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”23” ネコが猫を被るかを判ずる王子 ‐5
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何を買うでもなく、中をぶらついていたら、弁当とお茶を手にする芙柚に会った。
「すまない。すぐにいなくなるから、気にしないでくれ」
「いやいや、コンビニなんだし、偶然会うこともあるだろう。ここらで1件しかないんだし」
「約束は約束だからな。もう、お前らの前には現れないって」
相変わらず、硬いよな、こういうところ。
俺は、慰みに、ビールとちょっと甘い系のチューハイを手にしてた。
苦いばかりのアルコールじゃないって、カオルに教えてやろうかなって。
健の体質は、アルコール耐性が低いとは思うけど、今日は疲れただろうし、
今夜くらい、少し飲めるだけ飲んでみて、健を探索しに行くことを、カオルも休んでいいと思うから。
「まだ、仕事中?あのさ、時間あるなら、そこででも珈琲付き合わない?」
「今日はもう終わりだ。那須さん、今夜出かけてるから飯が無いんでな。
・・・・・・どうかしたのか?」
弁当とかを買う芙柚に、コンビニ珈琲を買い与え、俺の分も手にコンビニの休憩スペースに向かう。
田舎のコンビニにはこういう場所が多い。俺の郷里でも然りだ。
却って、東京に来て、余剰スペースのないトイレすらない狭いコンビニに辟易したものだ。
芙柚は、未だに、こんなスペースで寛ぐのがわからないと言う。
こいつ、生粋の東京生まれの都会育ちだからな。
「どうだ、健は。野坂さんの話じゃ、落ち着いているみたいだが」
「おかげさまで。あの騒動以来は落ち着いてる。今も、大人しく留守番してくれてる」
「おい、大丈夫なのか?こんなところで油を売ってる場合じゃなくないか、急いで戻れ」
現場のツナギ着てても、腹立つくらいにイケメンで。
くたびれて、汗の匂いなんか纏ってるくせに、カッコいい。
カオル、コイツに会ったら、どんな反応するんだろうな。
「おい。なんとか言え。大丈夫なのか?」
その上、こんないい声で、真剣に心配してくれちゃうんだ。
「ね、健に、会いたい?」
俺の口は、勝手にそんなことを言っちゃってた。
言い淀み、目が惑う様を、ま、当然だよなって思いながら眺める。
「今の健は、あんたが好きになった健だよ。会いたいでしょ?」
「前にも言ったが、俺には会う資格がないんだ。そんなことを言いたくて引き留めたのか?」
「あ~ごめん。傷つけたくて言ったつもりじゃないんだ。
ただ、会いたくなるだろうなって思ったら、言っちゃってた。会わせるつもりはないのにな」
俺の言に、疲れたように、テーブルに肘をつき目頭を揉む。
なんなんだって呟いてるけど、俺も実際、なんで芙柚を引きとめたのかわかってない。
そうだ、報告はしないといけなかったな。
「あんたにさ、見てもらったじゃない、俺の健と現在の健の違い表。
で、現在の健の特徴は、中学の健と一緒だって証言してくれたでしょ?
やっぱり、そうだったよ。健は、解離性同一性障害、つまり一般で言うところの多重人格者。
現在の健、俺は彼が名乗った名前、カオルって呼んでるけど、ソイツはアンタの好きな健だ。
どうする?会わなくても後悔しないか?」
しばし沈黙し、苦々しくも乾いた笑いを浮かべ、芙柚が口を開く。
「会わせるつもりが無いって言ってるくせに支離滅裂だな」
「カオルも会いたがってない。なんで思い合ってたのに、二人とも会いたがらないのかなって」
「そんなの、お前に教える筋合いはない」
「俺は、伴侶の心の病に、パートナーとしても医師の卵としても向き合ってるつもり。
出来たら、知りたいんだ、お前達の避け合う理由。ヒントがあるかもしれない」
詭弁だって、俺は解ってる。きっと、芙柚だって気が付いてる。
こんな取ってつけたような理由の嘘、見抜けない男じゃない。
「気持ちってさ、50対50じゃないこともあるよな」
「へ?な、なんだそれ」
「俺のしてたのは、その誤解だ。100のうち、互いに半分ずつなら、きっと今も続いてる」
え?つ、つまりは・・・・・・
「俺の片想いだったんだ。多分な。健から一度も好きだとは言ってもらえなかった」
「で、でもさ。その・・・・・・」
「今の健がそうなら、わかるだろう?アイツは、自分を持てない。
明日の自分の立場が成り立つならば、多少の我慢をしてくれるんだ。
俺はそれを誤解してたんだと思う。アイツの感情で好意なんだと」
芙柚の目が、細められる。
今でも軋み続けている胸の痛みを堪えるかのように。
コイツも聡い男だ。
きっとどこかで、カオルの他人行儀さに気づき、傷つき続けたんだろう。
「記憶を。ああ、お前の診断結果じゃ、人格が交代したになるのか。
健が健じゃなくなって、俺を忘れた後で、それでも、俺は健を守りたくて。
新たに関係を築き直せばいいと思いながら、一緒に過ごそうとした。
しばらくして、調べが進んで、俺のせいで、健があんな目にあったんだって、知らされて。
そんなこと望んじゃいけないんだって、思ったよ。健をこんなにして、俺は許されないって。
・・・・・・でも、もっと、俺は許されてなかったんだ、健にも」
理由はわからなかっただろうに、芙柚は、徹底的な拒絶を受けた。んだろうと思う。
だって、カオルは、ずっと、健じゃないのに、誰かを好きになってはいけないと戒め続けてたんだ。
それを、語られることはなく、芙柚は、失恋してしまったんだよな、多分。
「ね、カオルに、カオルが、お前に会いたいって言ったらさ、会う?」
「どうかな。今のアイツは、誰が好きなんだろうな」
・・・・・・え?
「俺、この間、偶然、店で買い物するお前達を見かけた。
こっちは見つかったらヤバいと思って、途中から隠れて見てた。
カオルって言うのか?今の健の人格とやらは。
俺といたあの頃みたいに、やたらとすっきりした顔で、笑ってた。
あんなの、祖母さんか俺か以外には見せたりしない顔だったんだぞ」
どこか懐かしそうな微笑を浮かべて語り、珈琲を飲みきって、芙柚が立ち上がる。
「俺は、お前なら、やれると思う。応援している。ご馳走さん」
悠々と立ち上がり別れを告げる。
そのまま振り向かない芙柚の背は、どこか寂しそうなのに、満ち足りて見えた。
◇◇◇
ドアを開ける前、ピアノが聞こえてる。
とても柔らかい、耳馴染みのいい、どこかで聞いたことのある曲。
邪魔をしちゃ悪いなと、そっと開けて、身を滑り込ませる。
ま、ワンフロアーになってる分、視界には入ってしまうだろうし、隠れられるとは思ってないが。
そのまま真っ直ぐ、キッチンに向かって、飲み物を冷蔵庫にしまってリビングに戻った。
数分の後。手が止まり。曲も優美に結ばれた音で終わったっぽいから
嫌味に聞こえない様に、パチパチと拍手をする。
「お帰りなさい。阿川さん、無事にお帰りになられましたか?」
「うん。ね、そんな音も漏れてなかったみたいだし、まだ弾いててもいいんじゃない?」
しまい支度を始めたカオルを、留めてみる。
出来たら、俺としては、もう少し、聴きたいしね。
「居眠り防止に、手慰みに弾いてただけですよ。もう終わります。
まだ、お聞かせできるレベルじゃないから、恥ずかしいし」
「そうかな、素人にはすごく上手に聴こえたけどな。聴いたことあるんだ、なんてタイトル?」
「リストの「愛の夢」です。有名ですね、かなり。だから粗がわかっちゃいます。
健の得意曲でした。こういう甘い感じ、好きなんでしょうね。僕は同じリストでも・・・・・・」
滔々とピアノ曲について語り出したカオルが急に言い淀む。
不思議に思って、つい、首を傾げて次の言葉を待ってしまう。
「いえ。何でもありません。それより、阿川さんのこと、どうだったんです?」
何かを断ち切る様に、さっさと片付けて、
すっかり指定席になってしまった一人がけ用のソファーに座って、三人がけの方の俺を見る。
「無事、彼に会えて、二人で帰ったよ」
阿川から、LINEで、「居やがった。じゃあ、喧嘩の続きしながら帰るね」って入ってただけだが。
さも、見送った素振りで、カオルには伝えてみる。
ほっと、優しい顔で、カオルは微笑してくれてた。
あの、馬鹿二人の言葉が頭の中を木霊してーー不覚にも、綺麗だなって思ってる俺がいた。
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