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狂女 (葵side)
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家が近づくにつれて、温まった心は急激に冷めていった。
大丈夫…着替えてすぐ出よう。
バイトの時間まで、どこかで時間を潰せばいい。
この狭いアパートの一室で、恐らく家にいるであろう一条と顔を合わせないなんて不可能だが、出来るだけ音を立てないように玄関のドアを開ける。
しかしそこに一条の靴はなかった。
出かけているのだろうか。
何にせよ一安心しホッと息を吐き部屋に入ると、部屋の隅にうずくまる人影があった。
「ぁ…ただいま…」
電気もつけずにそこにいたのは、母だった。
こちらに背中を向けている母の感情は読めないが、何故か妙な違和感を感じる。
ゆっくりと振り返った母の頬には涙が伝っていた。
「どこ…」
「え…?」
小さくか細い声で呟く母は虚ろな目で僕を見た。
「どこにいるの?ねえ…あの人はどこ…どこなの…?」
壊れたようにどこ、と繰り返す母。
あの人…?一条のことだろうか。
「あの人って…一条さん?」
聞いてみると母さんは首を横に振った。
「違う。違うわ…あの人よ。どこにいるの。ずっと…ずっと帰ってこない…」
ずっと帰ってこない『あの人』…
一人だけ、頭に浮かんだ。
でもそうであって欲しくはなかった。
「もしかして…父さん?」
父は三年前に他界した。もうどこにもいない。
…肯定される訳ないと思ったのに、肯定なんてして欲しくなかったのに、母さんは頷いた。
「そうよ…どこにいるの…いつ帰ってくるの…ねえ、ねえ!」
僕の体に縋ってくるその姿は狂気にも見え、焦ると同時にどう答えれば良いのかわからなくなる。
「と、父さんは………今はいないよ…」
小さく返すと、母さんが僕の腕を掴んだ。
「今は!?じゃあいつ帰ってくるの!?」
爪が刺さるくらいに腕を掴まれる。
痛い…怖い…
母さんなのに…実の母親なのに、怖い…
いつものように罵倒されながら殴られる方が恐怖はずっと少なかった。
「か、帰って、こない……父さんは…
…もう、死んだんだから…」
震える声でそう告げると、母さんは一瞬動きも呼吸も止め、次の瞬間泣き叫びながら家を出て行った。
追いかけなきゃと思ったが、震える足が膝から崩れて立っていられなかった。
母さんが…おかしくなった……
どうするべきなのか、どうするべきだったのか。
何もわからなくて頭も体も機能が停止したみたいに動けなくなった。
二時間ほどしてバイトを思い出し、立ち上がると足がビリビリと痺れて歩けなかった。
一度腰を下ろして足に血が巡る感覚を感じていると、ようやく頭がまともに働き出した。
今は…とりあえず、バイトに行こう…
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