アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
王妃の祈り・1
-
「タージュ、月の舞姫の祈りって知ってる?」
ルリ王女の言葉に、オレは「祈り?」と首をかしげた。
聞けば、結構有名なおとぎ話らしい。舞姫に憧れて、ずっとそうなりたいって思ってたオレとしては、ちょっと興味をそそる話だ。
初耳だったので素直に「知りません」って答えると、文句を言われた。
「絵本、読んであげたじゃない!」
って。
「たくさんのクッションに埋もれながら、2人並んで、一緒に絵本を読んだでしょ? 私が絵本を開く横で、あなたはいつも、クッションを抱えていたわ。覚えてないの?」
そう言われれば、何となくそんなこともあったような気がするけど、絵本の内容までは覚えてない。
そもそも絵本なんて好むのは女の子で――オレは、今でこそ「王妃」って呼ばれて後宮に住んでるけど、一応これでも男だし、おしとやかに絵本を読んで空想するようには育ってなかった。
そう言えば、旅芸一座の女の子たちも、よくおとぎ話や伝説なんかの話をしてた気がする。あれはもしかしたら、その舞姫の物語だったのかも知れない。
北の隣国の王様の孫で、オレのイトコでもあるルリ王女は、12年ぶりの再会を果たして以来、堂々とオレを訪ねて来るようになった。
秋には珍しいリンゴ酒を持って。冬には「うちの国は雪がひどくて」と言って。
先日も「花の季節になったわね」と言って、やって来た。2週間くらい滞在するつもりらしい。
次は、古い絵本でも持って来るのかな? キクエさんたちが、王女様の侍女たちからさり気なく聞き出したところによると、どうも縁談から逃げ回ってるみたい。
オレは無事、隣国の王太子の第一王子として復位することができたんだけど、すでにこの国の王妃になってることもあって、ルリ王女との婚約は復活しなかった。
ただ、王位継承権は復活したって聞いた。
隣国にとっても、この国の王妃になったオレとの血縁は、かなり喜ばしいことだったみたいだ。後ろ盾になってくれたことは嬉しいけど、王位継承権とか、余計なものはいらないのになぁと思う。
辞退できないか相談したら、それは大臣に反対された。ということは、よその国の王位継承権を持ってるのって、この国にとって悪いことじゃないんだろう。
王族の縁談には、政治が不可欠なのかな? 今は逃げ回ってるルリ王女も、やっぱり政略結婚の道具にされちゃうんだろうか?
それを考えると、少しくらい羽を伸ばす手伝いをしてあげてもいいのかな?
普段後宮には、オレ以外にお妃様がいないからシーンとしてるんだけど、ルリ王女が大勢の侍女を連れてやって来ると、途端に賑やかになる。
大臣はというと、王様との縁談は諦めたみたいだけど、この国の有力貴族の子弟を集めて、積極的に宴会を開いたりして、それなりに歓迎してるみたい。
王女様がいる間は、そうやって宴会も増えるし、お茶会も増える。自分の時間も取れなくなるし、王様の機嫌はどんどん悪くなるし、ペースを乱されて、実の所、すごく疲れる。
でも、国の習慣とか政治や噂話なんかを、色々教えてくれるのはありがたい。
母国の王子として復位したオレは、この国の王妃としての勉強だけじゃなく、隣国の王子としての勉強もしなくちゃいけなくなった。
勉強は相変わらず大変だけど、1つ覚えると1つ嬉しい。
王様の側に立つためにはどれも必要なんだから、頑張ろうって思えた。
宴会は増えたけど、オレが踊りを披露するのは後宮の中だけだ。
オレのいた一座とは違うけど、時には楽団を呼んだり、踊りを見たりすることもある。
他の踊り子の素晴らしい踊りを見ると、オレも踊りたいなぁって思う。でも、後宮以外で踊ることを、王様は許すつもりないみたい。
「お前はオレだけの舞姫で、それ以前にオレの王妃だ。他の男の目になど、触れさせぬ」
って。
でもそうやって独占欲を見せてくれるのは、ホント言うと嬉しい。
愛されてるって思う。
聡明で勇猛な「くろがね王」として、国の内外で称えられてるオレの王様、セレム様は、評判通り有能で力強く、賢明で凛々しい人だけど……時々嫉妬深くて、でも、そんなところも大好きだった。
もう婚約はなかったことになってるっていうのに、ルリ王女相手にも嫉妬するのかな?
西の城にいる間は、オレの方こそ嫉妬して胸を焦がしてモヤモヤを抱えてたのに、今はまるっきり逆で、おかしい。
でもあの時は、「オレにはお前だけだ」って王様に言って貰えて、それがすごく嬉しかったし、救いになった。
だから、オレも同じように王様に言うんだ。「オレは一生、セレム様のものです」って。
でもやっぱり、ご機嫌は直んないみたいで、王女様がいる間はいつも以上に執拗に抱かれる。
「お前がどんな声で啼くか、イトコ姫にも聴かせてやれ」
って。
そんな、って思うけど、抵抗なんかできる訳がない。
たくましい腕に抱かれ、完璧なその体に組み敷かれると、もう王様に縋ることしか考えられなくなってしまう。導かれるまま喘いで高く声を上げ、その内耐え切れなくなって、気が付けば朝になってたり。
実際には、後宮って広いから、どんなに大声を上げたって、オレの声がイトコの耳に入ることはないんだろう。けど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
「陛下もお若いこと」
「愛されていらっしゃいますわねぇ」
侍女たちはそう言っておおらかに笑ってるけど、その中には実母のナオエさんもいて、複雑だ。
今夜は王様の閣議が長引いてるそうなので、ルリ王女と2人で晩ご飯を食べた。
「やっぱり、タージュと2人だと落ち着くわ」
王女様はそう言って機嫌良さそうにしてたけど、王様の機嫌は今頃、悪くなってるのかも知れない。
でも、王様は元々お忙しい方だ。無用な嫉妬で会議を中断するほど愚かでもないし、責任感が高くて、仕事熱心で、ホントに立派な君主だと思う。
後宮はオレの管轄だから、王女様の接待も、オレの仕事だ。
そう思えば、王妃としておろそかにはできなかった。
食後のお茶を飲みながら、ルリ王女が国で流行ってる歌や物語を聞かせてくれた。
海賊や盗賊の話とか、歌とか、旅芸一座にいる間に耳にしたようなのもあったけど、初めて聞くものもあった。
その中に、例の舞姫の話も出て来たんだ。
「月の加護のもと、舞姫が千夜の踊りを捧げると、その祈りが月に届くのだそうよ」
おとぎ話じゃなくて、言い伝えだって。
どこがどう違うのか分かんないけど、「作り話じゃないのよ」って言われた。
「へぇー……素敵ですね」
王女様の話に、オレは興味深く聞き入った。おとぎ話なんて女の子の趣味だと思ってたけど、これは別だ。
月の加護、千夜、祈り――。
考えれば考える程、胸の奥がざわっとした。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
34 / 45