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”21” 猫地図、鋭意作成中 ‐6
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阿川ね。 女性からの観点を、知りたいとは思ってた。
酷な言い方になるが、そもそも健の乖離のきっかけは、実母による虐待ってことになる。
静さんの手紙にもあり、カオルも認めてるし、丹羽さんに訊いてみたら確認できるかも知れない。
しかし静さんは、これを明らかにして、中学のあの事件の後の健の変化を、
それだと認める訳には行かなかったんだ。
それは静さんが、10年も前に亡くした不幸な愛娘に石を投げるような仕打ちで、
佐倉家の恥でもある、隠したい真実。 だって、病に気が付いているのは、彼女だけだ。
カオル達が何らかの形で消え去り、健が戻って表層人格であり主人格であれば、
正直、何の問題もない。中学の記憶が、ショックな出来事で、記憶喪失してしまっただけで済む。
健に、何事もなく、記憶も戻らぬままならば、もう、誰も傷つくことはないんだ。
しかし、良心が痛んだのか。それこそ、贖罪なのか。
手紙はカオルに向けて書かれているけれど、
静さん自体、カオルが読むとはあまり考えていなかったんじゃないかって、俺は思った。
あれは、万が一の保険。
カオルが出てくる事態にならず、健が、なにか大きなショックで折れかけた時に
「こんなにも強い味方が居ましたよ。健は独りじゃないんですよ、ほら、爽くんがいるでしょう?」
って、内に籠っておかしくならない様にと気遣い、書いてあるものなんじゃないかな。
俺の予測では、静さんは、己の葬儀の後、健が精神のバランスを必ず崩すことを読んでいて
そこから立ち直れない時に読むであろう可能性を一番に思っていたのじゃないかって。
その時、実母からの虐待を知ったとしても、その後の日々が既に自分と健にはあって
その中でちゃんと昇華出来ている自信があったんじゃないだろうか。
静さんを亡くした悲しみでいっぱいの健に、何かで、残る想いを伝えたい
それで、彼女は、こんな策を取ったんじゃないかって。
勿論、あの文面ならば、本当に危惧した通り、健が、現状のようなことになっても使える手紙だ。
情を除いて、事象だけを並べ、文面を解析したのは、他ならぬ、俺。
こんなことダメだろう、間違ってるって思ったけど、横山にもPDFで見せた。
あいつなら、筆跡や文脈の乱れ、都合が合わない点、内容の真偽を
冷静に、正に、他人の、医師の目で見てくれると思ったから。
健にもカオルにも、言えない、こんなことをしたってことは。
静さんは、空から俺を見てるんだろうから、隠しようがないだろうけどね。
「おい、どうした?大丈夫か?」
「あ、ごめん。ちょっと物思いに耽っちゃった。うん、阿川ね。考えさせて」
阿川は若いし、出産経験だってある訳じゃないけど、実家が産婦人科で、将来はそこを継ぐ筈。
横山ほど熱心ではないが、児童心理学の造詣は深いほうだ。
ん?でも、ちょっと待てよ?
「あれ、横山って、俺がしてること、奴等に話してるんだよな?」
「話す訳ないだろう。一応守秘義務だって思ってるんだ。俺だけで完結してる。
ただ、阿川女史が勘付いたんだ、あいつは鋭いだろう?しかも、な」
話してないことは意外だったが、黙って横山の言葉の続きを聞く。
「話せば、メッシュ剣道衣を買ってくれるというんだ。よろめいてしまった。
剣道場は暑くてな、周囲のブルジョアどもの、あの涼しげな顔は、あれを着ているからだと」
「わかった。買収されたんだな、お前。もう、井田のヒモになっちゃえば?」
「な、なれるか!身が持たんわ!」
「井田、体力あるもんな~、お前淡白だしな~」
悪乗りしそうになってる俺を、咳払いで非難した。元はと言えば買収される横山のせいだろ。
「オレは行けないが、阿川女史ならば時間も作れるから、健くんの他の奴から見た顔がわかる」
「往診に、わざわざ来ても。カオルが、受け答えしてくれるとは思わないが」
「策は二人で練る。任せてくれないか?」
確かに、女性目線の上に、阿川なら、冷静にカオルを診断できそうだ。
俺は、是を伝え、次の連絡と報告を誓い、電話を切った。
「さて、俺も風呂入って、寝るか」
独りごちて、片づけをし、風呂に行く。
さて、明日は、カオルが「気が向いたらですよ、あくまでも」と言いつつも
ピアノを弾いて聴かせてくれるんだった。
初めて聴く、健のピアノの音。
想像するだけで、うきうきしてる俺って、単純だよね。
◇◇◇◇◇
大したものは弾けなくなってしまったので。
とか言うわりに、指がぐるんぐるん動いて、指慣らしみたいなことをしてる。
曲芸?って思っちゃいけないだろうかね?
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