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王妃の祭り・8
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自らの反応、その仕草の1つ1つが、どれだけオレを煽るのか――きっとアイタージュは、真には自覚していないに違いない。
オレに時間を忘れさせ、その肌に無意識に溺れさせる傾国。
そのくせその無垢な心は、純粋にオレを想い、オレの国を想っている。オレを「勇猛で聡明な」素晴らしい王と常に仰ぎ、だからオレはその期待を裏切れず、朝には男から王へと戻る。
もう少し貪欲に、甘えて振り回して欲しいくらいだが、アイタージュはそれをしない。どこまでも謙虚で健気で、ワガママよりも我慢を好む。
またオレも、そんな彼だから愛おしい。
オレの側近も、恐らく後宮の侍女たちも……オレと同じ思いだろう。大臣も。
「月祭りのご成功、まずはお慶び申し上げます」
朝の閣議でにこやかに祝われ、「ああ」とうなずく。その顔に、かつてアイタージュを王妃に据えることに大反対した、あの頃の剣幕はもうなかった。
夜明け前までたっぷりと可愛がり過ぎたせいか、アイタージュが目を覚ましたのは、昼近くになってからだったそうだ。
閣議の後で後宮に戻ると、亡母の代からの侍女頭が、顔をしかめてにっこりと笑った。
「睦まじいのはよろしゅうございますが、王妃様のお体も、少しはお考えくださいませ」
そこまで言うからには、相当疲れさせてしまったらしい。朝風呂の最中にも、居眠りをする程だったと聞けば、多少は反省しなくもない。
だが、手加減がいらないと言ったのはあれだろう。
侍女頭の陳情を「ああ」と軽く受け流し、愛おしい王妃の顔を眺めに行く。
先ほど湯から上がったばかりだったらしい。アイタージュは、まだ寝ぼけたようにぼんやりしていて、重ねたクッションの山に気だるそうに埋もれていた。
「セレム……さま」
さんざん高く喘いだからだろう、声が少し掠れているのが可愛らしく色っぽい。
クッションから起き上がろうともがく彼に、手を貸して抱き起こす。ふわっと薔薇の匂いがして、頬が緩んだ。夜の夫婦の寝台で、アイタージュの中に塗り込めてやるのと同じ香油だ。
勿論、昨日もたっぷりと使った。
「悪かった、無茶をさせたな」
ヒザに乗せて緩く抱くと、アイタージュはじわりと頬を染めて、「いえ」と小さく首を振った。
まだ気だるさが抜けないのだろう。薄い衣装を身にまとい、くったりとオレにもたれる様子が、言いようもなく愛おしい。
望みのままに唇を奪い、小さな鼻、丸い頬、きれいな額に口接けを落とす。
舞いの奉納から一夜明け、首都はまだ祭りの中にあるようだ。
今宵は予定通りの花火で、西国からの職人たちも、朝から準備を始めたようだと報告を受けた。風向きや天候も、花火を楽しむためには大事だそうで、夜になるまで気が抜けない。
後夜祭はこれからだ。祭りがまだ終わらぬ以上、仕事も事案も山のように積まれている。
治安計画、予算の計上、巡回兵士からの不満に、来賓からの無茶な要望……細々とした報告を朝から聞かされ、側近たちの意見をまとめて決断を下す。
連日の朝からの閣議に、正直なところ辟易したが、アイタージュを抱き締めれば癒された。
「食事は済んだか?」
ぼうっとした顔を覗き込むと、そのまま小さく首を振られた。
「果汁を少し」
掠れた声でぽつりと言われたが、それは食事とは呼べぬだろう。
美味しいものを食べさせると、嬉しそうに笑うくせに。食欲を失くすくらい疲れさせたのかと思うと、オレを煽った結果とはいえ、さすがに少々反省した。
「なら、一緒にどうだ」
ヒザに抱いたままそう言って、侍女に軽く合図する。やがて目の前に布が敷かれ、次々と料理が並べられた。
「果実酒を」
侍女に取らせた盃を、小さな口元に寄せて飲ませる。こくりとノドを鳴らす様子が可愛くて、次はチーズをひとかけら食べさせた。
スープをすくい、子供にするように飲ませようとしたら、さすがに恥ずかしくなったのか、アイタージュが抵抗を始めた。
「あの、自分で食べられます」
つれない遠慮を口にして、オレのヒザからするりと逃げようとするアイタージュ。勿論、それを許してやる程、オレは寛容な男じゃない。平らな腹に腕を回し、しっかりと抱き締め、繋ぎ止める。
「いいから、大人しく食え」
耳元で命じると、じたじたと暴れることはなくなったが、代わりに耳まで赤くした。
肉も、パンも、果物も……オレの手から小鳥のようにぱくりと食って、恥ずかしそうに咀嚼するのが本当に可愛い。
「ほら、こぼしてる」
口の横を舌でべろりと舐め取ってやると、「あ……っ」と声を上げて身を竦めて。そんな仕草にも癒された。
まったく、この王妃はどれだけオレを惚れさせる気なのだろう。
毎日毎日が新鮮で眩しくて、楽しくて嬉しい。こんな風に穏やかな気持ちで、誰かと過ごせる日が来ようとは。本当にアイタージュと出会うまで、考えてもみなかった。
クーデターに愕然としつつも、努めて冷静にふるまって――数名の味方だけを従え、心を鬼にして粛清を進めた。あの暗黒の日々から、そう何年も経っていないというのに。今のこの、宮殿の穏やかさはどうだ?
全て、アイタージュのお陰だ。
閑散とした後宮にひそやかな月光が差し込み、やがてそれは暖かみを増して、オレも国も癒してくれた。黄金の王妃、月の王冠をその身に戴くアイタージュ。
首都が祭りにざわめくのを感じる。
民が皆、オレの王妃を祝ってくれて嬉しい。
オレの選んだアイタージュを受け入れて認めてくれるのは、オレも認めてくれるのと同義だ。
まだまだ国内外には不穏な動きも見られるし、アイタージュもオレも、完全に安全だとは言い難い。だが、今この時、こうして穏やかに過ごせるのは重畳だ。
努めて気合を入れずとも、背筋を伸ばして前を向ける。
全てが慶い方に動いている。
「今夜は花火を一緒に見よう」
優しく告げると、「はい」とうなずいて、ふわりと笑う。オレに愛と平穏を与えてくれた、最愛の王妃。
首都での祝賀は続いていて。
オレたちの祭りも、まだまだ終わりそうになかった。
(王妃の祭り・終)
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