アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
”19” 王子と、ネコと猫 ‐4
-
「お祖母ちゃんの手紙は、大体、合ってるんですけど、違ってるのもあって。
僕達は、身体が一個しかない双子なんだって、健は言ってくれてました。
順番としたら、お祖母ちゃんのお手紙にあった、シーラの方が先に健と一緒に居て。
暴れてママを困らせるシーラを止めたいのに止めれない、だから、誰か助けて欲しい。
そうだ、僕には、双子のお兄ちゃんが居るんだって思ったみたいなんです。
そして、僕は、いつの間にか、健と一緒に居たんです。
なんか、説明するのって、難しいですね・・・・・・」
健の心にある、健が絶対王者の迷宮。
きっと誰もが心に持ってる精神世界とも言える自分の城を
迷宮にしなくちゃ乗り越えられなかったんだと思うんだ。
小さな健は、どうしていいかわからなくて。
カオルはそこに必要不可欠で現れた理想であり、憧れの具現。
だから、いつでもなんでも耐えれる精神的にも強い子で、努力家。
泣きたくなることだって、きっと他にもいっぱいあったろう。子供なんだから。
どうせ作るならすごい完璧な大人にすりゃいいのに、さ。
リフォーム前の佐倉家は、薄暗くて、ただ古いだけの家だったって、静さん、前に言ってた。
そんなところで、健に一人きりの留守番を押しつけられちゃ、嫌でも出てなくちゃいけなくて
怖くてたまらない所に、近くの木に落雷じゃあ、ここまで怖がるようになっても仕方ないよね。
「手紙の事さ、本当だったんだよ・・・ね。辛かった?」
健は、どの程度、辛いことやキツイこと、カオルに押し付けたんだろうか。
俺が惚れて惚れて、結婚までしてもらった健は、出会った頃を思えば、すごく弱い子だった。
初めは、本当に無感動無関心で、敢えて心を殺してるみたいで。
でも、どんどんお互いに惹かれて、その熱量で、氷ついた自らの感情が溶け出したら、
すごく純真で、無邪気なんだけど、引っ込み思案で、泣き虫で。でも変な所が強情。
優し過ぎるくらい優しくて、皆が幸せになるといいのにって思いつつも、
行動は全く起こせない、ダメ側の博愛主義者。
そういう子、いたよな~幼稚園、小学校の頃って気質をそのままに
誰かの庇護欲を刺激して止まない、ふにゃふにゃの子猫、そんな性格の健。
でも、そういう子ってさ、けっこう、周囲に良いように利用されたり、酷いとイジメの対象になってたり。
かく言う俺も、もっと未熟な子供の頃に健に会って、幼馴染とかになってたら
すっげぇ、好きなのに、意地悪して泣かせたり、意味もなく傷つけたりしたと思うもん。
嫌われちゃうくらい、しちゃうと思うもん、かまいたくって、かまい倒したくって。
ママが全てで、ママしかいなかった小さな健じゃ、さ。
その大好きなママが、まだ理解力もへったくれもない子供だった、健にさぁ、してたんでしょ・・・・・・。
辛かったし、悲しかったんだろうって思う。我慢出来なかったんだなって、思っちゃうよ。
「健を守るために、僕は健に呼ばれて来たから。僕が居るのに、健が泣けないと可哀想。
健が痛いとか、悲しいって泣く度に、ママが苦しむからって、どうしようもなくて。
健が、幸せなら、僕は、平気でした。だってね、ママも、いつも泣いてた。僕、知ってました」
郁子さんが産んでくれなきゃ、俺は健に会えなかったんだけどさ。
でも、複雑な気持ちになる。 もっと、すごく愛されて育ったって思ってたから。
あんな環境も、歪んじゃったけど、愛の形だったんだろうけどね。
返す言葉が見当たらなくて、俺は、この遣る瀬無い感情が伝わればいいと、
ただ、黙って、髪と背中を、そうっと、撫で、ゆっくり、赤ちゃんをあやすように叩いた。
横山のくれたメモにもあったし、俺もけっこう調べたんだけど、
健の心の病だろうで疑ってた解離性同一性障害は、主人格が健とするならば
カオルは交代人格ってことになる。あ、あと、シーラも。
で、健のパターンは、その二人を、認識出来てる、ってことだろうと思う。
それぞれが勝手に、自分のわからないことをしでかしてるんじゃないんじゃないかって。
あ、これは、静さんの手紙があったからこその推論なんだ。
俺達は、もっとオーソドックスに、記憶の欠落を起こしてるって観点から
それぞれが、相手をわかってない人格同士なんじゃないかって事から疑って、
この夏休みに、主人格で、あって欲しい健が、現表層人格である交換人格を押しのけて出て来る、
若しくは、交代人格かどうか謎だけど、現表層人格が、他の人格もいるってことを教えてくれるかを、
俺が心から信頼できるパートナーであり、カウンセラーになって引き出そうって考えてた。
何よりも、心身ともに安心できる場所を、提供して、それから、じっくり、って予定だった。
それが、さ。
俺達の姑息な策が予測以上に、健の内部を揺さぶっちゃったみたいで、
表層人格の安定してるカオルがパニックを起こすくらい、健が出て来たがってしまって。
「あのさ、すっごい酷い質問かも知れない。まず、言う前に謝る。ごめん。
俺が、その結婚した健って、カオル君よりも、後に出来たとか・・・だったり、するのかな」
俺の愛した健は、主人格、ですか? なんて、直球で聞いていい訳ないんだけど。
俺は、やっぱり、甘ちゃんで、我慢出来なくて、訊いてしまってた。
「ごめんなさい、僕の説明下手くそで。わかり難かったですね。
僕は、健の後です。健はずっと、健ですから。健がいなきゃ、僕は、ここに居ないです」
慌てて、俺の腕から顔を上げて、生真面目な瞳が俺を見つめてくれる。
カオルも・・・・・・ ごめんな、健。 めっちゃタイプだわ、俺。
だって、二人とも清楚で真面目で可憐だってのは、共通なんだもん、さぁ~。
「う、うん。わかった~。ありがとう。えっと、元の体勢に戻る?」
え? な、なんか、あれ? 黙られてない?
しかも、ちょっと俺から身体浮かせてる・・・よね?
「あ、あの、僕・・・・・・何か、した方が、いいですか。
顔と身体は、健なんだし、佐倉さんは、その、健の旦那様なんだから、えっと・・・・・・」
ん?
ああああああ~ 意識、意識しちゃったら、ば、馬鹿ムスコが、主義主張を微妙に訴えちゃったんか~。
「が、頑張りますから。あの、佐倉さんが、さっきみたいになってしまったら困る・・・し」
「なりません。なりたいけど、約束する。本当に、今朝みたいなのは、マジ最低だから。
あ、俺ね、自慢じゃないけど、無理やりって、無いんだからね?た、多分。
そ、そりゃあ、健の身体、恋しいし。したいけど、あ~何言っちゃってんだよ、オイ!」
「で、でも、つ、辛いんですよ、ね?それ。 僕は、あんまりわからないけど、
イタズラされちゃうと、やっぱり出さなきゃ辛かったし。自発的とかは、その・・・」
ひゃあああ~~ い、いい。
それって芙柚とのことでしょう? 聞かない~、聞いたら穏やかじゃいられないってば~。
ぶっちゃけ、どこまで行ってて、好きだったのかとか、き、き、聞きたいのは山々だけど。
中3でしょ、俺なんか、その頃、堂々と二桁台のそういうお友達と、連日連夜遊んでたもん。
健は、そうじゃなくて、相手は芙柚だけだったんだろうけど、初恋同士だったって聞いてるし。
ヤキモチ焼けて、焦げちゃうって、俺の狭い器が~。
「じゃ、じゃあさ。手だけ繋いで横に並んでようか?
ごめんね、大丈夫だから。気にしないで、すぐに治まる。俺けっこう自制心ある方だしね」
いたたまれなさそうな、カオルは、逡巡して。
「ぼ、僕、夕ご飯、お支度しますから。あの、ご、ごゆっ、きり、どっ、どうぞ」
ゆっきりって、動揺しきって可愛く噛んで。
俺を置いて、出てっ行かれちゃいました、よね・・・。
お気遣い、痛み入りますです。
あ、くっ。 綿毛布に移ってる残り香も、健じゃんかっ。いい匂いだしっ。
もし、何かなっちゃったりしたら、これって浮気になるのかな・・・・・・横山に、後で電話しよう。
◇◇◇
ひ、酷くない? 「この、クズが」って、言いやがりましたよ。横山。
俺からの定期連絡を待っててくれたヤツに、ここ数日の怒涛の出来事を語り聞かせた、その末に。
そ、そりゃ、ちょっとさ。言われても、しゃーない愚痴みたいなのも相談したしね。
わかってるって、お前のレポートに再三出てるんだから、「どの人格にも公平に依怙贔屓はなし」って。
健にもって、アンダーラインまで引いてありますから、わかってますって。
「浮気に決まってるだろって、訊くまでもない」って、切り捨てんでも、ねえ、ダンナ。
「・・・美味しく、なかったですか?」
「ふぇっ? あ、ううん。すっげぇ美味いよ。これ、静さんがさ~よく作ってくれたんだよね~」
横山に、がっつり怒られて凹んでむくれてた俺の眉間の皺を勘違いしてたカオル。
おろおろして、超時短で作った夕飯を前に箸を止めて問う。
俺の答えに、ほっとした笑顔が、ちょっとだけ悪戯っぽく口の端を上げて変化した。
「貧乏丼、まだお祖母ちゃん作ってたんですね」
「へ?び、貧乏丼って。これが?」
「丹羽家は、僕が小さな頃は、まだまだ、贅沢は出来なくて。
音大講師なんてお給料いっぱいはもらえませんから、時々、食卓にのりました。
僕が一番初めにお祖母ちゃんに習ったレシピなんです、これ」
材料は、うーんと、油揚げと長ネギだけが具材で、ひねり胡麻と刻み海苔がのった丼物。
油揚げが甘辛で、お稲荷さんのが出し汁っぽくちょっと薄まって丼ものになってるみたいな感じのやつ。
「早く出来て、そこそこ美味しくて。材料費が安いんです。お腹にもたまるし。
しかもすっごく簡単なんですよ。佐倉さんお稲荷さんが好きって言ってたし、食べるかなって。
良かった。手抜きでがっかりされちゃうかと思ってはらはらしてたんです」
カオルは、自分の味噌汁碗を手にする。
でも、汁椀は、しっかり具だくさんの根菜いっぱいな豚汁なんだ。
丼ものだから、箸休めに、この間食べ損ねた茗荷の甘酢漬けや、胡瓜の浅漬けが一緒。
あと、俺が、一皿ペロッと食えちゃうくらい好きな、シンプルなトマトと玉葱のマリネ。
これ、超好きなんだよね。夏の定番なんだ、俺達の。
「女子力、半端ないわ~って、小田と阿川なら必ず言うと思うよ」
「なんです? ジョシ、リョクって」
「ん~。女子として、出来て、男が、こいついいなって思うアピールって感じかな。
アイツらいわく。ん~例えばね、頑張らなくても、ごく自然に、『ありあわせでごめんね』って
ぱぱっと短時間で美味い普通の飯が作れたりしたら、男はイチコロなんだって。わかるわ~、うんうん」
恥ずかしそうに目を逸らして、カオルは、お茶を入れに席を立ってしまった。
実際、こういう女子力は、俺達の仲間内でダントツの一位が健なことは、誰も異論がない。
俺が、寝室に残って、ま、ムスコくんと寂しくも仲良く過ごし、その後、横山と長電話してた1時間強で、
この夕飯を作り、俺が散々散らかしたリビングを片付けてるでしょう。
俺も何か手伝おうと降りて来て、風呂場を覗いたら、乾燥機が作動してたってことは、洗濯だってしてて、
風呂洗いをしてあげようと思ったら、内湯の浴槽がすでに洗ってあって、お湯を溜め出してた。
健もカオルも、しっかり、静さんがしつけた家事は何でもござれなハイスキルを持ってる。
家事ってさ、けっこう指先が勝負の、ピアノ弾きなんか、こんなにマメにしないんじゃないのって
健が、ピアニストも目指してたんだって、思い出してから、その違和感がずっとあった。
慣れなければ、怪我だって火傷だって、しただろうにな。
「もしかして、なんだけどね?」
自分の分の湯呑を手に、向かい合うダイニングチェアーに座るカオルに問いかける。
「丹羽さんって、静さんと衝突した理由の一つに、ビジョンの違いもあったんじゃない?」
「ビジョンって、英語のそのままの意味ですか?」
頷いた俺を見て、カオルは、やれやれって感じで、息を吐く。
「鋭いですね。 いつも、その喧嘩を仲裁するのは、僕の役目でした。
健が、いなくなってしまうんです。ソファーから」
「ソファー?って?」
「所謂、ステージみたいなもの、かな?って、今なら思います」
ご馳走様でしたって、丁寧に頭を下げるけど、カオルは手を合わせない。頂きます、も。
とっくに食い終わってた俺もつられて、健のが伝染ってる、合掌ポーズのご馳走様をする。
「僕達は、細々、けっこう違うのに、パパさんは、全く気が付きませんでした。
より未来を現実的に捉えて、生活に困らないよう教えてくれたのは、間違いなくお祖母ちゃんですが。
パパさんも、また、哀れな人なのかもしれません」
辛そうなのに、カオルは、微笑を浮かべていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
133 / 337