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”9” ネコに、再び見(まみ)える王子 ‐5
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なんて、説明しようと思って来たんだったっけ・・・
あれほど、念を入れて、確認してたのに・・・・・・頭が真っ白になる。
「とっても、仲良しだったわよ。だって、同じ高校から、同じ大学の医学部に受けて
2人で受かって、一緒に暮らしているんだから。ね?家族として」
阿川が、きっちり、打ち合わせ通りのシナリオを語って振ってくれた。
「そうよぉ~。健くん、何年かぶりの学外推薦枠で入試パスしちゃったんだけど。
その推薦枠、中舟生くんが譲ってあげたんだって。自分の方が丈夫で争い事には強いからって」
小田もちゃんと、合せて来た。
ダメなのは、俺だけだった。
仲良し、そうだよ、俺達はすごく仲が良かったよ。ものすごく、俺達は、愛し合ってた。
告げれないことが、こんなに辛く感じるなんて、俺の覚悟は全くもって甘かった。
ほら、あんたも用意されたセリフを言うのよ、って急かすみたいに阿川がまた裾を引く。
健は、そんな、固まってるままの俺を、じいっと見つめてた。
『苦しいの?』
「・・・・・・えっ?」
『僕、あなたを苦しめてますか?』
健は、更に、筆を走らせた。
『ならば、僕は、あなたと一緒に暮らせません』
俺を真っ直ぐに見詰める健の目が、ガラスみたいに空っぽの色味に見えた。
◇◇◇◇◇
圭介と向かい、親父を斜向かいにした、ダイニングテーブル。
目の前には、親父の贔屓の銀座の高級店の鮨折りが並んでいるのに
誰も手を伸ばさないから、どんどん具材が干乾びて行く。
さっきから、ぐびぐび、皆、異常に乾く喉を潤したくて、ペットボトルのお茶ばかり飲んでる。
ああ、最近、急須で入れた、温かいお茶飲んでないよな。
飲みたいなあ、健が淹れるの、ちょうどいい渋みと甘みで美味いんだよね。
「あのな、現実逃避してる場合か?」
「そうだ、この大根役者。よもや、プロデュサーが最も無能とは思わなかったっすよね」
土曜の昼下がり、俺達は気鬱なランチを、俺のマンションでしている。
金曜の。そう、昨日は金曜だったんだ。
健との謁見は、大変、微妙な終息を迎えた。
さっき、病室に行って取って来た、健の書いたメモ帳は、目の前にぽつんと置いてある。
筆跡を見たいからと、親父が言ったので、売店で急遽、小さなスケッチブックを買い
眠ってる健の側机のメモ帳と交換して来た。
表紙を開いて、そこに、「落書きもできるから、こっちも使って下さい」って書いて。
健の部屋には、TVを置いてない。どんなものが健にとって危険かもわからないのに
メディアは、無自覚にいろんなものを垂れ流すから、もっと落ち着くまではお預けだ。
ネットも、誰かがついてる時だけにしようって、昨日、呆れる女子達に進言された。
そうだ、俺は、昨日の夕飯を奢った、ファミレスでもしっかり、絞られたが。
俺の書いた筋書きを、俺自身の、粗悪な演技で、無駄にした。
「・・・・・・何度見ても、迷いのない筆致だな」
「本気で書いてますよね、これは。状況、友香ちゃん達とグループ通話して聞いたけど。
ほんと、めっちゃ怒ってましたもん、二人とも」
「おいおい欠席裁判は、可哀想だろうに」
「いえ、これは創さんに、なに言われても、御子息を庇う気にはなれませんよ」
昨夕の、健の、メモを見て、女性陣も百哉も一生懸命否定してくれた。
苦しいわけないでしょう、コイツは健くんと暮らせるの嬉しく仕方ないんだよって。
でも、俺自身、健のメッセージの重さにやられて、固まってしまった。
健は、人の感情を、とっても繊細で敏感に受信できるんだってこと、失念してた。
それは、生来のものだったんだ。ここ数年で身についたものじゃなく。
甘く、見過ぎていた、健の優しさを。
「まあ、嘘をつき通す覚悟が甘かったんだろうね、これくらいで、話せなくなるなんて」
「・・・・・・オレは、ちょっと、わかる気もしますけどね。我が身に置き換えたら、きつくて無理だなって。
でも、それを覚悟して、やろうって心意気には、賛同してましたよ」
俺を苦しめるなら、暮らせないって。
健は、言った。
確かに、俺は、苦しくて仕方がない。
海の魚が真水の金魚鉢に閉じ込められたような、息もできない閉塞感。
見た目は同じ水なのに、その成分が、違うから。
「私は、もう、お前だけでは、解決できないと思う。芙柚くんに意見を聞いてみないか?」
親父から、いつかこう忠告されるのは、なんだかわかってた気がする。
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