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王妃の祭り・1
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城下町のあちこちに、白いランタンが次々と設置されていく。
軒下や屋根の上にもちらほらあるが、ほとんどは地面だ。通行の邪魔になるのでは、との意見もあったが、「月祭り」というからには、月が主役だ。
月明かりの美しさを味わうためにも、できるだけ高い場所に、明るい物は置かない方がよかった。
ランタンを白に統一させたのも、同じ理由からだ。
色とりどりのランタンを飾れば、「ランタン祭り」になってしまう。それじゃあ意味はないだろう。
讃えたいのは月だ。
オレと最愛の王妃を出会わせてくれた月。そして、その加護を受けた舞姫。
アイタージュ――。
月祭りの話を聞いて、喜んでいた顔を思い出す。
「陛下のご成婚1周年記念に、国を挙げて祭りを催すというのはいかがでしょう?」
数ヶ月前の会議の席で、そう提案したのは大臣だった。
大臣は、良くも悪くも正直な男だ。隠し事はよくするが、嘘はあまり言わない。
悪いことは悪いとハッキリ言うし、態度が大きければ声も大きい。こぶしを振り上げて正論を吐き、君主さえ論破する、その強さが以前は苦手だった。
その大臣がかなり丸くなってきたのも、アイタージュの影響はあるだろう。
生い立ちのせいか人見知りで、頑張り屋の癖に自己評価が低いアイタージュ。最初はその彼を王妃に迎えることに、大反対してたくせに。実はそれなりに認めてはいたらしい。
あちこちに手を回し、自ら動いて、隣国の王族の庶子だったと見事に突き止めて見せたのも、大臣の手柄だ。
アイタージュが自分から大臣に駆け寄り、頬に口接けて礼を言ったと聞いた時は、冗談ではなく、どうしてやろうかと思ったものだが、それもまあ済んだ話だ。
「周辺諸国にはない、我が国ならではの祭りを催せば、観光資源にもなるでしょう。我が国の国力を示す、よい機会にもなり得ます。なにしろ我らが王妃様は、国民に愛されておいでですから」
大臣のその提案に、反対意見は出なかった。
月に舞いを奉じるのはどうか、と提案してきたのは誰だったか。
市民が踊り、あちこちから集めた舞姫たちが踊り、それから最後に、王妃が踊る。それが終わると再び舞姫たちが踊り、以後は夜通しの無礼講とする。
ランタンの灯りが照らす街の中、夜通しみなで歌い踊り、笑って、盃を交わせばいいと思う。
治安維持にはなかなか苦労しそうだったが、見回りの兵士の衣装も、ランタンと同じく白で統一してやれば、物々しさも軽減するだろう。
ランタンの設置場所、屋台や露天の登録、舞い手の募集、巡回順路の計画……考えることは山積みで、オレも大臣も側近たちも、忙しい毎日を送っている。
アイタージュも。
「皆の前で、舞を奉じてくれ」
そう頼んで以来、舞いの練習や振付決めに忙しくしているようだった。
どんな美しい衣装も、豪華な宝石も、恐れ多そうな顔でしか受け取らないくせに。舞の件を頼んだ時、輝くような笑顔で「はい!」と返事したアイタージュ。
嬉しいのは、結婚1周年の祭りか? それとも大勢の人前で舞えることだろうか?
本当は前に本人にも告げた通り、オレ以外の前で踊らせたくはない。月にさえ嫉妬するのに、その他大勢の前で踊らせるなど、冗談じゃないと思う。
「国一番の舞姫を、普段は独り占めなさってるんですから」
デュランら側近たちになだめられたが、気に食わないものは仕方ない。
だがまさか、「では、陛下もご一緒に舞われては?」と言われるとは思わなかった。
言ったのは勿論、大臣だ。
相変わらず自信たっぷりの顔で、余裕の笑みを浮かべながら、こちらの反論を封じて来る。なまじ忠臣で愛国心が強く、有能だから余計に厄介な相手だった。
さらに侮れないのは、それをすぐにアイタージュに漏らしてしまう手腕だろう。
「セレム様も、ご一緒に舞ってくださるって、ホントですか?」
夜の後宮で、嬉しそうな顔で無邪気に訊かれたら、否定などできなかった。
「確かにそういう案は出たが……」
やんわりと、まだ未定だと知らせると、しょげ返った顔で謝られて、胸が痛んだ。
「あの……オレ、勝手に喜んじゃって。ごめんなさい……」
そんな顔をさせたかった訳じゃない。そんな雰囲気では、夜の営みも楽しめない。謝罪が聞きたかった訳でもなかった。
「踊らないとは言ってないだろう」
月明かりに輝く、柔らかな髪を撫でて抱き寄せる。
「そんなにオレと踊りたいか?」
白い顔を覗き込むと、上目遣いで見つめられ、素直にこくりとうなずかれた。
「オレの踊りはセレム様のものです。でも、月に奉じるなら、2人の方がいいです」
そんな可愛いことを、後宮の寝室で最愛の王妃に言われれば、「いいだろう」と許してやるしかない。
大臣の思惑通りのようで面白くはなかったが、アイタージュがこんなに望むなら、きっと悪い案でもないのだろう。
「なら、振り付けはお前が決めろ。ただしオレは、お前のように身軽でも、体が柔らかくもない。ちゃんと考えて決めるんだぞ?」
オレの言葉を聞いて、アイタージュが眩しく笑ったのは、言うまでもないことだ。
「はい!」
いい声で返事して、可愛く飛び込んでくる華奢な体を、胸の中に抱き締める。
薄布の夜着をはぎ取り、寝台の上に横たえても。深く口接けて、すべらかな肌を撫でても。王妃は、嬉しくてたまらないという顔のままだったから……。
それが可愛くて仕方なくて、その夜はいつも以上に手加減ができなかった。
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