アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
王妃の祭り・2
-
周辺諸国にも、招待状を兼ねて告知を行った。
新婚旅行の時、花火の件で世話になった西隣の国からは、また花火はどうかと申し出があった。勿論、今回は有料だ。
だが逆に、「費用のことはご心配なく」などと言って来られるより、好感は持てる。
国同士のやり取りにおいて、借りはあまり作らない方がいい。向こうに何も思惑がないとしても、せいぜい高値で職人を雇い、花火を仕入れてやる方が得策だろう。
西の湖での花火の話は、首都でも噂になったと聞く。月祭りの趣旨とは少々ずれるような気もするが、翌日に後夜祭と銘打ち、派手に打ち上げてやれば、いい区切りになるだろう。
宮殿の最上階から、アイタージュと2人で眺めてもいい。
何より彼が喜ぶだろうと思った。
アイタージュの出身、北隣の国からは、彼の従姉妹に当たるルリ王女が来るそうだ。
もう何度目の訪問かとも思うが、こちらとしても扱いに慣れていて、気を遣うこともない。婚約者だったと聞けば内心は複雑だが、アイタージュの身の安全を考えれば、王太子とその正妃が来るよりも都合がいい。
実父に会えるのは遠そうだが、アイタージュの命を狙ったのが誰なのか、まだ確たる報告を受けていない以上、警戒は怠れない。
またアイタージュ本人も、幼い頃に別れたきりの実父については、特に思い入れもないようだった。
何といっても、今は実母が侍女として側にいる。奥向きのことは王妃の管轄で、オレは把握をしていないが、それなりに仲良く暮らしてるようで安心する。
アイタージュには、いつも笑顔でいて欲しい。
そのためには良い政治をして、平和で豊かな国を一緒に作っていく。それが一番だと思っている。
こんなに愛おしく思える存在と出会えたのは、本当に奇跡だ。
今でもハッキリと覚えている。1年前の宴会の日――ボロをまとわされ、宴会のおこぼれにもあり付けず、外廊下でたった1人踊っていた少年。
小汚い格好をさせられ、虐げられていたにも関わらず、大きなその目は曇りなく輝き、美しく月を映していた。
自分を「醜い」と言いながら、身を守るようにうつむき、震える彼のことを、オレは素直にきれいだと思った。
お世辞でも、社交辞令でもない。
泥にまみれつつも手を染めず、真っ白で無垢なまま舞っている様子は、ぬかるみに落ちた1粒の真珠のようだった。
奪われても盗まず、罵られても恨まず、転ばされても殴りかからず、我をなくすことのない高潔さ。美しく着飾り、媚びを売る美姫たちの中に、同じ心を持つ者がどのくらいいるだろう?
その一方で、オレが大臣に嫌味を言われているのを聞くなり、夢中でくってかかるとは。まったく、あれの心の美しさには恐れ入る。
惚れずにはいられなかった。
アイタージュが皆に認められたのも、恐らくはその高潔さが垣間見えたからだ。
努力家で自己評価が低く、それでいて他の人間を素直に認めてまっすぐに誉める。そんな愛らしい性格が、日を追うごとに分かって来て――なおさら周囲の者を惹き付けた。
侍女や近衛兵、貴族や有力者、他国の使者も。皆アイタージュと深く付き合うごとに、あれの美しさに惹かれていく。
それが自分の王妃だという事実に、誇らしさを感じるのは勿論だが、それよりも独占欲が沸き上がって仕方ない。
これはオレの妃だ。オレのものだ。
できれば後宮の最奥に閉じこめて、オレ以外の誰にも見せず、会わせず、言葉を交わすこともないようにさせたい。
オレだけを愛し、オレだけを見つめて、オレのことだけ想って過ごせばいいのにとも思う。
だがそれは、オレの隣に凛として立ちたいという、アイタージュの望みには反していて――。
「オレ、もっといっぱい勉強して、頑張って、セレム様のお役に立ちたいです!」
曇りのないまなざしにオレを映し、輝くような笑みを浮かべてそう言われたら、それを許してやるしかなかった。
そもそも、欲しかったのは美しいだけの存在じゃない。王妃だ。
私利私欲に走らず、まず民のことを思える者。オレが不在の時、王の代理をしっかりと任せられる者だ。
惚れた相手がその器で、本当に良かった。
王妃に迎えてから1年経った今、しみじみ思う。やはり、アイタージュ以上の王妃は有り得ない。
王族でありながら世俗を知り、苦労を知り、美しいだけじゃない現実をよく知っているアイタージュ。世の中が善人だけでないことも知りながら、その上で人間不信に陥らず、無垢であり続けた。
それがどれだけ希有なことか、本人に自覚がないのが、また素晴らしい。
アイタージュを誰にも売らず、手放さず、敢えて小汚い姿に貶め、ずっと隠し護ってきた旅芸一座の座長に、感謝するしかないようだ。
あの旅芸一座も、月祭りには来るだろうか?
登録された舞い手や楽士団の中に、それらしい者はいないようだが、登録がないと踊れないという訳でもない。遠目からアイタージュの舞い姿を見るくらいなら、いくらでもできる。
オレ自身も舞わねば思うと、正直なところ気が重いが……アイタージュが考えてくれた振り付けは、なかなか悪くなかった。
「セレム様、練習を」
木の剣を2本持ち、明るい笑顔でオレを練習に誘う王妃に、「ああ」と応えて抱き寄せる。
すべらかな白い肌、陽光に輝く髪。大きな瞳にきらきらと光を映して、眩しそうにオレを見るアイタージュに、こちらの方が目がくらむ。
その愛おしい王妃が、オレと舞うために選んだのは剣舞。
「だって、セレム様は聡明で勇猛な、名高い『くろがね王』ですから」
そう言って、誇らしそうに笑うアイタージュが可愛くて愛おしくて、相変わらずきれいで。強く抱き締めずにはいられなかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
39 / 45