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”23” ネコが猫を被るかを判ずる王子 ‐7
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◇◇◇◇◇
冷戦は、現在進行形。
大人な、中学生で脳ミソが止まった筈の、カオルは。
翌朝、少し目元は赤かったけど、普通に出て来て、俺の準備した朝食を一緒に取った。
ちゃんと、「昨夜はすみませんでした。感情的になって」と謝ってもくれたけど。
俺が何か続けようとした言葉を遮って、トイレに駆け込まれた。
ドアの外で様子を伺ったら、吐いてたみたい。
多分、ろくに睡眠をとれなかったんじゃないかな、あの調子なら。
元々、低血圧の酷い健の身体は、朝からモリモリなんて飯が食えないのに無理に食ったんだ。
しかも、あれから、カオルは、軽い拒食の症状がみられる。
なのに、消化のいい軽いものを作ればいいのに、俺の為に夏バテ知らずメニューを頑張って作る。
自分は、殆ど食べれていないのに。
話しかける度、会話を広げる気のない返答をし。
面倒だと寝室に籠られる。鍵まではかけないが、「一人になりたい」と望まれる。
謝って・・・・・・あの日のことを謝ってる言葉は、一応、言えた。
でも、カオルは聞こうとしていない。口先だけで「怒ってないです、こっちも悪かった」とは言うけど。
健を取り戻す唯一の手立て。カオル。
俺は、彼に信頼されなければならないのに、何をしているんだろう。
忸怩たる思いでいっぱいで、その思いを行動につなげる糸口が皆目わからない。
我々の共通目標。 健を呼び戻し、主人格として、カオルが入れ替わること。
その為に、カオルは、日々、健を探しに行く。
それは、成果がなかなか出ないようで、最近は、ベッドの部屋から出れないのだそうだ。
詳しくは語ってくれないけれど、理由はカオルが心身ともに弱っているからなんじゃないかなと、
カオルを思い遣れず傷つけた俺でも、わかる。うん。
「佐倉さんのせいじゃないですから。バカみたいだから悄気ないで下さい」
前に健が教えてくれた、七曜の守護が一度ずつ過ぎた朝。
冷戦の平和交渉役を託した、一膳の粥をテーブルに置いた時。
カオルの口から、溜息と、少し毒のあるカオルらしいセリフが吐き出された。
「それに、どうして、お粥なんて出すんですか?洋食、止めるんですか?」
「あ、えーと。なんとなく、食べたくなったと言うか。けっこう、健には、美味しいって好評だったんだ。
カオルくんが嫌なら、変えよう・・・・・・か?」
朝食は変わらず作っていいことになってるから、何とかしたいと思って、
静さんのレシピノート通りに、炊いてみた。
柔らかめを目指してたんだけど、思いの外、堅めに仕上がってしまった。
水が、いや、間違いなく、水が足りてなかったんだろう、うん。
「お醤油、かけてもいいですか?」
「え?あ、そうか味付ないと嫌だったんだ、ごめん」
「白粥って、僕は、食べる時にいつも敗北感を味わっていました。
ああ、また、お祖母ちゃんに心配かけたんだなって、反省しちゃうんですよね。
健は心配されてることが嬉しい子で、お粥が出てくると、わざわざ僕と代わってまで食べてましたけど」
食卓に載ってた、醤油さしをむんずと掴んで、じゃばじゃば遠慮なくかけた。
そっ、そんなに!? しょ、しょっぱくないか?逆に胃に悪そうな!
ぐるぐる全体を、子供の泥遊びかってくらいにかき回し、その匙で、いっぱい掬って口に運ぶ。
「味気ない食物のなんて、何の面白味もないです。ちょっと待ってて下さいね」
台所にささっと行き、何かを作って持って来た。
あ、おかかだな。梅干しとごま塩は出してたんだけど、こっちがいいってこと?
「これ、混ぜて食べて下さい。病気じゃないのに佐倉さんまで付き合うことないですよ。
心配してくれてありがとうございます。もう、吹っ切れました、お陰様で」
カオルがにっこり笑って、その後、見るからに真っ茶色になった粥を口に運ぶ様を、呆然と見てた。
「命綱を、つけないで行こうとしました。毎晩。
あのライトも触れる度に、火傷しそうに熱くて持てませんでした。
そんな、佐倉さんから貰ったものが無ければ行けないなら、
もう、探しになんて行ってやらない、やるもんかって、この身体は僕の物になればいいって
ベッドでふて寝して。そしたらどんどん、健の生きていたくない病に気持ちが近づいて行って・・・」
しょっぱかったんだ、やっぱり。
苦笑して、俺の近くにあったミネラルウォータのボトルに手が伸びる。
やんわり、留めて。代わりに、空っぽになった、カオルのグラスへ継ぎ足してやった。
「昔、健が、僕に頼らない宣言をして、すぐの頃だったかな。
先生の身内のお弟子さんとか知り合いの先生同士とかでするサロンコンサートみたいなのがあって
健は、選曲に悩んでいました。先生が、何でも好きなのを弾いていいって言ったそうなんです。
健はリストの曲で、愛の夢がいいと思ったみたいなんです」
「この間、弾いてた曲だね。阿川が・・・来た日・・・?」
俺も、間が悪くないか悩みつつ、相槌を入れた。
粥も、遅ればせながら、カオルの即席おかかをぶち込んで食い出す。ああ、合うわ。旨い。
「それが、丁度演奏旅行に来てたワイル先生が見に来れることになって。
僕、健に、そんなメジャーで誰でも弾けそうなのよりも、同じリストの曲でも
その頃に練習してた難易度の高い方を弾けって。ワイル先生その時シーラも連れて来てて、
あの子もピアニスト目指してて、ぎゃふんと言わせてやりたくなったんです」
カオルの負けん気が、可愛いなと思ったが、敢えてコメントせずに、それで?と話を促す。
「健は、でも、愛の夢で行くって言うんですよ。そっちの曲はカオル君が出て弾いてくれるならいいけど
自分じゃ間違えちゃうと、弾きたくなくなるし、なにより、僕は愛の夢みたいな気持ちの方がいいって。
カオルくんの好きな方みたいな大人っぽいのよりもいいって。
子供同士なのに、妙なこと言い合ってると思いません?」
「あ~ごめん、俺、あんまりクラシックに造詣深くなくてさ。ちょい意味不明かも」
返答に困る俺を、ふふふって面白がって、カオルが笑う。
久しぶりに見ると、いいな。表情が快活で、すごく可愛いと思うよ。
「今日から、フル装備で、潜って来ます。きっと、もう熱くないと思うから。
えっと、おねだりしても、いいですか?」
「ん~?なにをねだるの?」
悪戯な笑顔が、少し翳る。
「僕のこと、好きですか?」
一瞬、自分がどんな顔をしているかわからなかった。
「僕も、好きです、佐倉さんが。だから、もう、熱くても平気です。
一日でも早く探し当てて、健に、付け替えて、持たせて、帰らせます。貴方のもとへ」
迷いなく、俺の目を見て。
一言一言、丁寧に、カオルは言葉を紡いで行く。
「一日も早く、貴方に、健を返さなくちゃいけません。
健にも、貴方を返さなくちゃいけません。十分、いい夢を見ましたから、僕」
俺達の間にある、ダイニングテーブルの幅の距離が、
あの時ほどもどかしく思えた瞬間はないだろう。
超えようとする俺の心と体を、拒絶するには、それでこと足りて。
手を伸ばす前に、完食した小さな丼を持って、カオルは立って、台所へ行ってしまい、
俺は、距離を詰めるどころか、立ち上がるきっかけをも、逃す。
「おねだりは、今日から、ピアノ練習時間を取ってもいいですか?ってことです。
お勉強のお邪魔でしょうけども、そうですね、1時間から2時間くらい」
「・・・・・・ん、あぁ。もちろん好きなだけやってくれていいよ」
自分の使用した食器と、俺が盛大に散らかした調理器具をテキパキ洗い清めてる。
さっきの告白と、自分の気持ちを洗い流すかのように。
俺は、その後、ごくごく普通の日の様に、家事をこなし出したカオルに
何も言うことが出来ず、ただ、ただ、一日中、見ない振りで、カオルを見ていた。
カオルが好きかって、答えを。
俺は用意してなかったし、本心を告げて、いいとも思えなかったから。
カオルも、また。
答えが欲しいとは、そぶりも見せなかった。
もうすぐ、夏休みが、終わろうとしているのに、
これからどうするか、俺は、決められずにいた。
長期戦になるから、大学は休学しようと思っていたけれど
カオルは、健の人格の一人として現れ、協力してくれている。
今後を相談したら、即座に、通常の学生生活に戻るように言うだろう。
一人でも、探しに行けると言うだろう。
俺は、カオルに、健に、何をしてあげられるんだろう。
・・・・・・本当に、全くわからなくなっていた。
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