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”15” 考える王子-1
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side 爽
ワインカタログをしげしげ眺める、完璧な大人の男。
流暢なフランス語で、ソムリエールにオーダーを伝えてる。
その外国人、本当は日本語ペラペラだけどね。でも、嬉しそうに雑談までしてテーブルを去ってった。
「こんな店、知ってるとは、やっぱりお坊ちゃまはお目が高いね」
「そう言うあんたも、ここ初めてじゃないだろ」
「うん、先月、来た~。逆ナンされたお姉ちゃん達と~。御飯だけでバイバイしたけどね」
南仏家庭料理メインのフランス料理屋に、仕事終わりの水瀬を呼び出した。
今週は木金が休みなんだそうで木曜日の夜に、一昨日と昨日の礼をすべく。
それは建前で、内情は、コイツがなんで健を保護出来たかを聞き出したいからだ。
飯奢るから、時間作ってくれって電話したら、今日と明日が休みだって
しかも、美味いイタメシかプロバンス料理が食いたいってリクエストまで寄越しやがった。
なんでも食いたいものをって言ってあるから、待ち合わせた店で、メニューを渡し、俺に食い物の好き嫌いがあるかを聞かれ、無いから任せたら、この調子。
運ばれてきたボトルワインを注いでもらって、前菜をかねて頼んだラタトゥイユをつまみに、グラスを掲げた。
「本当は、愛しの健と祝いたい再会を祝して」
「俺は祝う気ゼロだが、一応、乾杯」
細身のスーツ姿。ん?今日が休みって言ってたよな?
「オレ、全般的に今んとこ、夜勤ばっかりなんだよね。他のコンシェルジュがあんまり夜やれない人多くてさ。
やっと日本に帰らさせてもらったんでね、文句は我慢してんのよ。辞めて日本のホテル探しちゃおうかとは思ったんだけどね。健がさ、「せっかく世界の一流ホテルにお勤めで転勤で空きが出たらって言われてるなら待った方がいいでしょ?」って言うからさ~」
「ふ~ん。なら、今は夜勤明けってことなんだ。じゃあ、夜に飲みに行ったりとか出来ないんだ、普通は。
って!健と連絡取ってたのかよ!」
「取ってたに決まってんじゃん。電話なりメールなりラインなり。あれぇ?ヤキモチ王子はご存じなかったの」
「知ってたら、速攻、着信拒否させてたに決まってんだろ。まったく、いつの間に」
「けっこう、ちょくちょく相談に乗ってあげたりしたよん。誰かさんの土産は指輪かブレスレッドかどっちにしようとか。ハワイにいるなら休暇取って会いに行くって言ったら、無視されちゃったけどね」
次々、運ばれてくる料理を食いながら話す。コイツって以外に話しやすいなんて思って来てた。
ブイヤベースからカニ身を解して、ちょっと食って、まずっ、って小さく叫ぶ。
そりゃ、出汁カニだもの当然だって。他の具の方を食えばいいのに。
「で、早速なんだけど、なんで、健をホテルに運んだんだ?」
「あ、簡単なこと。オレ、仕事の前に、翔の墓参りに行って来たの。命日だったんだ。
すごくない、健の誕生日がさ翔の死んだ日って?やっぱり翔の転生だったりすんじゃないって思った。
で、会いたいなあって思って、電話したわけ。新幹線に乗り込んでから。そしたらさどっかのオッサンが電話に出て「あんた、この子の知り合いか?助けに来てくれ!」って言われてさ。で、どこにいるか、どんな容態かって聞いてたら、なんかオッサンの声がサラウンドしてて、ん?って思ったら、オレのいるデッキの近くの席で怒鳴ってて」
コイツ、救急救命士の有資格者。なんで、応急処置は完璧。
健は、那須塩原で乗り込んで、座席に着くなり貧血起こして気を失ってたんだそうだ。
で、水瀬が墓参した先は宇都宮市郊外で、新幹線に久しぶりに乗ってみたら健がいたんだって。
処置してて、その間に目覚めなくて、東京駅に着いちゃって。
独りで乗れない筈の電車に乗ってたこと、医務室に運んで、俺に連絡を取って来てもらいたいが
健のスマホのバッテリーが充電切れで落ちちゃって、寸前に、俺の番号を拾って、何度かかけたが繋がらなかったこと。
思い人をこのまま放っては置けず、出勤時間は迫るし。
で、東京駅から横浜の勤め先までタクシー飛ばして、出勤前にフロント行って部屋を押さえて運び込んだんだそうだ。
こいつには、いきなり降って湧いた、ラッキーなんだかアンラッキーなんだかの巡り合せ。
俺と健にとっては、命の恩人に等しい。水瀬に拾われなきゃ、身元不明者で保護されて大事になってた。
学生証も、財布に入れさせるの忘れてたんだ。
あの日の朝、渡し損ねて、ま、いいか、晩飯の時に渡そうって、俺の財布にしまってたまま。
万一、目覚めちゃったとして、いきなり、苦手なタイプだらけだったりしたら、過呼吸の発作間違いなしだし。
「偶然とはいえ、助かった。あんたがいてくれてよかったよ」
「ふふん。だから、運命だって。これから、姫と脇役の紳士のオレとの物語が始まるわけよ」
「もしかしてバカなの?」
「失敬な!さっきの流暢なフレンチを聞いただろ。他にもドイツ、スペイン、ポルトガルなら日常会話。
英語はトーイック950オーバーレベルのオレ様に何を言うか!あ、そうだ、これ、釣りとレシート」
胸ポケットから、ホテルの名入り封筒なんか出してきやがった。
水曜の朝、失意にぐっらぐらな俺は、2度目の軽い過呼吸を起こした健を落ち着かせ、
寝かしつけた後、水瀬を呼び付けた。
で、水瀬のアドバイスもあって、せっかく、こっちに来たんなら、やり残してたことはって
考えるように言われて、散髪と眼鏡購入を思いついた。
羽瑠に、事情をかいつまんで説明して、人脈を使って、ホテルまで来てもらうように手配した。
着替えまで買って、届けるのは厳しかったんで、ホテルが平常のショップ開店時間に合わせて
購入を頼んだんだ。ホテルの一切の支払いと一緒に、こいつに。
「そんなになかったろ。取っててくれたらいいのに」
「何を仰る!ナシゴレンもあるんだぞ」
「・・・・・・は?」
「7,450円也。な?ナシゴレンだろ?ま、今日の飯代の一部に補填しなよ。
学生さんに奢って頂くほど落ちぶれた身じゃないって言いたいが、払いたいんだろ、今日は?」
ムール貝のマリニエールを美味そうに口に放り込む。
「で、ちょっとは浮上できたわけ?眠ると別人に変わっちゃう、お姫様持ちの王子様は」
「うるさいな。凹んでないよ、もう!いいから、ニョッキでも食ってろ」
ツナクリームソースにまみれたニョッキを、ヤツの方へ押しやった。
ここで、上京したての、飲み会だか何だかで、これを食って。
美味かったなって話をしたら、作れるよ?って健が何でもないように言って。
作ってくれて、すっごく美味かった。思い出しちゃったじゃないか。
こういうの、中学生脳の健は作れるのかな。
けらけら笑う水瀬を睨んで、グラスに残った白ワインを呷る。
透かさず、代わりを注いでくる水瀬のホテリエらしい隅々まできっちりした仕草。
大人のコイツなら、もっと上手く、今の健も、今までの健も愛していけるのかな。
「ねーねーデザートも頼んでいい?」
「はぁ?あのな、入んのか?まだ、こんなにあんのに」
「口直し~。あ、やっぱ、酒がいいな~。お、ここ、ラムもいいじゃん。ダークラムをロックで」
「ラム酒のロック?美味いの?」
「ふふふ。王子様は青いねぇ~。いいラム酒のロックは旨いんだって」
そこらにいるウェイターを捕まえて、追加注文を、なぜか俺の分までしてくれちゃって。
俺のは急いでキャンセルする。
「なんで、飲んでみりゃわかんのに」
「深酒は控えてる。状況が状況だから、酒に逃げる楽さを覚えるわけには行かないんでね」
ひゅっと口笛を小さく吹いた水瀬が感心したみたいに、俺を見る。
な、なんだよ。おかしいかよ。気色ばもうとした俺に、すっと人差し指を立てて見せた。
「真面目な王子様に、ひとつだけ希望をあげようか?」
「な、なんだよ、希望って」
「健、オレの事、覚えてたよ。タクシーの中で、ちょっとだけ意識が戻ってさ。
ここは?みたいな顔して、オレのこと見て、ふにゃんって笑ってさ。カスカスの声でオレの事、呼んだ」
人の悪い笑みが浮かぶ。
「王子様だけじゃないと教えてあげよう。6月19日火曜夜の健が、今までの健だったってわかったのは」
クッソ、ムカつくオッサンだけど。
喉から手が出る程、求めてた答えを、コイツは俺にいきなりくれた。
◇◇◇◇◇
迷惑がる横山の隣で、教授の目を盗む俺は、筆談を仕掛けて、渋々応じさせている。
『お前の説は、無いことはないと思う。でも、迂闊に動くのはNGだ。
今週末、じっくり調べておくから、お前も裏を取って来るんだな』
やっと、俺が望むメッセージを書いて来た横山に対し、俺は、ほくそ笑む。
『鷲尾先生に話は通さないのか?』
「まだ、内密に頼む。悪くすれば、健を取り上げられるかもしれないじゃん?」
確かにな、って感じで頷いたのに、教授とばっちり目が合って、横山が泡を食って俯いた。
虫嫌いな横山は、この寄生虫学の時間と教授が憂鬱の根源なのだそうで。
確かに、この爺さんは、カマキリっぽいんだよね、容色全てが。
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