アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
いっそ…
-
開いた玄関のドアから外の光が入り込んできて、眩しさに目を細める。
判断力の鈍った頭で、今の自分が置かれた状況を理解したのは、一拍置いてからのことだった。
「か、あさん…」
玄関に立つ母もまた、状況が飲み込めず呆然としていた。
「…何、してるの…」
一条は小さく「あーあ、バレちゃったか」と呟いた。
「いや、俺別にゲイってわけじゃないんだけど、葵君があんまり可愛いからさ。魔が差しちゃったよ」
一条は軽くそう言って笑い、母さんはみるみる顔を赤くさせた。
靴を履いたまま家に上がり、僕に歩み寄ると足を振り上げた。
「うぐっっ、」
鳩尾を思いきり蹴られて、口から胃液が吐き出る。
「何なのよ…」
僕を見下ろす母の表情は見えない。
それが怖くて、逃げるように立てない体を引きずりながら後退させる。
しかし狭い家の中、そんなことで逃げられるはずはなかった。
「何なのよっ、あんたはっ、またっ、私からっ、大事なものをっ、奪ってっ!!!」
叫びながら言葉の切れ間に蹴られ、避けることも逃げることもできなくなる。
「あんたが私の人生を壊していくのよ!
あんたがいなければ…こんなことにはならなかったのに!」
耳に膜がついたみたいに母の叫び声が反響して聞こえる。
目を開いても景色は何重にもブレてよく見えない。
痛みだけが嫌にはっきりと脳に伝えられた。
「ごめ”っなさい、ごめ、なさい…」
謝らなきゃ…
母に殴られる時、脳が必ずそんな指令を出す。
謝れ。許してもらえるまで。
悪いのは僕なんだから。
僕が悪いから殴られるんだから。
そう思わないと、この理不尽に耐えられるはずがないじゃないか。
「謝ってんじゃないわよ!許さない、許さないんだから…」
母は一度僕に背を向けた。
終わったのかと思い、床に手をついて上体を起こすが、母は何かを手に取り戻ってきた。
視界が霞んでそれが何かよくわからない。
「おい、それは…」
一条が制止しようと手を伸ばすが、母は振り上げた腕を止めなかった。
「いっそ、死んで」
腕が振り下ろされる。
鈍い音と衝撃。
脳からの指令が途絶えた体は力なく倒れた。
目は映像を映すだけ、耳は鼓膜を震わせるだけの無感情なものとなる。
「何してんだよおい!逃げるぞ!」
一条の怒声が聞こえ、母が一条に引っ張られながら外に走り出るのが見えた。
その後ろ姿を最後に、重い瞼は静かに閉じられた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
74 / 180