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王妃の祈り・2
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王様と出会うまで、オレは月明りの下、いつもたった1人で踊ってた。
月だけがオレの観客だったから、いつも月のために踊ってた。バカにせず、ののしらず、静かに見守ってくれる月に、感謝と祈りを捧げてた。
いつからそうし始めたのかは覚えてないけど、1年は365日なんだから、千夜っていったら3年だ。3年以上は確実に踊ってて、ああ、と思う。
当時のオレの願いはっていったら、勿論舞姫になることだ。
いつか美しい衣装を着て、赤いカーペットの上で、楽団や踊り子たちを従えて、大勢の観客の前で踊りたい。いつか、オレの踊りを誰かに認めて貰いたい、って。
みんなから「みにくい」「どんくさい」ってののしられ、下働きばかりさせられてたオレだったけど――それでも、ずっと願ってたし、祈ってた。
どうしよう、胸がざわざわする。
薄汚れた、みすぼらしい旅芸一座の下働きだったオレが、今は一国の王妃で、隣国の王子でもあって。素晴らしくて完璧な「くろがね王」の愛情を一身に頂いて、こうして幸せに暮らしてるのは、今でも夢みたいだなぁって感じることがある。
でも、それが月の祈りのお陰だったとしたら、なんだか全部、信じられる気がした。
今のオレがあるのも、もしかしたら月のお陰だったのかも知れない。月が、オレの祈りを聞き届けてくださったのかも。
一旦そう思ってしまうと、今すぐお礼を言いたくて仕方なかった。
お風呂の後、さっそくキクエさんに頼んで、踊り子の衣装を着せて貰った。
キクエさんたちも、給仕をしながら王女様の話を聞いてたんだろう。理由を尋ねることもなく、笑顔で支度をしてくれた。
薄手の美しい絹の衣装。両手両足に着けて貰った鈴が、しゃらんと小さく涼やかに鳴る。
「音楽はご入り用ですか?」
優しく尋ねてくれたけど、それは要らない気がして、断った。
オレのための音楽、オレのためだけの侍女楽団は、とても嬉しいし大切だ。でもそれも、月のお陰なのかも知れない。
王様はまだ、会議から帰ってこない。灯りを消した寝室に、今はオレひとりだけ。大きな窓から、白くて丸い月が見える。
「ありがとうございました」
オレは鈴を鳴らさない足運びで窓辺に寄り、月に向かって手を合わせた。
じわっと胸が熱くなる。
王様と初めて出会った夜も、こんなキレイな月夜だった。
豪華で美しい宮殿の外廊下、中庭を挟んだ向こう、遠い大広間からかすかに聞こえる音楽に合わせ、月明かりの中、ひとり寂しく踊ってた。
ありがとうございました、と、月に手を合わせてお礼を言った直後だった。パンパンパンパン、と初めての拍手を貰えたのは。
踊りを誉めて貰えたのも、「みにくくない」って言って貰えたのも初めてだった。
全部、あの月の夜から始まったんだ。
にじんだ涙をグイッとぬぐい、1つ深呼吸してポーズを取る。シャン、と澄んだ鈴の音が鳴った。
音楽は、オレの心の中にある。
太鼓の音、笛の音、琴の音……。記憶の中の音楽に合わせ、手を伸ばし、足を伸ばす。ステップを踏んで高くターン。腰を落として低くターン。
腰をひねり、手首をひねり、鈴が軽やかになるように、きっちり足を踏みしめる。頭上の月をしっかり見上げ、指の先の先まで伸ばして月に向かって手を伸ばす。
月だけがオレを見てる。
聡明で勇猛で、若く美しい「くろがね王」の後宮の、最奥の寝室。
音楽も観客も、何もなくて。でも少しも気を抜かず、指先や爪先まで、しっかり神経を張り詰める。できるだけ優雅に、丁寧に舞う。
ホントは王妃として、国の豊穣とか平和とかを祈るべきなんだろう。
でも今のオレはまだ、そんな大きな祈りを捧げるには未熟で。だからせめて、みんなの笑顔を願おうと思う。
民のみんな、周りのみんな、ルリ王女やお母さん、遠くにいるお父さん、仕えてくれるキクエさんたち、守ってくれるエール君だち、そして愛する王様が――明日も笑顔で過ごせるように。
月が見守ってくださるように。
これから幾千夜――。
オレは、月から目を逸らさずに、月のことだけを思って踊った。踊ろうとした。けど。
「アイタージュ!」
いきなり王様の声がして、驚く間もなく、強引に後ろから抱き上げられた。
「ひゃあっ!」
びっくりした。踊りに夢中で、王様が部屋に入って来たことにも、オレ、全然気付いてなかった。
悲鳴を上げて、すぐに王様だと気付き、慌てて「すみません」と頭を下げる。
でも、王様はオレを下ろしてくれるつもりはないみたい。
「まったくだな」
怒ったようにそう言って、オレを抱えたまま寝台の方に足を向ける。
大きく清潔な寝台の上に、ドサッと投げ落とされた瞬間、手足の鈴がシャンッと鳴った。
「言っただろう? お前のこのきれいな目が、オレ以外に向けられるのは許せない。他の男に、お前の舞い姿を見せることも、許さない」
そんな言葉と共に、王様が寝台に乗り上がる。
顔の両脇に、ドンと両手を突かれて、ドキッとした。素晴らしく整った凛々しい顔が、オレを真上から覗き込む。キリッと濃い眉の間に、深いしわが刻まれてて、王様のお怒りをじわじわと感じた。
でも、どうして怒られてるのか、分かんない。
王様以外? 他の男?
「え……っ?」
ここには、オレと王様しかいないのに?
「お前はオレの王妃で、オレだけの舞姫だ。これからは気安く踊るな」
王様の漆黒の瞳が、闇をたたえてまっすぐにオレを射抜く。
響きのいい声に、ぞくりとした。
「あの、でも……月に……」
震える声でそう言うと、王様の眉がピクッと跳ねた。
「『でも』は禁止だ」
その傲岸なセリフに、以前にも似たようなこと言われたの思い出した。
『イヤもダメも禁止』
王様に、そう言われた夜。初めて踊りを認められ、見出され、王様と出会って結ばれた、運命の夜のことを。
ああ、やっぱり、全てはあの夜から――。そう思うと、笑みがこぼれた。
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