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”21” 猫地図、鋭意作成中 ‐3
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本調子じゃなかったカオルは、案の定、けっこう日が暮れても起きて来ず。
夏の日がすっかり地平に沈んでも、寝室のドアは開かなかった。
心配になって、部屋に行けば、あ~、内鍵してやがる。
煩めのノックと、声で呼びかけたら、暫くして、ドアが開いた。
さっきの服のままのカオル。でも、まだめっちゃ眠そうだ。
「もう、8時になるけど。どうする?起き抜けだし、まだ、食べるの無理だろうけど、
もう暫くしたら外に食べに行こうか?」
大水を浴びせられた猫みたいに、身体中をぶるぶるって震わせ、目を見開いた。
パチパチ瞬きながら、俺を見上げてる、カオル。
「ら、めれ・・・ウ、ンン! ダメですよ。あんなに食材買って来たのに!
勿体ない、すぐ、作ります、ごめん・・・な、さ・・・」
掠れた声で、怒鳴ったかと思えば、へなへなってへたり込む。
慌てて腰を掴んで、させまいとすれば、俺に倒れ込んで来た。
馬鹿だ、急に起きて、そんなに身体だの頭だの振ったら、脳貧血起こすのに決ってる。
健はこれはしない。一応、医者の卵だから、低血圧の身体のメンテは出来るようになりつつあるんだ。
急に動いたりしないし、軽い運動も、温冷入浴もしてるらしかったな。それでも軽減程度だったけどね。
嫌がるだろうけど、抱き上げて、リビングのソファーまで連れて行った。
少し暴れたけど、動きも鈍くて。あっという間に、ソファーにちょこんと座らされてる。
「行くの嫌?でも、デリバリーとか来てくれんのかな、ここって」
「・・・・・・無理でしょう。休めば、何か。あ、そうだ、冷やし中華、作らな・・・きゃ・・・」
「あ~、明日にしよう。大丈夫、今日買った麺だし、明日でも十分食べれるから」
身を起こしてるのもしんどかったのか、ひじ掛けに寄りかかってしまった。
この状態の健なら、30分から1時間は動けない。
あ、閃いた。
「ね、この前、俺が作ったパンケーキ食べてみない?」
「パンケーキ?作ったんですか?いつ?」
「えーと、土曜日の昼用に作ったんだけど、あの、カオル君、静さんからの手紙、読んでさ。
そのまま眠っちゃた日。なんか、これでいいのか材料を目分量で加え続けてたら
けっこうな量になってさ。焼いて置いて冷凍しておけば後でも食べれるって書いてあったんで
数枚入れてあるんだよね、今日まで忘れてたけど。けっこう悪くなかったんだよね、味」
また、目をパチクリさせて、俺をじーっと見る。
「ホットケーキミックスなんてなかったでしょう?買って来たんですか?」
「いや、粉とあのベーキング何とかと、見たらあったんで、あれって家のマンションにはなかったけど
けっこう、普通あるもんなの?冷蔵庫見てたら、見つけてさ。あ、材料揃ってんなら作ってみよって」
え?そんなに変だったのか?
じーっと更に俺を見つめ続けてる。
「まだ食べれないけど、見たいです」
「は?見たい?」
「佐倉さん、お菓子とか作ったことないって言ってましたよね。立派なお菓子ですから、それ」
「え?静さんはご飯の所に書いててくれたけど。そう言われればお菓子か。じゃ、コチコチの見てみる?」
カオルの眉間の皺が消えて、にまって笑ってくれた。姿勢はそのままだけど。
保冷パック入りのまま持って来て見せたら、おーすごいちゃんとイイ焼き色になってる~って。
そりゃあ、そうです、失敗作は胃に収めましたからね、俺。
「これ、お砂糖ありですか?お祖母ちゃんのレシピブック通り?」
「多分ないかな。計量とかは適当だけど。なんかその脇に米印で書いてあったかける砂糖ソースは使い切っちゃったけど」
「じゃあ、ご飯にもなります、甘くないから。ん~と、ツナ缶ありましたよね?それと・・・・・・」
まるでカオルに操縦されてるロボットよろしく、指示通りに作ったら。
「なんか、おっしゃれ~なカフェごはんみたいになっちゃったんですが」
「目指しましたもん。お疲れ様でした。そろそろ起きて食べれそうです、ありがとうございました」
テーブルセットを終えて、ソファーまで迎えに行って。
照れてちょっと抗われたけど、起こした手をそのまま引いてダイニングテーブルまで連れて来た。
「すごい、上出来ですね。佐倉さん、イケメンさんで、これも作れちゃったら
カフェのオーナーとかして、財を残せそうですよ。女の子達が押し寄せそうだもの」
「ご指導のお蔭です。冷めないうちに食べよう、って温めなおしだけどね」
くすくす、笑って、二人して。
サラダ菜に載ったツナサラダと野菜のホットサラダは俺作成で、
昼間のグラタンで多めにカオルが作ってくれてたピーチコンポートがココット入りで添えらえてる。
温め直しのパンケーキは中央から、食べたいだけ取って食べることにした。
汁物には超簡単な玉葱とベーコン入りのミルクスープを作った。
「僕の憧れ朝食です、これ」
「え?朝食なの、これが?」
「ですよっ。素敵じゃないですか?外国の映画みたいだなって。パンケーキの朝食」
「えーと、夕食なのになぁ。やっぱり、俺って朝食しか上手く作れない人?」
微苦笑してカオルは咳払いしてる。
はいはい、わかってますよ、自覚あるもん。
あれ? カオルがこれだけ嬉しそうってことは健も好きかな。
訊いてみよう、機嫌悪くならないか伺いつつ。
「健も好きかな、パンケーキ?」
「大好物ですよ。作ってあげなかったんですか?大喜びしたでしょうに」
「あ~考えが及ばなかった。粉使うこと自体ハードル高かったしね~。
前に病室の差し入れクリームスープリクエストしてくれて、作り方も教えてくれたでしょ?
あれ作る時もすごい緊張したし。粉が液状になるってけっこうミラクル~だよね」
「あれもすごく美味しかったです。佐倉さん、料理センスいいと思うんですが。
味付けもアバウトにしてるのに丁度ですし。美味しいもの食べて育ったんですね」
「健には負けるよ。俺は家の環境で、そこそこ他人より良い物食えてただけ。
しかもそれを再現できるんだもん、凄いよね、君達は」
当たり前の事でしょって、笑う顔。あ~静さんの顔だ、照れてる時の。
「そうだ、食べ過ぎだけど、食後に、フルーツグラタン冷やしたバージョン食べません?」
「お、い~ね!あのジェラード屋のアイスものっけてみない?」
「賛成です。じゃあ、テーブルでお茶しながら食べましょう?ーー報告があるので」
にこっとしてたカオルの顔が、すっと引き締まる。
「久しぶりに、行って来ちゃって。忘れないうちに、地図にして欲しいなって」
線を、きっちり引こうとしてる。
カオルは、俺の健とは、別なんだって意味で。
そう、鋭く感じてしまった。 だよね、健であって健じゃないんだもんね、カオルは。
◇◇◇
元々小ぶりな耐熱皿に作ったデザートのそれはあまり量もなく。
半分してミルクジェラード付けても、すぐに食い終わる。美味いからってのもあるけどね。
カオルもやっぱり紅茶党で、でも、夜だからって、アイスティーはカモミールだった。
「また、作ってね?」
「自分で作るともっと美味しいですよ。実験お好きって言ってたから、お菓子作り向いてますよ」
うわ~曖昧に、断ってんのそれ~って拗ねたら。
野坂さんのついででよければなんて言いやがった。
そうだよね、ベーキングパウダーとかって、家のマンションには置いてなかったってことは
ここで、カオルが使って何か作ったからあったんだし。
信じられない、野坂が先ってなにそれ。 いつも色々お世話してくれるからお礼に簡単なの作ったって。
しつこくギャーギャー騒いでみたのに、無視されて。
さっさと片付けて、地図作成道具を持って来てしまう薄情さ。 くそう、クールだなぁ。
地図は、どう作って行こうかって相談の結果、
簡単なイラストをスケッチブックの小さなサイズに書いてもらい、
並べてみることで、位置関係をザックリ見てみることにした。
「まずは、そのソファーのある部屋か。そのソファーが丹羽家にあったんだ?」
「はい。色やキリム、あ、このかけ布の事ですが、これは健の気分で変わります。
大きさは佐倉さんが座ってるのくらい。これが中央にあって、昔はこの下にフカフカのラグが敷いてあって」
座り心地の良さそうな布製なのかなソファーが描かれて、掛け布もザックリ描かれる。
その脚下にラグを描くための点々線を引く。
「でも、これは、健が中学になる前に、相談して外したんです」
「え、どうして?なんか意味あるんだ?」
カオルは深く息を吐く。
「健が言い出しました。『僕は中学生になるから、これからはもうカオル君に色々頼まない』って。
それまでは、ソファーにどっちが座ってもいいように、座ってない方は、このラグに居たりしたんです。
困ったらすぐに代われるでしょう?だから便利で。それに、ソファーに座ってる方のしてることも見えて
実体験してなくても、感覚的にわかるようになっていたんだと思います。
だから、もう、ラグは要らないよって、捨ててしまったんです。思えば、それが間違いだった」
「間違いって?」
「このソファーは必ず一度に一人しか座れないんです。ラグは座らなくても向こうがわかるのに
それを取ってしまうと、何が起きているか、座ってないと、うっすらと気配しかわからなくなる」
次の紙を、スケッチブックから切り離し、今度は、天蓋付きの古めかしいベッドを描きだした。
「このベッドは、天蓋こそないけど、ママと健が寝ていたベッドと一緒のデザインです。
僕等は眠る時、ここで二人で一緒に眠りました。
どちらかがソファーに座り、そうじゃない方がラグにいてソファーの足元に凭れてるのが普通だったのに。
ラグがなくなって、朝になったらソファーに座るか、こっちのベッドに居るかしか選べなくなりました。
健が、決めたんです。もう、中学生になるから、なるべく一人で頑張るって」
これは隣の部屋にあるんだって言って、ソファーの部屋の絵の下に並べた。
俺の医学知識で推察するに、ステージ(表層)とステージ裏(深層)の表現だと思う。
しかも、カオルが言うには、この、ベッドルームは、健が唯一許したカオルしか入れないんだそうだ。
カオルの言ってることを、イメージして考えてみる。
隣の部屋で誰かが何かしててだよ、壁とかで見えないじゃんか。
音とか気配はわかってもね?だから、詳しくは想像するしかない。そういう感覚か。
だから、外部情報の共有が難しくなったってことが言いたいんだな。
「僕は、ママが亡くなって、一人でこのベッドで泣いてる健に呼ばれてここに来たんです。
どこから呼ばれて来たかを、思い出そうとしたんです、さっき、眠ってる時。
そしたら、何の準備もしてないのに、お城に落とされてしまった」
「お城って、前に言ってた、真っ暗な古い洋館風の所?」
こくん、と、カオルは頷いて、唇に色鉛筆を当てる。
けっこう深刻で重要なキーを話されてるのに、俺としたら、
その朱鷺色の唇と偶然手にしてる補色の鶯色の色鉛筆との対比に、見とれてた。
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