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涙
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「何かって…別に何もありませんよ?」
一条が来てから母の暴力はかなり落ち着いた。
だから見えるところに目立つ傷はないはずだ。
身に覚えのあるのは一条の件くらいだが…あんなこと話せるはずもない。
あんなこと、絶対に知られてはいけない。
必死に動揺を隠しながら笑顔を作る。
しかしリョウさんは僕の頬に添えた手を離さなかった。
「笑わんでええよ」
いつになく真剣な、それでいて優しさを含んだ口調で言われ、スッと頬に入れていた力が緩む。
リョウさんの視線は、まるで心の奥深くまで見透かすような鋭さを含んでいて、僕は怖くなって目を伏せた。
怖いのはリョウさんじゃなくて…リョウさんに知られた後の未来だ。
「本当に…何もないんです…」
頬に添えられていたリョウさんの手が離れた。
呆れられたかな。
せっかく心配してくれているのに、僕最低だな…
でも、知られたくない…
リョウさんはいつも僕に自然と接してくれる。
僕にとって数少ない、大切な人なんだ。
そんな人に、男に犯されているなんて、言いたくない。言えるはずない…
言ってしまったら二度と元には戻れない。
二度と”もっちー”と呼んでくれなくなるかもしれない…
無意識に、下唇を噛む。
膝の上で握りしめた手には、爪が食い込んだ。
___ふっとその手に温度を感じた。
見ると、リョウさんの手が僕の手の上に乗せられていた。
「ええよ。別に言わんでもええ。もっちーが何もないって言うんなら、何もないってことでええ。
言いたくないなら何も言わんでええから…
…泣いて」
「…え?」
予想してなかった言葉に顔を上げる。
机を挟んで向かい側にいたリョウさんはいつの間にか隣に来ていた。僕を真正面にして座るリョウさんは、僕の手を軽く引いて対面させるよう促した。
リョウさんの茶色い目は哀しそうに光っていた。
「もっちー、泣くの我慢してるやろ?
顔が笑ってても、心が泣いてる。
無理に笑顔作らんでええから、我慢せんといて……な?」
リョウさんの右手がそっと僕の頬を撫でる。
話さなくて、いい…?
リョウさんが、こんな風に心配してくれるのは、理由も聞かずにこんなこと言ってくれるのは、こんな…温かい言葉をかけてくれるのは…
それは紛れもなく僕の為…それに応えもしない僕なんかの。
その気遣いの心がどうしようもなく嬉しくて…
水を注ぎすぎたカップのように、胸の中で何かが一杯になって、溢れた。
ボウッと目の奥が熱くなり、頬を温かい水が流れ落ちる。
リョウさんの指が涙の筋を下からなぞった。
「うち、両隣誰も住んでへんし、多少大声上げても大丈夫やで?」
また優しい声でそう言われると、堰を切ったように涙が溢れ出した。
何も考えなくても、涙が止まらない。
「ぅ、ひぐっ、ふぅっ、ぁ、あぁぁ、あああ…」
子供のようにしゃっくりをあげて泣き出すと、僕の体はリョウさんの腕に包まれた。
抱きしめられるような体勢で、あやすように一定のリズムで背中をぽんぽんと叩かれる。
暖かくて、温かくて。
空っぽな心が満たされる感じがした。
ふと、昔母さんにこうやって抱きしめられたことを思い出した。
どういう成り行きだったのかは忘れてしまったが、母さんの胸がとても心地よかったのはよく覚えている。
懐かしい…
あの頃は、うちも温かい家族だったんだ…
僕が泣き止むまでリョウさんはそのまま抱きしめていてくれて、食べかけの2皿のカレーはいつの間にか冷めてしまっていた。
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