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”17” 王子、勝負をかける ‐4
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え? も、もう一回言ってくれるかな、健。
「爽くん、知ってたら、教えて」 「知らない、知らないよ。聞いちゃダメだ!」
「ううん。知ってるもん、爽くんは、いっぱい色んなこと知ってるよっ」 「黙って、お前は眠れよ!出て来ても、傷つくだけなんだ、眠れ!」
「いや、いや。爽くん、来てくれたのに、嫌・・・・・・」 「いいから、皆、お前を騙そうとして、盗もうとするんだ、寝てろ!」
怒涛の様に、代わる代わる声色が変わり、健の口から独り芝居をしてるみたいな独り言が吐き出され。
そして遂に、俺に縋り、ほろほろと涙を流す健は、意味不明な言葉にならない音で絶叫する。
これは、な、なんなんだ?とパニックを起こしかけつつ
爪が食い込む程、剥きだした俺の腕に縋って、気が狂ったみたいに頭を振る健を
為す術がなくて、ただ抱きしめる。
どれくらいの時が、たっただろうか。
すごく長く感じたけれど、多分、そんなに長くはない。
痛くて俺も叫びたいくらいの腕から、指が外れ、腕が落ち。コトリと、首が後ろに反る。
轟々と泣き喚いた健は、気を失って。
腕に血が滲むほど、つけられた傷から、鉄の香りが鼻を掠めた。
俺は脳内で、必死に、考える。
パニックを収めたいのもあるけれど、それよりも。
横山の、右上がりの癖字がびっちり並ぶレポート用紙の束の
暇さえあれば眺めたその内容を、反芻する。
力が抜けきった、健の身体をソファーに再び横たえて。
涙も涎も、まあ、すごいことになってる顔を拭ってやりたいが、手近にはなく。
急いで、風呂場からタオルを濡らして持って来て、丁寧に拭って、
面を返し、俺の腕の傷を押さえる。
躊躇してる場合じゃない。
もう暴れる気配のない健を抱き上げて、寝室に運び、寝かしつけて。 俺は車に戻る。
手荷物入りのショルダーバックだけを掴んで、健の元に戻り、俺は、鞄の中を漁る。
多大なるもう一つのヒントが、多分、ここにあるって、思うから。
二つ並んだベッドの俺の方に、なかなか見つからなくて、苛ついて、中身の全てをぶちまける。
探し出したそれを、震えてしまう手で掴み、凝視する。
蒼白になって眠る健に、西日がかかってる。ちっとも眩しそうにしないんだな。
深く眠り込んでしまってるからなのかもしれない。
「・・・・・・静さん、健。 ごめん。 俺を、助けてくれ」
静さんが生前、健に宛てたのだろう、分厚い封筒に入った手紙。
こっちに来るための荷物整理の最中に見つけた、青い和紙の少し縒れて宛名が健の涙で滲んだ封書。
俺が開けるのは筋違いだし、中学生脳の健に渡して、判断は任せようって持って来た。
でも、ひどく、中身が気になった。もしかしたら、俺が読むべきなんじゃないかって。
健宛なのに、馬鹿言えって自嘲して、渡すぞって決めて持って来たんだ。
どんな経緯で、俺の誕生日に、健が持ってて、冷蔵庫の前で倒れてたかはわからない。
あの日は、これが、そんなに重要なものだとか思わなかったし、
一先ず、あの日の健を独占したいから、隠そう。って程度の考えで仕舞ったんだ。
固く糊付けされてる封を、破ってしまいたいぐらいに焦ってる。
でも、健のものを、許可も得ず、勝手に見てしまうのに、そこまで非道は出来ないと
リビングに引き返し、ペーパーナイフで丁寧に開封した。
中身も筆字だが、達筆なのに崩し過ぎていない読みやすい行書体。
静さんって、一流の女性だったんだなって、開いて、内容を見る前にしみじみ思う。
便箋にして、優に10枚は超える、長い長い手紙を。
俺は健の隣で、その内容が、その・・・あんまりで。
堪えきれなくて、泣きながら、読んだ。
◇◇◇◇◇
チャイム代わりにと、野坂がベルを、近所の雑貨屋から買って来てくれると約束してて。
「おはようございま・・・・・・え?」
翌朝、朝一に、届けに来てくれた、健に届けてる牛乳の定期便と一緒に。
「な、どうなさったんですか?健さまは?」
ソファーに深く座り、横山のレポート用紙を読み耽ってる俺におずおずと訊く。
そりゃあ、驚くよな。
げっそりした顔色で、無精ひげの昨日会ったままの姿で着替えもしてない俺を見たら。
本来なら美味い食い物のいい香りが漂ってて、明るい笑顔の健と俺がいる筈の別荘には、
火の気もなく、明り取りはすべて閉ざされ、俺の手元のテーブルライト以外、真っ暗なんだから。
「・・・・・・眠り姫に、なったかも、しれないか、な」
「ど、どういうことです?昨日は全然、お変わりなかったのですよ?」
「本当に?どこも様子がおかしくはなかったのか?」
野坂に、つい、詰問口調になる。 きっと兆候はあった筈だって思ってしまって。
「お寂しそうにはしておられましたが、お買い物メモを頂くときに
「今日は、爽さまがお帰りですね」って、言いました。
曖昧にですが、その、嬉しそうに微笑まれたのだと思ったの、ですが・・・・・・」
野坂が会った健。昨日の朝の健。
「なあ、野坂」
「は、はい。なんでございますか」
「俺、健を壊しちゃうかもしれない。でも、責任持って、支える。 俺の事、助けてくれるか?」
腹は決めた。もう、迷わない。逃げない。
野坂は、迷いながらも、頷いてくれた。
そして、パンと手を叩いて、部屋のすべてのカーテンを開け、窓を全開にする。
「辛気臭い顔では、いけませんよ。さっさと、髭をあたって男前に戻っていらっしゃいませ。
朝ご飯、野坂が拵えましょうか? 簡単で申し訳ありませんが」
「調子いいな、お前。最近、時々、朝と晩、食事は健に世話になってたろ?わかってんだぞ」
「健さまが、もう、爺の胃袋まで鷲掴んでしまったわけですよ。仕方がありませんよ~」
軽口を叩き合って、気分を少し上向かせ。 あ、そうだ。
「温泉入って、さっぱりしたら、俺が朝飯作るし。 あ、近くのさ、美味いパン屋行って
イギリスパンかクロワッサンか、あればシナモンロール買って来てよ、大至急」
「今来た所だと言うのに、もう追い払うんですか~」
ふざけた口調の、笑って俺を非難する野坂の顔を、じっと、見た。
「いいから、さっさと買って来てよ。
で、パン届けたら、それから呼ばれるまで、しばらく二人っきりにして。
何日かかかるかもしれないけど、大丈夫になったら連絡する」
「爽、さま・・・・・・?」
「車もあるし、金も勿論あるし。健の生活に不便はないから、俺が側に居れば。
二人でどうしようもなくなったら、助けてって、言うから、な?」
で、野坂もじっと、俺を見る。 確かめてるんだって、わかった。
・・・・・・俺の覚悟を。
「わかりました。あそこね、ジャムもお薦めがあるんです。どういたしましょうかね」
「落ち着いたら健と買いに行く、後で。今日は、あるもので間に合わせるよ。
ジャムなら家にあったのいくつか持って来たんだ。大丈夫」
「パン買って来たら、ドアノブにかけて行きます。ご武運をお祈りいたします」
「野坂のバーカ。 戦いに行くんじゃないっての」
「では・・・う~ん。なんと申し上げましょうねぇ~」
「行ってらっしゃいで、いいと思う。 迎えに行くんだ」
風呂に入って、こざっぱりして。
首に下げてるチェーンから指輪を外して、左手に戻して。
だって、さ。 俺の健の居場所が、わかったんだ。
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