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冬はつとめて…
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朝の7時半から1時間。
期末を明後日に控えた僕たちは、その時間も教室の片隅で勉強会を開いていた。
「じゃあ今までやったこと使ってこの応用問題解いてみて」
「よしっ!」
潤は問題とにらめっこを始め、健人は黙々と自分の勉強を進めている。
ふと窓の外に目をやると、道路にはまばらに生徒が登校して来ていた。
コートを着てマフラーや手袋をつけ、寒さに顔を赤くしている。
目線を上げると、冬らしい雲ひとつない空が広がっていた。
「冬はつとめて…」
「え?」
ぽんと頭に浮かんだ言葉を無意識に口に出してしまい、潤と健人が顔を上げ僕を見る。
「あ、春はあけぼの?」
健人が思い出したように言った。
「あー、なんか中学の時に習ったなそれ。なんだっけ、春はあけぼの、夏は…」
「夏は夜、秋は夕暮れ、冬はつとめて。
清少納言の枕草子だよ。
つとめては早朝、大体7時くらい。
冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず。霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎ熾して、炭もて渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も白き灰がちになりてわろし」
「よく憶えてるなぁ。
でもなんで急にそれが出てきたんだ?」
「んー、いやなんか…確かに冬の朝っていいなぁって。…それだけだよ」
本当はきっと、季節も時間も関係ない。
僕が"今"がいいと感じるのは、こうして友達と呼べる人たちと一緒に居られるからだ。
例えるなら二人は…冷えた心を温めてくれる火。
暖かくて眩しくて、でも触れるには熱すぎる、そんな火なんだ。
…今この時がずっと続けばいいのに…
いつまでも火のそばにいることはできない。
冬の寒さは、いつまで続くんだろう…
「ぃ、葵、おーい!葵!」
潤に呼ばれて我に返る。呼ばれたのも気づかないほどボーッとしてしまっていた。
「な、何?」
「いや、なんか動かなくなったから。
あ、解けたぞ」
潤からノートを受け取り、先ほど出した応用問題を採点する。
「うん、正解!過程もバッチリだよ!この問題を何も見ずに解けたら、期末は多分大丈夫」
「マジか!よっしゃあ!
そういやさっきのさ、俺は早朝なら春の方が好きだなぁ。
家を出た時、それまでは寒くて肌を刺すみたいに痛かった空気が、春になると柔らかく撫でる感じになるじゃん?
あれ感じると、あー春になったなぁって思うよな」
「分かる分かる。その頃になると梅が咲いてきてさ、次には桜が咲いて。俺も春好きだな」
ペンを持つ手を止めて、春に想いを馳せる。
まだ冬に入ったばかりだというのに、もう春が待ち遠しい。
「年寄り臭いね、僕たち」
「言ってくれるなよ。話し始めたのは葵だぞ」
開いた窓から冷たい風が入る。
でもやっぱりここは…火の側は、暖かい。
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