする。
衣装がキレイに膨らむように、腰をひねって静止する。
指の先の先まで、意識するようにって教えてくれたのは誰だっただろう? ポーズを1つ1つ、丁寧に決めるようにって教えてくれたのは?
物心ついた頃から、旅芸一座の中にいた。
結局、宴会では一度も踊らせて貰えなかったけど、旅から旅をした12年間は、決して不幸なんかじゃなかった。
王女様が、ナオエさんが、泣きながらオレを見つめてる。2人にも、そしてここにいないお父さんにも、舞姫であるオレを認めて欲しい。
オレは首を巡らせて、踊りながら2人を見て、王様を見た。
不幸じゃないと言えるのは、王様のお陰だ。
満足そうに優しい笑みとうなずきをくれて、オレも嬉しくて笑みを浮かべた。
テンポを増す太鼓の音。
少しぎこちないメロディが、曲の最後を教えてくれる。
きりきりきりっ、と3連続のターンを決め、ポーズを決めて静止する。薄い絹の衣装がふわっと風を受けて膨らんで――余韻を残して鎮まった。
ルリ王女が盛大な拍手をしてくれた。その侍女も。ナオエさんは、また泣きだしてしまったけど、嘆く必要なんてないと思う。
息を弾ませながら側に寄ると、薄い肩が震えてるのが分かった。
ホントにこの人が、オレのお母さんなのかな? そんな風に泣いてる姿は記憶になくて、やっぱり戸惑う。
「あの、笑って貰えませんか?」
彼女の前に屈み込み、オレはもっかい、白くて細い手に触れた。
きらめく金の髪が記憶の隅をかすめるけど、覚えがあるのは、泣き顔じゃない。
「笑顔しか覚えていないんです。だから、泣いていては、お母さんだと分からない」
オレがそう言うと、彼女はびくんと顔を上げて……「アイタージュ」と小さくオレを呼んだ。
そして、見覚えのある顔で、笑った。
その夜は本当に久々に、王様の広い寝台の上で抱かれた。
帰りの道中、あんなに不安でたまんなかったのが、今ではウソみたいに落ち着いた気分だ。
王様にも分かっちゃったみたい。「今夜は眠れそうか?」って訊かれた。この優しい人に深く愛されて、幸せだなぁと思う。
厚くたくましい胸に縋って、甘い余韻にうっとりと浸ってると、太く長い指にそっと髪を掻き上げられた。
「お前はきれいだ、アイタージュ。お前の美しいイトコ姫よりも、母親よりもきれいだ」
「きれい」と「美しい」はやっぱり違うと思うけど、オレはもう、あんま気にしてない。
たくさんの美しいお姫様たちより、オレを選んでくれて嬉しい。
後宮に隣国の王女様を……って、すっごく心配したし、気に病んでたけど、それも全部オレのためだった。秘密にしてたんだって、きっと、ぬか喜びさせないようにっていう配慮だったんじゃないかと思う。
王様は優しい。
王様の側近も、あの大臣も、優しい。
「ご生母とは話ができたか?」
頬に口接けをくれながら、王様が訊いた。
「身の安全を考えると、お前を隣国には行かせたくない。父君との面会はなかなか難しかろうが、戴冠の折にでも会えるだろう。せめて、ご生母だけでもこちらに留まって頂こうと思うが、どうだ?」
そんな風に、先の先まで考えてくれる。王様は相変わらず聡明で、優しい。
「お任せします」
美しい顔をうっとりと見上げて答えると、形の良い真っ黒な目が、オレをじっと見下ろした。
「後宮に他の姫を入れたくないのは、お前以外いらないからだ。だがそれだけじゃない。オレはお前自身にも、美しい女を近付けたくない。お前のこのきれいな目が、オレ以外に向けられるのは許せない」
「そんな……」
オレが王様以外を見るなんて、有り得ないのに。
ああ、でも、あのルリ王女が、かつては婚約者だったなんて聞いたら、王様はどう思うんだろう? それとも、もう知ってるんだろうか?
「お前は、オレだけのものだ」
闇色に染まる視線に絡め取られ、歓びが背筋を駆け上がる。
こんな素晴らしい、完璧な王様に、強く愛され、求められて嬉しい。これ以上の幸せはない。
「イトコ姫には、早々に帰って頂くが、いいな?」
再びオレの上に覆いかぶさりながら、王様が訊いた。
「はい」とうなずく間もなく、温かく大きな手のひらが、オレの薄い胸を押し撫でる。
「シノーカとかいう侍女も、お前に心酔し過ぎるようだ。エールとイゼルといったか、あの若き近衛兵も油断ならん。これからは、笑顔を安売りするな」
そんな言葉を聞きながら、首筋に、胸元に、舌や唇が這わされる。的確な愛撫に翻弄されて、たちまち息が弾み出す。
強い楔に貫かれ、思うままに踊らされる。
「あっ、ああああっ」
声を上げると、王様が満足そうにふふっと笑った。
「後宮中に響くくらいの大声で啼け」
そんな意地悪なことを言いながら、強く強く揺さぶられた。
今でもオレは、命を狙われてるのかも知れない。それは腹違いの弟かも知れないし、その母親かも知れない。もっと別の誰かかも。
でも、この腕の中にいる限り、もう何も恐れることはない。
聡明で勇猛で、若く美しく、強くて頼もしい「くろがね王」。その王様に深く愛されて、オレはいつも通り安らかに眠った。
その後オレは、大臣にも感謝の気持ちを伝えた。
普通に礼を言ったら、また得意顔で上からニヤリと笑われる気がしたので、廊下で見かけた時に、駆け寄って飛びついて、頬にキスして「ありがとう」を言った。
大臣はすっごく驚いて、「なっ……!」と絶句してた。
「心臓が止まるかと思いました」とか、「年配の者に敬意を」とか「王妃たる者の品格は」とか、くどくどと小言を言われたけど、ずっと赤い顔のままだったから、ちっとも嫌味に聞こえなかった。
「陛下のお耳に入ったら、殺されます」
真面目な顔で文句を言われて、何となく親しみを感じて、くすっと笑う。
でも、これくらいの意趣返しはやってイイと思うんだ。
オレへの顔合わせのためにルリ王女を招待したのは分かる。それを不自然に見せないよう、カモフラージュとしてお姫様たちを大勢集めたのも分かる。
けど……絶対それだけの理由じゃないよね? あわよくばお妃に、と、思ってたに違いない。
王様のことを王様としてヒイキしないように、大臣は、オレのことも王妃としてヒイキしない。大臣はきっと、彼なりに国のこと、大事に考えてるんだと思う。
信じていい人なんだって、今回のことでようやく分かった。
ナオエさんは、王女様が帰国した後も、王様の計らいでこの国に残った。そして、今までの分もオレの世話がしたいと言って、オレの侍女の一人になった。
王様は勿論、王妃の生母として遇するって言ってくれたんだけど、どうしてもって聞かなかった。
「私はかしずかれたい訳じゃないんです。ただ、我が子の世話を焼きたいんです」
って。
やっぱり年が近いからかな、ナオエさんはすぐに他の侍女達と仲良くなって、あっという間に溶け込んでしまった。
何日経っても親子だっていう実感はわかないままだけど、何となく、侍女としての職務以上に愛情をくれてる気がして、嬉しい。
立場上、「ナオエさん」「王妃様」と呼び合ってるけど、オレに特別な笑顔をくれるなら、呼び名なんてどうでもよかった。
相変わらずオレは、王妃としては未熟で、完璧には程遠い。
踊ることと、王様を信じることにしか自信はないし、まだまだ勉強することもいっぱいある。
王様やビルジ先生の助言が無ければ満足に受け答えもできないし、笑顔だってぎこちないし、聡明でも美しくもないし、ダメだなぁと思うこともいっぱいだ。
でも、だからこそ精一杯努力して、隣国の父の耳にもいい評判が届くような、いい王妃になりたいと思う。
聡明で勇猛で、若く美しく完璧な、愛する「くろがね王」のすぐ側で。
(黄金の王妃・終)
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
33 / 45