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”15” 考える王子-5
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この3日で随分、滑らかに話せるようになってきた、健に「いったらっしゃい」って、チョイ噛みで見送られ。
薄明るくなりかけの山道を行く。今日は少しだけ寄り道。幸い1コマ目が休講になってたし。
小田達に貰ったCDをセットして少し聞いて、横山の上ずった声に、笑いを堪える。
大して距離が行かないうちに、待ち合わせたコンビニの駐車場につき。
いかにも、建築会社の作業員然とした上着を羽織る芙柚が欠伸を噛殺すのを車内から見た。
コンビニ隅の喫茶スペース。珈琲にミルクを落すヤツはかなり眠そうだ。
本当は、どこかちゃんとした喫茶店とかで飯でも食いながら話したい。
でも、健が俺の外出を不自然に思わないようにするには、彼が寝静まる夜中か
俺がもうここを離れるとわかってる月曜早朝か、くらいしか時間の隙間がない。
出勤前の30分。時間を取って貰った。
どうしても、ヤツに聞き出したいことがあるから。
勿体ない、勿体ないんだけど。
「トレードしてやるよ。作りたて貰ったとこだから、まだ温かい」
健のお手製弁当と、コンビニ弁当を交換してやった。
わざわざ無理言って来て貰ったし、誠意見せようかなって。
向かいの空席に憮然として座った俺を見て、芙柚が相好を崩す。
「バカな奴。強がりやがって」
「うるせ。あ、でも1個だけ食わせて?」
「ああ、食えよ。美味いよな、健のこれ」
健の作ってくれたのは、稲荷寿司。
運転しながら食べられる方がいいんじゃって言われたけど、どうしても食べたいって強請った。
行儀は悪いが、一つ手掴みで、口に放る。
静さん直伝の揚げの味付けは絶妙で、酢飯と合って。お、これ五目だ。
遠慮してくれていいのに、ちゃんと「いただきます」って言って、芙柚は割り箸を手にした。
しみじみ美味そうに食ってて、ああ、こいつも健の飯、好きなんだなって思った。
「悪いが時間ないんで、さ。早速。これ、頼んだやつ。見てくれ」
俺はレポート用紙に書き込んだものを、芙柚の前に置く。
奴の目が、縦横に視線を素早く走らせて読む様を、嘘臭く不味いコンビニ弁当を食いつつ見守った。
「思いつくまま箇条書きだから重複とか解りにくいとかあると思うんだが。どう?」
シャクシャクと小気味良い音を立てて、茗荷の甘酢漬けを噛んでる奴が、瞳を伏せて思案してる。
あ~それも美味そうだなあ・・・なんて思ってる、俺。
食卓にそれ出てこなかったから、どんな味なんだって、ちょっともやっとして。
「・・・・・・もし、俺が、そうだって言ったら、お前はどうするつもりなんだ?」
「当たってみる。あ、ちゃんと、調べて、状況を見ながらやる。無茶はしない、約束・・・・・・」
「アイツが傷つくことだけは、やめてくれ。心身とも、もう、傷だらけにしてしまったんだから」
重たい一言を、芙柚は吐く。
言葉を失う俺に、その後、深い溜息で、レポート用紙を返した。
◇◇◇◇◇
LINEのビデオ通話がないなら出来るようになった健は、
時々、噛むけど、以前と変わらないように話せるようになった。
夜、定期的に、短い時間でも必ず話をする。
で、今日は、指折り数えてくれてるかどうかはわからないが週末を待って、
毎日一人の時間を過ごす健に酷なことを言わなくちゃならず。
昼間からウジウジしていた。
阿川に、「仕方ないんだから頑張って謝りなさいね」って言われたけど
もっと、相談に乗ってくれよ~って目で縋っても、白衣を翻し、実験データを睨んでた。
今週末は7月に入り、夏季休業と同時に、夏季試験が目前に迫ってる。
クラスは殺気立ってる。正直な所、俺に優しい対応をしてくれる余裕なんて誰も持ってない。
普段、真面目な奴は、更に良くなりたいからガリガリやるし、
不真面目なのだと、真面目な奴らからどうやって、美味しい所を借りるかみたいな感じが。
俺の学校だけなのかどうかは謎だが、医学生には、夏休みだなんだを謳歌させる気がないみたいで
頭と終わりに試験日程が別れて設定されてる。
俺は、健が超を幾つつけてもいい位の真面目な医学生だったから釣られて真面目にせざるを得ず。
で、小田が健に引っ付いて諦めないから阿川もいて、その二人と仲のいい女子がいて、
やっぱり医学部に来るような女子って、真剣に医師になりたいから勉強するって子が多い。
付随するみたいに、その女子達の周囲は、けっこう遊びつつも、しっかり派が多くなって、
で、俺達は、試験前に慌てる奴らにとって、縋るには最高の相手になる。
でも、今年は、その要になる健が春からこのクラスに居ない。
誰かを先導して、中心になってなんてことは絶対にないけど、健はそういう意味でも貴重だった。
医学って、けっこう、積み上げた日々がモノを言う学問なんだって思い知る。
横山は奨学金をもらって私立に通ってる苦学生で。
バイトと剣道部のサークルをしつつ、ギリギリの時間と予算を遣り繰りしてる。
今までの俺達は、成績もギリで補欠枠で医学部入りしたお坊ちゃまの井田がフォローが利かない部分を
きっちりサポートしてやれて、いい関係性だった。
だから、私立の医学部で、美味しく遊んでる奴らとは違って、
実家がそこそこの資産だったり地位だったり持ちの実家通いの内部進学組な女子2人からも
横山ならば助けてやろうみたいな暗黙の了解があって、で、俺達って仲がいいんだけど。
今、俺達の6人のバランスは、阿川と小田に学業をおんぶにだっこが2名。
健は、いないから、5人の関係もけっこう、すぐに角張る。
健ってさ、なんて言うの、皆のオアシス的な存在というか、緩衝材的な存在というか。
やわらかいけどちゃんとしてる、って立場だったんだよな。
「ほら、呆けない!レジュメもらってってあげようか?提出今日まででしょ」
「井田に言われちゃ、世も末だな」
「横山くん!中舟生くんが酷い!ボクを苛める~」
「井田、煩い。阿川女史のノートコピー、ここ抜けてる、取って来て」
飯もそこそこに俺達は学生本来の苦悩に苛まれてるのだった。
そ、健に言わなきゃいけないこと。
「今週末は、と言うか、夏休みになるまで、別荘に帰れません」ってこと。
だってさ、なんか良い人なんだろう、本当に情け深いさ?
で、「中舟生、いや、佐倉クンの事情は分かってるつもりだよ。君はテスト云々じゃなくつけてあげたい。だから、レポート出してくれるか?ちゃんと」って言ってくれる教授が、なぜに同時に3人も現れるんだよ。
終わるわけないだろ、そんなの~平日だけで、俺の平均睡眠時間、片手に届かなくたってもさ。
土日かけないで終わるかよ、って、ことになってしまった。
そんな自分にひーこら言ってる俺に、横山が、井田が消えた隙に、すっと文書を差し出す。
「一応、作った。夏休み、勝負かけろ、これで。責任は取れないぞ。オレはまだ医学生なんだから。
鷲尾医師に相談して、方針を考えろって、本当は言いたいんだからな」
「・・・・・・い、忙しいかっただろうに、あ、ありがとう」
「違ってたら、健くん、廃人にするかもしれないって、リスクだけは忘れんなよ。
それと、そうなったら、オレは、皆に恨まれるお前を庇えないからな」
横山の得意分野で、将来的にそっちの医者になることを目指してる
それを知ってるからこそ、こっそり、コイツにだけ相談したこと。
で、治療計画を考えて貰ったんだ。
「もしも、お前の予測通りなら、来学期からは・・・・・・」
「来れなくなると思う。その時は、ごめんな」
横山が、こっちに戻ってくる井田を目で追う。
「しかたないだろうそこまで惚れてんだから。でも、オレで役に立つなら、また声を掛けろ」
あてに、してるよ。未来の精神科医様。
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