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おわりはじまり
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駅までで良いと言ったのに、心配だから、夜道は危ないから、と女子に向けるような理由で、潤は家まで送ってくれた。
アパートの前に着き、どちらからともなく足を止める。
「うるさい家でごめんな」
「いや、賑やかで楽しかったよ」
「また来たくなったらいつでも来いよ」
「うん」
「あ…と、そうだ。これ、うちの電話番号と俺の携帯の番号。どっちかに連絡したら大体繋がるから、用があったら電話して。
葵の家の番号はもう携帯に登録したから」
「ありがと」
メモを受け取りポケットに入れる。
そこで会話は途切れ、少し気まずい空気が流れる。
「…じゃあ、俺帰るな。…おやすみ」
潤は僕に背を向けて、駅に向かって歩き出した。
何故か胸がもやもやする。
まだ何か残ってるような気がしてならない。
伝えてないこと、言ってないこと…
離れていく彼の背中に、何か言わなきゃと焦る。
「潤っ、」
「何?」
潤は足を止めて振り返ってくれた。
「あの……今日は、色々ありがとう。
……潤がいてくれて、良かった」
「えっ、あ、おう……そんな大したことはしてないけどな。
……こんな俺だけど、これからは…何かあったら頼ってくれ。
何でもいい。どんな小さいことでも聞くから」
暗い中で潤の顔色はよく見えないが、少し赤くなった気がした。
「うん、わかった。帰り気をつけてね。おやすみ」
「おう、おやすみ」
潤は再び歩き出し、僕はアパートの階段を上がった。
「潤がいてくれて、よかった……か」
もう一度、さっき自分が言った言葉を呟く。
よかった。よかったんだ。
彼の家に行ったことも、彼に全てを話したことも、間違ってなかった。
例えそれが僕のエゴだとしても。
今日できっと、何かが終わり、何かが始まった。
顔を上げて部屋の窓を見る。
電気はついていない。
鍵を開けて中に入るが、やはり母さんも一条も帰っていなかった。
真っ暗の部屋に電気をつける。
静まり返った家には時計の針が秒を刻む音だけが響く。
いつも通りの部屋のなのに、色がなくなったように見えた。
床も壁も机も、家にあるもの全てが酷く冷たい。
潤の家のようにオレンジ色の電気を使えば、明るく見えるだろうか。暖かく感じるだろうか。
そんな単純なものではないことはわかっているのに、愚かな考えがよぎる。
ズキンと痛む胸を押さえ、そのまま立ち尽くす。
……寂しい。
一人が寂しい。
比べてしまう。潤の家と自分の家を。
今までこんな風に感じたことなかったのに。
暖かい場所を知ってしまったから、現実の寒さが際立つ。
…寝よう。
今日はいろいろなことがありすぎた。
疲れてるんだ。体も心も。
敷布団と掛け布団を押入れから引き出し、ろくに広げずに、風呂にも入らずに、掛け布団を抱き枕にするようにしがみついて目を閉じる。
玄関から音がしないかと耳をそばだてるが、やはり時計の音しか聞こえない。
その日、母さんは帰ってこなかった。
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