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忘れ物 (潤side)
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葵が帰った後、俺はモヤモヤとした気持ちを胸に抱えたまま、空っぽの教室に戻った。
葵はあの後ちゃんと教室に寄って荷物を取ってから帰ったらしく、葵の机には鞄がかかっていなかった。
「…あれ?これ…」
机の脚の陰に何か落ちているのを見つけ、拾い上げる。
焦げ茶の古びた布地のそれは財布のようだ。
誰のものか確かめようと中を開くと、千円札が3枚と小銭、そしてカードが入っていた。
カードは図書館の利用カードで、そこには見慣れた整った字で望月葵と書いてあった。
財布が葵のものだとわかり、とりあえず連絡しようとスマホを開く。
しかしすぐ重大な問題に気づいた。
葵、ケータイ持ってないじゃん…
家の電話番号も知らないので連絡の取りようがなかった。
どうしよう…
明日から休みだから学校では当分会えない。
家に届けに行くにしても、行ったことはないし住所も知らない。
…俺、葵のこと全然知らないんだ…
学校以外では会うことも、連絡を取ることもできないじゃないか。
それでも今は何とか連絡手段を探さなきゃ。
思いついたのは、先生に聞くことだった。
住所は厳しくても電話番号くらい聞けるかもしれない。
そう思い立ち、職員室に向かった。
・・・
「望月の電話番号?」
「はい、財布忘れてたので。彼、ケータイ持ってないので連絡できなくて」
「まあそういうことなら…ちょっと待ってろ」
担任の小田センは電話を手に取り、クラス名簿を見ながら番号を押した。
「はい、自分で話せよ」
「はい」
受け取った受話器を耳に当てる。コール音がしばらく続いた。
まだ家に着いてないのかも。
そう思った時、突然コール音がプツリと切れた。
「…切れました…」
「留守か?」
「いや、留守電じゃなくて、なんか切られたって感じで」
「かけ直してみるか」
しかしかけ直してみても、ツーツーという無機質な音が続くだけだった。
「ダメみたいです………あの、先生、葵の家の住所を教えてもらえませんか?明日から休みだし、直接届けに行こうかと。
…それに葵、さっき倒れちゃって、心配なので…」
ぽろりと本音をこぼす。
財布を届けるという建前で、葵の様子を見に行きたいというのは心の根底にあった本音だ。
…葵の家を知りたいっていう下心もあるかもしれないが…
俺の提案に、先生は腕を組んで考え込んだ。
「そうだな……まあお前は望月と仲良いみたいだし、お前が個人情報を悪用するとは思えんしな…
…特別だぞ?あんまりこういうことは教えちゃいけないんだからな」
渋々というふうに、先生は葵の住所を書いたメモを俺にくれた。
「ありがとうございます」
先生に礼をして職員室を出る。
自分の鞄に葵の財布を入れ、葵の家から自宅へ直帰できるよう荷物をまとめる。
ケータイのマップでメモにある住所を検索し、ピンの刺さったアパートを目指して学校を出た。
この時の俺は、何事もなく葵の家に着いて、俺の突然の訪問に葵がびっくりして、財布を返して、ゆっくり休めよとかそんなことを言って自宅へ帰る。そんな普通の未来を予想していた。
でも人生いつ何があるかなんて誰にも分からない。
例え明日でも1時間後でも1分後でも、確証の持てる未来なんて一つもないんだ。
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